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プロフィール
- 衛藤征士郎とは
- 来歴
- 政策
- 政治献金
- 経歴
- 主な所属議員連盟
- 著書
- 関連項目
衛藤征士郎(えとうせいしろう、1941年4月29日-)は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(9期)。衆議院 副議長(64代)。大分県玖珠郡玖珠町町長、参議院議員(1期)、防衛庁長官(第57代)、外務副大臣、衆議院予算委員長などを歴任した。
来歴
| 大分県玖珠郡玖珠町出身。 |
| 29歳で大分県玖珠町長に当時史上最年少で当選を果たし注目を集める。 |
| 1977年に参議院議員に初当選し、大平正芳に師事して宏池会(大平派)に所属する。 |
| 1998年、河野洋平を中心とする大勇会(河野グループ)旗揚げに参加した。 |
| 中央省庁再編後の第2次森改造内閣では外務副大臣に就任し台湾の李登輝訪日を実現したが、外務大臣だった河野洋平が李へのビザ発給に難色を示したことに抗議し、大勇会を離脱した。 |
| その後清和政策研究会(森派)に所属し顧問を務める。 |
| 2007年12月、北朝鮮との関係を検証するため自民党政務調査会外交調査会に、自民党朝鮮半島問題小委員会を立ち上げ、委員長に就任した。 |
| 最近では清和政策研究会における親福田康夫派議員の筆頭格として知られる。 |
| 福田親衛隊を自認し、テレビ番組などで安倍晋三支持の山本一太らと討論する姿も見られた。 |
| 2006年自由民主党総裁選挙では派閥内にて福田擁立の中心的存在であったが、福田は不出馬。 |
| 2007年自由民主党総裁選挙ではいち早く福田擁立を表明し、福田康夫内閣の実現に動いた。 |
| 2008年自由民主党総裁選挙では、清和政策研究会に所属する小池百合子の推薦人代表を務めた。 |
| 2009年8月30日に行われた第45回衆議院議員総選挙に自由民主党から出馬。 |
| 公明党の推薦も受ける。 |
| 小選挙区では落選も比例区で復活当選比例貢献が基準?公明が自民92候補を推薦(2009年7月30日20時25分読売新聞)。 |
| 同年9月16日に開会された臨時国会にて衆議院副議長に就任。 |
| 自民党からは鯨岡兵輔以来16年ぶりの就任となった。 |
| 2011年5月4日、衆議院副議長として、台湾訪問を果たす。 |
| 衆参両院の正副議長の台湾訪問は、1972年の日中共同声明が調印されてから、初めてのことである。 |
政策
| 自由民主党の行政改革推進本部にて本部長を務めるなど、行政改革や公務員制度改革の推進論者として知られる。 |
| 麻生内閣が「職員の退職管理に関する政令」を改正し国家公務員の「ワタリ」を認めたことに反発し、内閣総理大臣の麻生太郎や公務員制度改革担当大臣の甘利明らに政令の撤回を強く要求した。 |
| また、麻生らが撤回に応じなければ「党行政改革推進本部は認めない。 |
| 政令を超えるため、『渡り』を認めない自民党による議員立法を用意する」「公務員『渡り』禁止法案提出も-自民・衛藤氏」『 |
| と主張している。 |
| 議員立法により政府と与党との協力関係が崩れると指摘されると、衛藤は「いいじゃないか。 |
| 断固としてやる」と応じるなど、政府と与党の軋轢も辞さない姿勢を示した。 |
| 2002FIFAワールドカップの日本招致に奔走し、国際サッカー連盟理事らに日本招致を粘り強く要請した。 |
| 全日本大学サッカー連盟会長を務めるとともに社団法人全日本テコンドー協会会長を引き受け、北京オリンピックなどに岡本依子を日本代表として三度送り出した。 |
政治献金
| 消費者金融業界の政治団体「全国貸金業政治連盟」(全政連)からパーティー券購入などにより資金提供を受けていると報道されたしんぶん赤旗2003年9月12日 |
経歴
| 1941年4月29日当時日本の統治下であった朝鮮半島南部全羅南道の康津にて、警察官の父貫一と母ウタ子の間に三男として誕生。 |
| 1945年9月終戦により日本に引揚、父の故郷である大分県に帰省。 |
| 1948年4月日出生小学校に入学。 |
| 1950年4月本人の強い意志で、児童数が多く、街中にある森小学校に転校、週末は自宅に戻ると言う下宿生活を始める。 |
| 1954年4月森中学校入学、2年生時・3年生時に2年連続で生徒会長を務める。 |
| 1957年4月大分県立森高等学校入学。 |
| 1957年9月家庭の経済的事情により、休学。 |
| 父親とともに炭焼生活を約2年送る。 |
| 1959年4月復学。 |
| 1962年3月大分県立森高等学校卒業。 |
| 1962年4月早稲田大学第二政治経済学部入学。 |
| 1964年4月一部の転部試験に合格し、吉村正教授に師事する。 |
| 1966年3月早稲田大学政治経済学部卒業。 |
| 1966年4月早稲田大学大学院政治学研究所に入所。 |
| 1968年4月アメリカ・ロサンゼルスにて政治学の研修(カリフォルニア州立大学東ロサンゼルス校の聴講生)。 |
| 1969年3月アメリカから帰国・東京都杉並区阿佐ヶ谷に「ユニバーサル外語学院」と言う英語塾を開講。 |
| 1970年4月故郷の玖珠町に帰省、豊後森駅前のビルの一室に「衛藤征士郎政治経済研究所」を開設 。 |
| 1971年4月玖珠町長に当選(全国最年少の29歳の青年町長)。 |
| 1973年3月早稲田大学大学院政治学研究科修士課程国際政治専修修了。 |
| 政治学修士(早稲田大学)取得。 |
| 1977年7月第11回参議院議員通常選挙(大分地方区)初当選。 |
| 1983年12月第37回衆議院議員総選挙(大分1区)初当選以後9期連続当選。 |
| 1986年2月農林水産政務次官に就任。 |
| 1990年3月衆議院大蔵委員長に就任。 |
| 1991年11月自民党人事局長に就任。 |
| 1994年7月自民党広報委員長に就任。 |
| 1995年8月防衛庁長官に就任(村山改造内閣)。 |
| 2000年7月衆議院決算行政監視委員長に就任。 |
| 2000年7月自由民主党対外経済協力委員長に就任。 |
| 2000年12月外務総括政務次官に就任。 |
| 2001年1月外務副大臣(初代に就任。 |
| 2002年10月自由民主党総務会長代理に就任。 |
| 2003年9月衆議院国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興支援活動等に関する特別委員長に就任。 |
| 2003年11月自由民主党行政改革推進本部長に就任。 |
| 2007年8月衆議院国家基本政策委員会委員長に就任。 |
| 2008年9月衆議院予算委員長に就任。 |
| 2009年9月衆議院副議長に就任。 |
主な所属議員連盟
| 日韓海底トンネル推進議員連盟代表。 |
| 海事立国推進議員連盟(会長)。 |
| 九州国会議員の会(会長)。 |
| 漁港漁場漁村整備促進議員連盟(会長)。 |
| 国防議員連盟(会長)。 |
| 高速道路建設推進議員連盟(会長)。 |
| 米消費拡大純米酒推進議員連盟(会長)。 |
| ゴルフ振興議員連盟(会長)。 |
| サッカー外交推進議員連盟(会長)。 |
| 衆参対等統合一院制議員連盟(会長)。 |
著書
| 『日本の将来を見すえて』(サンケイ出版、1983年)。 |
| 『21世紀・日本のビジョン』(21世紀政治経済研究所、1997年)。 |
| 『検証・李登輝訪日―日本外交の転換点』(ビイング・ネット・プレス、2001年)。 |
| 拓殖大学客員教授・小枝義人との共著。 |
| 『今この国にある危機』(徳間書店、2002年)。 |
| 『一国は一人を以って興り、一人を以って亡ぶ』(KKベストセラーズ、2005年)。 |
| 衆議院議員・福田康夫との対談(聞き手は明石散人)。 |
| *海から見る日本(㈱日本海事新聞社、2009年)。 |
| 麻生太郎総理との対談・座談集。 |
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