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つながりの強いひと
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諏訪頼重
諏訪頼重(すわよりしげ) [ 日本大百科全書 ( 小学館 ) ] (1516―1542) 信濃(しなの)国(長野県)諏訪を根拠とした戦国武将。刑部大輔(ぎょうぶだいぶ... |
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武田勝頼
戦国時代から安土桃山時代にかけての甲斐の武将・戦国大名。甲斐武田家第20代当主。武田二十四将の一人と数える場合もある。当初は諏訪氏を継いだため、諏訪... |
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井上靖
井上靖文学碑
作家井上靖(文化勲章受章者、沼津市名誉市民)は、明治40年(1907)5月6日軍医だった父隼雄の任地旭川え生まれました。
父の転属のため、母や... |
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お市の方
戦国時代の女性。市姫とも小谷の方(おだにのかた)とも称される。また、『好古類纂』収録の織田家系譜には「秀子」という名が記されている。尾張国出身。近... |
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新田次郎
日本の小説家、気象学者。妻は作家の藤原てい。数学者でエッセイストの藤原正彦は次男。 |
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板垣信方
戦国時代の武将。武田信虎、晴信(信玄)の二代に仕えた。武田二十四将、武田四天王の一人。家紋は「花菱(裏花菱)」、馬標は「三日月」。武田晴信が父信虎... |
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頼重
南北朝時代の真言宗の僧。琉球波上山護国寺の開山。琉球察度王の代(1349年-1394年)に薩摩国坊津の龍源寺(京都仁和寺の末寺)一乗院から琉球に渡ったと伝え... |
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諏訪忠厚
信濃国諏訪藩の第6代藩主。家系は神氏の流れを汲む諏訪氏。第5代藩主・諏訪忠林の四男。官位は従五位下安芸守。正室は阿部正福の娘。子は諏訪忠粛(長男)、... |
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原田泰治
長野県諏訪市出身の画家・グラフィックデザイナー。シンガーソングライターのさだまさしと親交が深く、原田の絵を題材にしたさだの楽曲もある。また、地元の長... |
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長岌
戦国時代、諏訪氏当主の諏訪頼重と武田信玄の妹・禰々の嫡子。幼名・寅王丸、後に千代宮丸と改名。 |
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三条夫人
武田信玄の正室・三条夫人が、信玄の死後も生存していたというお話です。 三条夫人というと、一昨年の大河ドラマ『風林火山』での池脇千鶴さんの好演が記憶に... |
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禰々
甲斐国国主武田信虎の3女。信濃国諏訪領主諏訪頼重の正室。武田信玄の異母妹で、信玄の次妹にあたる。禰々御料人。武田義信・武田勝頼(後に諏訪氏の名跡を継... |
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真田幸隆
戦国時代の武将。信濃の在地領主で、甲斐国の戦国大名である武田氏の家臣。幼名は次郎三郎、通称は源太左衛門、剃髪して一徳斎と号す。諸系図では幸隆と記さ... |
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武田信虎
戦国時代の武将。甲斐の守護大名・戦国大名。武田信玄の父。甲斐源氏の宗家・武田氏第18代当主にあたる。 |
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上原城
信濃国諏訪郡(現在の長野県茅野市ちの上原)にあった中世の山城。長野県指定史跡。上原城の支城として桑原城がある。 |
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村上義清
戦国時代の武将。北信濃の戦国大名。父は左衛門督村上顕国(頼平・頼衝)。母は室町幕府三管領家の斯波義寛の娘。家臣の出浦国則の妻を乳母とする。正室は信... |
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武田信玄
戦国時代の武将、甲斐の守護大名・戦国大名。甲斐源氏の嫡流にあたる甲斐武田家第19代当主。諱は晴信、通称は太郎(たろう)。「信玄」とは(出家後の)法名... |
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原虎胤
原虎胤(はらとらたね)は戦国時代の武将。はじめ千葉氏当主千葉勝胤の家臣、後に甲斐国武田氏の家臣で足軽大将。「虎胤」は諱で、ほかに信知とする記録もあ... |
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小笠原長時
戦国時代の武将。信濃国守護で戦国大名。信濃小笠原氏の当主。信濃林城主。小笠原長棟の長男。 |
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プロフィール
- 諏訪御料人とは
- 略歴
- 小説の影響
- 母・小見氏の消息
- 登場作品
諏訪御料人(すわごりょうにん、享禄3年(1530年)?-弘治元年11月6日(1555年12月18日))は、武田晴信(信玄)の側室で 武田勝頼の母。 諏訪頼重と側室の小見(麻績)氏の娘。実名は不詳だが法名から「梅」ではないかと推測されている。諏訪御寮人とも表記される。異母弟には、頼重の後室の 禰々の産んだ寅王がいる。
略歴
| 武田軍によって父・頼重を討たれた後、晴信の側室となり、甲府の武田氏居館である躑躅ヶ崎館に迎えられている。 |
| 天文15年(1546年)に勝頼を産んでいるが、諏訪御料人を迎えることには武田家中においても反対論があったと言われ、『高白斎記』においても記事が見られない。 |
| 弘治元年11月6日に死去。 |
| 没年は天文23年(1554年)とも。 |
| 墓所は長野県伊那市高遠町の建福寺(当時は乾福寺と称した)。 |
| 法名は「乾福寺殿梅厳妙香大禅定尼」。 |
| なお、長野県岡谷市の小坂観音院にある墓は、井上靖の『風林火山』で由布姫が過ごしそこで死去したという設定により、現代になってから建てられた物である。 |
| なお、晴信の側室になるにあたり敵将の娘では都合が悪いため、禰津元直の養女になったとの説がある。 |
| そのため禰津御寮人と同一人物ではないかとの説がある。 |
小説の影響
| 武田信玄最愛の妻というのが通説だが、この従来の説にはかなりの疑問が残る。 |
| そもそも小説・ドラマなどの演出によってそのイメージが形成されたといえる(逆に正妻である三条の方は悪妻とのイメージが作られている)が、彼女の人物像を伝えてくれるような史料は存在していない。 |
| 信玄が正室三条の方と不仲であり、諏訪御料人と勝頼を溺愛したため、一時は正室との他の息子達を差し置き、勝頼に武田家相続をと考え、ついには勝頼が武田家を継ぐ事になったという説だが、これは正室の三条の方の息子達の武田義信、海野信親、武田信之がそれぞれ、謀反、失明、夭折という理由のため武田家の家督を継ぐことができなくなった結果、と考えるべきであろう。 |
| 信玄は、武田家の通字「信」を勝頼には与えておらず、諏訪家の通字「頼」を名乗らせていることから、初めから勝頼には諏訪家を継がせるつもりだったと思われる。 |
| 武田信玄・勝頼父子を扱った時代小説や時代劇にはしばしば登場するが、実名が不詳である為、新田次郎の小説『武田信玄』では湖衣姫こいひめ。 |
| 諏訪湖とそこに流れ込む衣之渡川に因む)、井上靖の小説『風林火山』では由布姫(ゆうひめ(小説のルビはゆぶひめ)。 |
| 井上が執筆のため滞在した由布院に因むと作中名が付けられている。 |
母・小見氏の消息
| 早くに死去した諏訪御料人に比べ、その母の小見氏は長生きしたようである。 |
| 天文11年(1542年)に、夫の頼重が切腹し、諏訪惣領家が滅亡した後は、同じ諏訪氏の一族の禰津元直の元に、娘と共に身柄を預けられていたという説がある。 |
| 禰津元直の息子の禰津神平は、武田信虎の娘婿でもあり、武田氏と諏訪氏双方と関わりが深かったため、禰津元直の元に小見氏と諏訪御料人は預けられたと考えられている。 |
| その後、何年かは不明だが、娘が信玄に嫁いだ後、小見氏は引き続き、禰津元直の元に身を寄せていたと思われる。 |
| 永禄8年(1565年)の3月21日に、小見氏が自身の死後の冥福を弔う逆修の仏事を行なった記録があり、当時、高遠城主になっていた孫の武田勝頼に引き取られ、御大方様(祖母)と呼ばれ、共に高遠城で暮らしていたらしい。 |
| また、小見氏が天正6年(1578年)に、大工の池上清左衛門がよく奉公してくれたため、勝頼の側近小原継忠・跡部勝忠に依頼し、彼に五貫文の所領を与えてくれるように頼み、それを実現させたという、彼女直筆の手紙も残っている。 |
| その後は、葬儀の記録もなく、天正10年(1582年)の3月3日、勝頼達と新府城から脱出した後、3月11日に切腹した勝頼一行の中に名前が見られないため、逃げている途中に彼らとはぐれてしまったのではないかと考えられている。 |
| その後、古川寺に逃げたが、無人であったために森元家に匿われた。 |
| 同地にて死去した。 |
| 長野県長野市大岡地区天宗寺や同県朝日村古川寺に墓所がある。 |
登場作品
| 『風林火山』(1969年、東宝、演:佐久間良子)。 |
| 『天と地と』(1969年、NHK大河ドラマ、演:中村玉緒)。 |
| 『武田信玄』(1988年、NHK大河ドラマ、演:南野陽子)。 |
| 『風林火山』(1992年、日本テレビ、演:古手川祐子)。 |
| 『風林火山』(2006年、テレビ朝日、演:加藤あい)。 |
| 『風林火山』(2007年、NHK大河ドラマ、演:柴本幸)。 |
| 2003年から毎年4月8日に甲府市で、信玄公祭りの前夜祭として、舞鶴城公園で湖衣姫コンテストが行われる(2007年に関しては大河ドラマにちなんで「由布姫コンテスト」と改称)。 |
| 現在は、一般公募となっている。 |
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1542年
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夫の頼重が切腹し、諏訪惣領家が滅亡した後は... |
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1546年
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勝頼を産んでいるが、諏訪御料人を迎えること... |
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