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榎一雄(えのきかずお、1913年11月11日-1989年11月5日)は日本の東洋史学者、東京大学名誉教授。正四位勲二等瑞宝章。 |
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荒松雄
日本の歴史学者(専攻はインド史・南アジア史)・推理作家(筆名は新谷識(しんたにしき))。東京大学名誉教授、恵泉女学園大学名誉教授、日本学士院会員。 |
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永田雄三 [ナガタユウゾウ] 1939年東京に生まれる。千葉大学文理学部卒業、慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了、イスタンブル大学大学院文学研究科... |
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プロフィール
- 護雅夫とは
- 人物
- 単著
- 訳書
- 共著
- 編著
- 共編著
- 海軍兵学校
護雅夫(もりまさお、1921年3月30日-1996年12月23日)は、東洋学者、歴史学者で専攻は古代東洋史(中央アジア・突厥民族研究)。
人物
| 滋賀県長浜町(現長浜市)生まれ。 |
| 旧制姫路中学校(現兵庫県立姫路西高等学校)、第三高等学校文科を経て、1941年東京帝国大学文学部東洋史学科入学。 |
| 1943年広島県江田島の海軍兵学校に予備学生として入学。 |
| 1945年東京帝国大大学院特別研究生。 |
| 在学中は和田清、榎一雄から指導を受け、後に講座を引き継いだ。 |
| 門下生に、森安孝夫、鈴木董などがいる。 |
| 1948年北海道大学法文学部助教授、1956年東京大学文学部助教授、1968年同教授。 |
| 1981年に定年退官。 |
| 1981年から1991年まで日本大学理学部教授。 |
| この間1966年旧ソ連レニングラード大学(現ロシアサンクトペテルブルク大学)客員教授、1976年トルコイスタンブル大学客員教授。 |
| 『古代トルコ民族史研究』で1970年に第60回日本学士院賞を受賞。 |
| 1992年から日本学士院会員。 |
| トルコ科学アカデミー名誉会員。 |
| 東洋文庫ユネスコ東アジア文化研究センター所長、史学会理事長、東方学会理事長(1985年~1991年)、中近東文化センター理事長、古代オリエント博物館理事、日中文化交流協会常任理事、日本学術会議第13期会員等を歴任。 |
| 1991年勲二等瑞宝章。 |
| 晩年は神奈川県藤沢市に居住し、約6年におよぶ闘病生活の間も執筆活動は続けたが、1996年肺炎のため相模原市の病院で死去、享年75。 |
| 遺著に『古代トルコ民族史研究 Ⅲ』(総索引・著作目録の別冊付)がある。 |
単著
| 『古代トルコ民族史研究 (全3巻)』(山川出版社,Ⅰ.1967年(数度新版)、Ⅱ.1992年、Ⅲ.1997年)。 |
| 『遊牧騎馬民族国家―蒼き狼の子孫たち』(講談社[講談社現代新書],1967年)。 |
| 『李陵』(中央公論社[中公叢書],1974年/中公文庫,1992年)。 |
| 『古代遊牧帝国』(中央公論社[中公新書],1976年)。 |
| 『人間の世界歴史(7) 草原とオアシスの人々』(三省堂,1984年)。 |
訳書
| 『ナスレッディン・ホジャ物語――トルコの知恵ばなし』(平凡社東洋文庫,1965年)。 |
| カルピニ/ルブルク 『中央アジア・蒙古旅行記――遊牧民族の実情の記録』(桃源社「東西交渉旅行記全集.1巻」, 1965年、新版1979年/光風社選書,1989年)。 |
| ※両者は修道士、詳しくは、プラノ・カルピニとウィリアム・ルブルックの項目を参照。 |
| S・ランシマン 『コンスタンティノープル陥落す』(みすず書房,1969年、新版1983年、1998年)。 |
| 『騎馬民族史――正史北狄伝』(全3巻、共訳:平凡社東洋文庫,1971年-73年) 。 |
| デイヴィド・ホサム 『トルコ人』(みすず書房,1983年)。 |
共著
| (別枝達夫)『大世界史(9)絹の道と香料の島』(文藝春秋,1968年)。 |
| (三上次男・佐久間重男)『人類文化史(4)中国文明と内陸アジア』(講談社,1974年)。 |
| (牟田口義郎)『世界の歴史(22)アラブの覚醒』(講談社,1978年)。 |
| (加藤九祚・長澤和俊)『シルクロード 読書マップ』(対談・鼎談、筑摩書房,1983年)。 |
編著
| 『東西文明の交流(1)漢とローマ』(全6巻:平凡社,1970年)。 |
| 『内陸アジア・西アジアの社会と文化』(山川出版社,1983年)-論考38編の大著。 |
共編著
| 『世界の歴史.第7 イスラム文化の発展』(筑摩書房,1968年)。 |
| 『岩波講座 世界歴史』(岩波書店,1970-71年)-全30巻の内5巻分に論考を寄稿。 |
| 『内陸アジア史論集』(全2巻:国書刊行会,1979-80年)。 |
| (神田信夫)『世界各国史(12)北アジア史』(山川出版社,1981年)。 |
| (前嶋信次・杉勇)『オリエント史講座』(全6巻:学生社,1982年-86年)。 |
| (岡田英弘)『民族の世界史(4)中央ユーラシアの世界』(江上波夫・岡正雄監修:山川出版社,1990年)。 |
海軍兵学校
| 『戦中戦後に青春を生きて 東大東洋史同期生の記録』(山川出版社、1984年)。 |
| 神田信夫・山根幸夫編、「江田島兵学校」時代の回想を寄稿。 |
| 豊田穣 『江田島教育』(集英社文庫、1983年)-解説を担当。 |
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1970年
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第60回日本学士院賞を受賞 |
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1981年
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