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つながりの強いひと
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西郷吉兵衛
西郷吉兵衛(さいごうきちべえ、文化3年(1806年)-嘉永5年9月27日(1852年11月8日))は幕末の薩摩藩の鹿児島城下士。幼名は小吉。通称は初め九郎、のち吉兵... |
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大山綱昌
日本の官僚、政治家、警察官、陸軍軍人。貴族院議員、錦鶏間祗候。四県の知事を務めた。 |
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大山巌
日本の武士、政治家、元老、軍人。通称は弥助。雅号は赫山、瑞岩。字は清海。元帥陸軍大将従一位大勲位功一級公爵。日本陸軍の創成期から日露戦争にかけて活... |
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西郷隆文
鹿児島県鹿児島市出身の陶芸家。日置南洲窯代表。鹿児島県陶業協同組合初代理事長。特定非営利活動法人西郷隆盛公奉賛会理事長。西郷庵庵主。維新の三傑の一... |
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江戸時代後期、幕末期の会津藩の家老。家禄1700石。父は西郷近思(ちかし)、母は律子、兄弟多数。妻は千重子。子は長女細布子、次女瀑布子、長男吉十郎有鄰... |
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日本の華族、陸軍軍人、考古学者、公爵、貴族院議員(無所属倶楽部)、文学博士(慶應義塾大学)、戊辰戦争研究家。階級は陸軍少佐。明治の元老であり後の陸... |
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日本の女優、タレント。鳥取県鳥取市出身。スターダストプロモーション所属。鳥取敬愛高等学校卒業。亜細亜大学経営学部在学中。 |
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大山綱毅
大山綱毅(おおやまつなたけ、生年不詳-天保5年8月20日(1834年9月22日))は江戸時代の薩摩藩の鹿児島城下士。本姓佐々木源氏大山氏。大山綱昌の養父で、そ... |
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西郷四郎
明治時代の講道館柔道の達人で講道館四天王の一人。富田常雄の小説『姿三四郎』のモデル。 |
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西郷近房
江戸時代の会津藩家老であり、会津藩内での西郷氏の初代。松平康長の家臣西郷新兵衛元次の次男。母は会津藩家老保科正近の長女。幼名:吉十郎(きちじゅうろ... |
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大岡忠固
大岡忠固(おおおかただかた)は江戸時代後期の大名。武蔵岩槻藩第6代藩主。大岡忠房家9代当主。 |
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阿武松緑之助
能登国鳳至郡七海村(現在の石川県鳳珠郡能登町)出身で武隈部屋、粂川部屋、雷部屋所属、盛岡藩(後に萩藩)お抱えの江戸時代に活躍した元大相撲力士、第6代... |
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井上正誠
江戸時代の大名。常陸下妻藩の第11代藩主。丹波篠山藩主・青山忠良の四男。正室は井上正健の娘。官位は従五位下、遠江守。弘化2年(1845年)、先代藩主の正健... |
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大山梓
日本の海軍軍人、研究者。軍部次代の階級は海軍主計大尉、学位は法学博士。広島大学教授、帝京大学法学部教授。大山巌の孫・大山柏の長男。 |
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浅野長邦
江戸時代後期の旗本。通称は久次郎。旗本浅野長貞の長男として誕生。母は諏訪七左衛門頼容の娘。寛政6年(1794年)11月14日、切米300俵で書院番士として出仕... |
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西郷従徳
日本の陸軍軍人、政治家、華族。貴族院議員、侯爵。 |
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石橋杏奈
日本の女優、タレント、ファッションモデル。福岡県出身。ホリプロ所属。 |
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プロフィール
- 西郷隆充とは
- 家族・親族
- 経歴
- 西郷家と日置島津家
- 余談
- 参考文献
西郷隆充(さいごうたかみつ、生年不詳-嘉永5年7月18日(1852年9月1日))は薩摩藩の鹿児島城下士。通称の竜右衛門で知られる。号は遊山。次男で当初は村山氏の養子となっていたが、兄が切腹し、甥がその罪に連座したため西郷家に戻り、相続。藩職では御台所御番を勤めるというが、子の吉兵衛隆盛ほどには出世しなかった。
家族・親族
| 父:吉兵衛(生年不詳-享和3年(1803年)閏1月28日)通称は初め小兵衛、のち吉兵衛。 |
| 太刀流剣術の門人だったという。 |
| 母:町田此右衛門の娘。 |
| 兄:覚左衛門初め吉左衛門、切腹、士籍剥奪。 |
| 寛政5年(1793年)8月10日死去(大円寺過去帳では11日)、幼名は小太郎)。 |
| 義姉:三原孫兵衛の娘(覚左衛門妻、後に離婚)。 |
| 甥:吉左衛門覚左衛門の子。 |
| 父の切腹時に士籍剥奪の上、親類預かりとなる。 |
| 寛政11年(1799年)12月31日死去)。 |
| 妻:薩摩日置郷士の四本義照の姉。 |
| 四本大清院の妹。 |
| 実子は西郷吉兵衛、大山綱昌。 |
| 夭折した娘もいた芳即正「西郷家の墓」(『敬天愛人』第2号別刷)参照。 |
| 孫:西郷隆盛、西郷吉二郎、西郷従道、西郷小兵衛、西郷琴、西郷鷹、大山巌。 |
| 曾孫:西郷菊次郎、西郷寅太郎、西郷従徳。 |
| 玄孫:西郷隆輝、西郷吉之助、西郷隆秀、西郷準、西郷従吾。 |
| 来孫:西郷隆文。 |
経歴
| 天明3年(1783年)11月に初お目見え。 |
| 寛政2年(1790年)5月21日:村山藤七の養子になる。 |
| 寛政5年(1793年)4月6日:村山家を辞して、西郷家に帰る。 |
| 寛政5年(1793年)8月11日:兄の覚左衛門が江戸で罪を犯し、切腹。 |
| 享和3年(1803年)閏1月28日:父の吉兵衛死去。 |
| 享和3年(1803年)8月9日:家督相続。 |
| 文化3年(1806年);長男の小吉(のちの西郷吉兵衛)誕生。 |
| 文化4年(1807年):相続の御礼をなす。 |
| 弘化4年(1847年)5月19日:隠居し、遊山と号す。 |
| なお、隠居直前の役職は御台所御番。 |
| 嘉永5年(1852年)7月18日没。 |
| 戒名は西寿遊山居士。 |
| 文久2年(1862年)5月29日:妻、四本氏死去。 |
| 戒名は寿操貞延大姉。 |
西郷家と日置島津家
| 前述のとおり、隆充の妻四本氏は日置郷士の娘である。 |
| 日置郷は島津家の分家で、島津貴久の三男島津歳久を祖とする家格一所持の日置島津家の私領地である。 |
| 日置島津家は正徳元年(1711年)、庶流に赤山氏を称するように命じたため、島津久竹の次男が赤山氏を称したが、この家より赤山靱負久晋が出る。 |
| なお、同家は家格一所持の中でも「大身分」とも言われる特別な存在であり、一門家に次ぐ扱いであった。 |
| 家老職に就くものも多かった。 |
| 西郷家は貧乏但し、当時の薩摩藩ではなにも西郷家に限ったことでなく、下級藩士はみな貧乏であったなので、隆充の妻・四本氏女は主家の日置島津家に出入りして米塩を調達していた。 |
| この縁故により隆充の子の吉兵衛は四本家を通して、日置島津家に出入りして緊密になり、日置島津家庶流の赤山家にも出入りすることとなった。 |
| 「日吉町郷土誌」によれば、隆充の妻の弟・四本義照は西郷隆盛が僧の月照と入水の後、隆盛のみ蘇生したことが上之園町の西郷家に伝わった際、駕篭と三枚の着物を用意して、人目の多い大門口(現在の鹿児島県鹿児島市)を避けて、天保山(現在の鹿児島県鹿児島市)の海岸に廻回してもらい、ここで西郷隆盛を着衣を着替えさせて、駕篭で西郷家に送ったという。 |
| 城下士の隆充と、日置郷士の四本氏がどうして接点を持ったかは明らかではない。 |
余談
| 「鹿児島城下絵図散歩」では天保13年、現在の鹿児島県加治屋町5番地(西郷隆盛誕生碑のところ)の地に西郷竜右衛門宅地があった。 |
| 広さは259坪。 |
| なお、この西郷家屋敷は安政2年2月に鎌田源次郎へ永代売渡にしたらしい。 |
| ちなみに、天保13年の、実弟の大山彦八(綱昌、そもそも大山彦八家は、家格小番の大山家の分家筋)の宅地は添え地とあわせて368坪、東郷吉左衛門(東郷実友。 |
| 東郷平八郎の父)宅地は267坪、高麗町の大久保次右衛門(大久保利世。 |
| 大久保利通の父の宅地は150坪。 |
| 隆充の父、西郷吉兵衛は太刀流師範の大山貞政の門人であったが、隆充とその息子が太刀流を学んだかは不明である。 |
参考文献
| 宮下満郎「西郷家系図の紹介」(「敬天愛人」第23号別刷、西郷南州顕彰会)。 |
| 木原三郎「日置島津家と西郷家」(「敬天愛人」西郷南州顕彰会)。 |
| 「薩陽過去帳」鹿児島県立図書館蔵。 |
| 塩満郁夫、友野春久 編「鹿児島城下絵図散歩」高城書房、2004年12月1日初版。 |
| 山田尚二「詳説西郷隆盛年譜」(「敬天愛人」第10号特別版別刷、西郷南州顕彰会)。 |
| 芳即正「西郷家の墓」『敬天愛人』第2号別刷。 |
| 「西郷従道伝」(旧版)。 |
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1711年
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庶流に赤山氏を称するように命じたため、島津... |
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1852年
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西郷 隆充(さいごう たかみつ、生年不詳- 嘉... |
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