| 趙の宝物「和氏の璧」を巡り、秦が璧と自国の十五城との交換を申し出てきた。 |
| 和氏の璧が天下に知られた名宝とはいえ、十五城といえば小国にも匹敵する程であり、条件としては良いが、相手は常に侵略の機を狙っている強国秦。 |
| 実態はただの口約束で、宝物を要求しているだけである可能性が高い。 |
| ただ宝物を渡せば、自ら秦の属国と認めるようなものである。 |
| 屈辱的であり、諸国にも恥を晒すことになる。 |
| 無論そんな気などないが、断れば「これほどの好条件を無下にした。 |
| 無礼である」と侵攻の口実を与える。 |
| 趙の恵文王は群臣に計ったが、議論百出して全くまとまらず、更にこのような交渉に使者として出向くのは虎穴に入るようなことで、誰も使者の任へ名乗り出なかった。 |
| 恵文王は困り果てたが、そのとき繆賢が恵文王に「自分の客人に藺相如という知勇兼備の者が居ります」と申し出、彼についての逸話を語った。 |
| あるとき繆賢は罪を犯して恵文王の怒りを買い、処罰を恐れて燕へ亡命しようとした。 |
| すると、食客だった藺相如が「御主人様、何故燕へ逃れるのですか」と聞いてきた。 |
| 繆賢は「以前に燕王と会ったことがあるが、そのとき燕王は私の手を握って友人になりたいと願ってきた。 |
| きっと快く迎えてくれるだろう」と答えたが、藺相如はこれに対し「それは間違いです。 |
| 燕は弱小国であり、比べれば趙は強国です。 |
| 燕王があなたと友になりたいと願ったのは、あなたが強国である趙の王様の寵愛を受けていればこそ。 |
| 寵愛を失い不興を買った貴方が燕に行っても、燕王は匿うどころか捕らえて送り返すでしょう」と言った。 |
| その言のもっともなことに繆賢は狼狽したが、続いて藺相如は「ここはいっそ自ら処刑台に乗り、進んで趙王様に罰を請えば、幸いに許されるかもしれません」と勧めた。 |
| 繆賢はこの言葉に従い、果たしてその通りに許され、信頼を取り戻したのである。 |
| この話に納得した恵文王は藺相如を呼び、この国難にあたっていかにすべきかを問うた。 |
| 藺相如は「秦は強く趙は弱い、受けざるを得ないでしょう。 |
| 話を受ける形にして、何かあった際の非は秦にあるようすべきです」と答えた。 |
| 恵文王が「だが璧を奪われ、城を渡されなかったらどうする。 |
| それに任せられる使者が居ない」と言ったのに対し、「使者が居ないのなら私が秦に出向き、城を受け取れなければ『璧を完うして帰ります』(璧を全く損ねることなく帰る=必ず持ち帰るの意、「完璧」の語源)」と申し出、交渉役に抜擢された。 |
| 藺相如は秦都咸陽へ入り、秦の昭襄王と対面する。 |
| そして和氏の璧を渡すが、受け取ったとたん寵姫や群臣に見せびらかし続け、城の話をする気配が無い昭襄王の態度に、城を渡す気が全く無いと判断した藺相如は、「実は小さい傷があるのです。 |
| この辺りに……」と近寄って璧を奪い取り、柱の側へ駆け寄った。 |
| そして、冠を突き上げる程に髪を逆立てた凄まじい怒りの形相で怒髪衝冠、「怒髪天を衝く」の語源、「趙では疑う意見が多かったが、趙王様は秦を信じ、5日間身を清め和氏の璧を渡された。 |
| この趙王様の信義に対し、秦王様は余りにも非礼で粗雑な扱い。 |
| もはや璧も自分の頭もこの柱で叩き割ってくれる」と言い放った。 |
| 昭襄王はあわてて地図を持ってこさせ、15城の話をしたが、それは上辺だけで城を渡す気が無いと見た藺相如は、昭襄王に宝物を受ける際の儀式として5日間、身を清めるよう要求した。 |
| そしてその間、従者に璧を持たせ密かに趙へ帰らせる一方、自らは残って時間を稼いだ。 |
| そして5日後、身を清め終えた昭襄王が和氏の璧はどうしたかと問うと、藺相如は「歴代の秦の王において、約束を固く守った王を聞きません。 |
| 秦王様に城を渡すつもりが無いように見えたので、既に趙へ持ち帰らせました。 |
| 十五城を渡せば趙は璧を惜しまないでしょうが、重ね重ねの無礼の償いとして私には死罪を賜りたい」と述べた。 |
| 群臣はこの者を処刑すべしと思ったが、藺相如の剛胆さに感嘆した昭襄王は「殺したところで何も得られず、趙の恨みを買うだけである」とこれを許し、璧も城も渡さないということで収まり、藺相如も饗された後に無事帰国した。 |
| 胆力と知恵だけを武器に、強国秦に一歩も退かずに璧を守り通し、趙の面子も保ったのである。 |
| 正しく「完璧」(中国語では「完璧帰趙」)な対処といえよう。 |