| 劇団いろは所属の子役として数々の作品に出演した。 |
| 1982年、『欽ちゃんのどこまでやるの!?』の番組リニューアルで学生に成長した見栄晴役のオーディションに参加。 |
| 最終オーディションで2名残り、悩んだ萩本欽一はこの2人にジャンケンをさせ、「パー」を出して勝った藤本が優勝し、同番組のレギュラーとなって一躍有名になる。 |
| この時まではまだ本名の藤本正則で活動していたが、この番組の見栄晴という名前の印象が非常に強かったため、番組が終了してかなり経ってからそのまま芸名を見栄晴として使うようになった。 |
| ちなみに「見栄晴」の名前は「欽どこ」で萩本家に長男が誕生した際に視聴者から赤ちゃん(人形)の名前を募集し、同番組内で行った命名式で父親役の萩本が発表した。 |
| その間通っていた東海大学を8ヶ月で中退。 |
| その理由は「やっぱり芸能界の方が楽しいから」。 |
| 90年代前半は芸名を本名に戻しているが、共演者からは見栄晴の印象が強かったため、元に戻した(一時期だけ萩本見栄晴と名乗っていた事もある)。 |
| 東京競馬場が実家至近にあり、母の店にも競馬場利用者が多く、彼らにも幼少時代からかわいがられていたことから競馬の熱烈な愛好者になる。 |
| 競馬情報番組の司会も務め、クラブ法人であるゴールドホースクラブの代表取締役も務めている。 |
| 近すぎるためか競馬場にはほとんど行かず、専ら電話投票(PAT)ですませている。 |
| 極端な穴党で「競馬予想TV!」では、PATで1日900件までしか購入できなかった頃に「買えなくなるくらい買った」と発言、後に「1200点以上買った」などと言っている。 |
| 麻雀も趣味の一つで、雀荘ではウーロンハイを好んで注文する。 |
| また、競艇も好きだが「大川豊のかかってきなさい」では異色の自衛官チャレンジャーのおとぼけぶりにペースを乱され、大惨敗した。 |
| お互い35歳までに結婚していなかったら松本明子と結婚する約束をしているということを『DAISUKI』の中で話していたが、松本の結婚により消滅。 |
| 『DAISUKI』で共演した中山秀征とも仲が良い。 |
| 『1年B組新八先生』に本名の藤本正則で生徒役として出演していて、桜中学シリーズ終了後の特別番組『桜中学大音楽祭』にも出演した。 |
| この時、他の生徒達は役名もしくは芸名で呼ばれていたが、印象が薄かった、もしくは視聴者へのわかり易さを優先したのか、見栄晴だけは新八先生役の岸田敏志から生徒役の名前でも本名でもなく「見栄晴」と呼ばれていた。 |
| 木梨憲武とは共通の趣味である競馬を通じて親交がある。 |
| 一時期『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』の準レギュラーとして出演していたが、これは木梨の馬券購入のお使いをしてきたお礼に出演させてもらっていたという逸話がある。 |
| だが、そのまんま東とのボクシング対決で敗れ、番組降板となった。 |
| それから1994年のラスタとんねるず'94(フジテレビ)ではジャイアント将棋(GIANTSHOWGI)の企画でミスターサイボーグ8号として出場。 |
| 2戦連続でボクシングで対決してフラフラに。 |
| 『欽どこ』での妹役の倉沢淳美に片思いだったことを、同じ妹役の高橋真美に暴露された。 |
| 関根勤は彼が金銭に困っていることを複数のメディアでネタにしており、「当時小学5年生だった間下このみから5000円を借りていた」と発言している。 |
| 「ズバリ言うわよ!」の運命のカルテのコーナーに出演した際、ギャンブルが好きで数百万円の借金をし、それを母親に全部返済させたことを暴露された。 |
| それに懲りず、同じことを繰り返したことも暴露された。 |
| 好みの競馬騎手は柴田政人(1987年頃発行の週刊競馬ブック「園麻々家の人々」より)。 |
| 幼少期に柴田が自宅までやって来て見栄晴を訪問した所、緊張で何もしゃべられなかったと言うエピソードが書かれていた。 |
| グリーンチャンネルの2004年収録の競馬番組「競馬場の達人」では、三連単を600点近く買う買い方で、10万馬券2回を含む三連単3回、三連複1回を的中させ、50万円近くプラスで終えている。 |
| 2007年4月3日に10歳年下の元OLと4〜5年の交際を経て入籍、9月25日には長女が誕生した。 |
| 近年の健康診断番組で、アルコール性の脳萎縮が起こっているので深酒をやめる様に医者に言われている。 |
| 『酒をやめたら治りますか?』と言う質問をしたが『治らない』と言われ、頭を抱えてしまうシーンを放送されてしまっている。 |