| 5月6日横浜アリーナの大舞台で、スイート・ハーツのパートナーである下田美馬と組んで、三田英津子・山田敏代の「ドリーム・オルカ」組との対戦。 |
| 同期の4人がそろい踏みで、第1試合のタッグマッチに出場。 |
| 通常は大技が見られない、第一試合であるにもかかわらず、豊田は美しいジャーマン・スープレックス・ホールドを山田に決めてフォール勝ち。 |
| ビデオ解説陣を驚かせた。 |
| 12月9日後楽園ホールでの全日本選手権試合で、王者として山田敏代の挑戦を受ける。 |
| ジャーマン・スープレックス・ホールド、タイガー・スープレックス・ホールドで攻め込み、山田もドラゴン・スープレックス・ホールドで応戦するなど大熱戦となるが、30分時間切れ引き分け。 |
| この試合は1989年度女子プロレス大賞ベストバウト賞に選ばれた。 |
| 6月17日ジャパン・グランプリ'90に出場。 |
| 1回戦は2年先輩の北斗晶に攻め込まれながら、北斗が場外へのプランチャを自爆した際に右膝をフェンスにぶつけ、中の骨が見えるほどの裂傷のためドクターストップ勝ち、準決勝不戦勝のあと、決勝で堀田祐美子を破って初優勝、一躍スターダムにのし上がる。 |
| 7月21日ジャパン・グランプリ優勝者として、大田区体育館のメインイベントでブル中野の保持するWWWA世界シングル王座に挑戦。 |
| 圧倒的不利と言われる中、デビュー3年に満たないキャリアで当時絶対的な王者に君臨していたブルに正面から挑んだが、10分と持たず敗れる。 |
| 10月7日、王座決定戦でバイソン木村を日本海式原爆固めで破りオールパシフィック王座を獲得。 |
| 1月11日、川崎市体育館大会のオールパシフィック選手権で北斗の挑戦を受けるも、右肘を痛めて片腕で臨んだ北斗を容赦なく攻め込みTKO(タオル投入)で退け初防衛。 |
| 試合後、海狼組のパートナーであるみなみ鈴香がマイク・アピールし、挑戦を表明。 |
| 3月17日後楽園ホール大会でのみなみ相手の2度目の防衛戦は、スピード、テクニックが拮抗した好試合となったが、みなみが先輩の意地を見せ、だるま式ジャーマン・スープレックス・ホールドに敗れて王座陥落。 |
| 5月26日後楽園ホールで、アジャ・コングとセミファイナルでシングル対決。 |
| 2人のシングルは1989年3月のルーキー時代以来で、メイン・イベンターとなってからは初の対戦となった。 |
| アジャ有利とみられていたが、豊田が最後まで食い下がり、30分フルタイム引き分けの激闘となった。 |
| 9月7日大宮スケート・センターで、宿命の同期ライバル、山田敏代との2度目の大場所でのシングルマッチ。 |
| トップロープから場外へのラ・ケブラーダを見せるなど攻め込んだが山田も粘り抜き、30分時間切れ引き分け。 |
| IWA世界女子シングル王座を獲得、さらに同期の山田敏代とのタッグでのUWAタッグ王座およびWWWA世界タッグ王座獲得。 |
| そして、昨年に引き続き、山田とのシングル対決がテーマとなった。 |
| 1月4日後楽園ホールで山田敏代と3度目の対決。 |
| お互い全く譲らず、5分延長が認められたがそこでも決まらず、再度の5分延長。 |
| それでも勝負が決まらず、合計40分間フルタイムの引き分け。 |
| これで3試合連続、時間切れ引き分けとなった。 |
| 6月21日後楽園ホールでのメインイベント、時間無制限一本勝負で山田敏代との4度目の対決。 |
| 過去3度、ビッグマッチでの引き分け89.12.9、91.9.7、92.1.4。 |
| この他地方でも対戦はあったが、全女では通常、いわゆる「大場所」と呼ばれる大会場での対戦回数でカウントするを経て、完全決着戦に臨んだ。 |
| ノンストップの熱戦の末26分20秒、山田が日本海式竜巻原爆固めに対抗するための切り返し技である、初公開となるリバース・ゴリー・スペシャル・ボムで勝利。 |
| 敗れた豊田は、IWAベルトと髪の毛を賭けての再戦をマイク・アピール。 |
| 山田も快く受けて、前代未聞のベビーフェイス同士の髪切りマッチが実現することとなった。 |
| 7月5日後楽園ホールでのメインイベントで、ジャパン・グランプリ公式戦、メインイベントで、アジャ・コングと対戦。 |
| 場内・場外を縦横に駆使し、後楽園ホールのバルコニーからアジャに投げ落とされそうになるなど、激しい攻防が続いたが、最後はトップロープからの前方回転エビ固めでアジャから初フォールを奪取。 |
| ジャパン・グランプリ'92では決勝に進出するものの、アジャ・コングに敗れ準優勝に終わる。 |
| 8月15日後楽園ホールのメインイベントで、山田敏代とのIWA選手権および敗者髪切りマッチ。 |
| 山田はこの日2試合目であり、不利が予想されていたが、山田も意地を見せた。 |
| 最後は2人の対決の定番である、リバース・ゴリー・スペシャル・ボムとジャパニーズ・オーシャン・サイクロン・スープレックス(日本海式竜巻原爆固め)の打ち合い・切り返し合いの末、19分44秒、日本海式竜巻原爆固めで勝利。 |
| 勝ったものの、豊田は山田の髪を切ることを拒み自分の髪にハサミを入れ、泣き崩れ、山田の髪切りを体を張って食い止めようとまでした。 |
| いっぽう、山田は堂々と髪切りに応じ、結果として2人の友情はさらに深まる結果となった。 |
| 11月26日川崎市体育館でのJWPとの団体対抗戦第一弾として、メインイベントで山田敏代と組み、王者として尾崎魔弓・ダイナマイト・関西とのWWWA世界タッグ王座の防衛戦を行う。 |
| 60分3本勝負で、激戦の末2-1で王座を防衛。 |
| ベスト・バウトを獲得し、対抗戦時代の幕開けを象徴する一戦となった。 |
| 対抗戦時代に入ると、尾崎魔弓・ダイナマイト・関西組とのWWWA世界タッグ王座をめぐる攻防、豊田を目標とする若手の福岡晶、テクニシャンのプラム麻里子とのシングルなどが注目された。 |
| 4月2日横浜アリーナでの夢のオールスター戦では、メインイベントで山田敏代と組んで、FMWの工藤めぐみ・コンバット豊田組と60分1本勝負で対戦。 |
| セミファイナルでの北斗晶対神取忍戦が伝説的な死闘となったこと、試合途中で午前0時を回り席を立つ観客も多かったこと、初対決となったFMW勢の老獪なファイトと手が合わず、スイングしきれなかったこと、などが重なって、内容的には不満が残った。 |
| 最終的には、合体のシャトルループ・バスター→驚異的なブリッジでのジャパニーズ・オーシャン・サイクロン・スープレックス・ホールドという必殺フルコースで勝利したものの、2人は記者会見を拒否、豊田は控室のドアに顔を伏せて号泣していた。 |
| 4月11日大阪府立体育会館のセミファイナルで尾崎魔弓・ダイナマイト・関西組の再度の挑戦を受け、1-2で敗北、王座を失う。 |
| 1本目はわずか12秒で山田が関西にフォールされ、3本目は豊田が合体技で尾崎にフォールを喫した。 |
| 全日本女子プロレスの王座が史上初めて、他団体へ流出した歴史的な瞬間であった。 |
| 6月3日札幌中島体育センターで、豊田を目標とするJWPの福岡晶と対戦。 |
| ともに長髪、黒いコスチューム、白とシルバーを基調としたリングシューズの美形レスラー同士の対戦。 |
| ムーンサルトプレス(この試合で豊田は、立っている状態の福岡にも敢行)、ローリング・クレイドル、ぐるぐるパンチ(福岡の得意のムーブ)などを出し合ったが、豊田が終始余裕を見せて、ジャパニーズ・オーシャン・スープレックスで勝利を収めた。 |
| 9月29日愛知県体育館でLLPWとの対抗戦に参加、山田敏代と組んでハーレー斉藤・半田美希組と対戦し勝利。 |
| この時の序盤で半田に見舞ったドロップキックの映像は、角度や照明の関係からか、半田にヒットする際の足の伸び具合やヒットする瞬間の鈍い衝撃音などをよく見聞きすることができる。 |
| 10月9日東京ベイNKホールでJWPの尾崎魔弓とシングル・マッチ。 |
| パートナーの山田はダイナマイト・関西とシングル・マッチが組まれており、WWWA王座を奪われた2人がシングルでリベンジをはかる機会となった。 |
| 山田は関西に敗れたが、豊田は尾崎に場外でのジャーマン、ラ・ケブラーダ(この時の飛距離と高さは特筆ものであった)を放つなど気合い十分のファイトを見せた。 |
| 尾崎も見事な切り返しと一瞬のラッシュで反撃したが、最後はスタミナの切れかけた尾崎を肩に載せ、カメラマンの正面へと180度振り向いて歩いて見せ、ジャパニーズ・オーシャン・サイクロン・スープレックス・ホールドで勝利。 |
| 11月28日大阪城ホールのセミファイナルで山田敏代とのオールパシフィック選手権王座決定戦。 |
| 4月以降タッグを一時凍結していた2人が、翌月のリターン・マッチを控えての対決となった。 |
| ライバル対決の集大成となったが、最後は山田が30分40秒、リバース・ゴリー・スペシャル・ボムで勝利を収めて王座奪取。 |
| 負けた瞬間、豊田はマットを叩き、突っ伏したまま悔し涙を流していた。 |
| 表彰式の後、2人は正座して礼をし、抱き合って健闘をたたえ合った。 |
| 12月6日両国国技館のセミファイナルで尾崎・関西組とのリターン・マッチに挑む。 |
| この試合は通常と同タイトル戦と異なり、60分1本勝負で行われた。 |
| 25分33秒、豊田が尾崎を、リバースのジャパニーズ・オーシャン・サイクロン・スープレックスの姿勢からマットに叩きつけて王座奪回。 |
| シングル・プレイヤーとしての成長が著しく、山田に代わって新たなライバルとなった井上京子、WWWA王座をめぐるアジャ・コング、ダイナマイト・関西との戦いが中心となっていく。 |
| 8月24日日本武道館のセミファイナルで、IWA王者として、オールパシフィック王者である井上京子とダブル・タイトルマッチ。 |
| ジャパニーズ・オーシャン・サイクロン・スープレックスを返されるなど、後一歩のところまで追い詰められるが、京子の三角跳びからの雪崩式フロント・スープレックス、ナイアガラ・ドライバーをしのぎ切る。 |
| 両者フィニッシュ・ホールドを出し尽くした死闘となったが、カウンターでのロープの反動を利用しての飛び付き式高角度回転固めで23分31秒、勝利をもぎとりシングル二冠王となった。 |
| 10月9日川崎市体育館のメインイベントで、井上京子・井上貴子を相手にしたWWWA世界タッグ王座防衛戦。 |
| 11月20日東京ドーム、憧夢超女大戦でのV☆TOPWOMAN日本選手権トーナメントでは、1回戦でアジャ・コングと対戦。 |
| 放送席の机を持ち出し、場外でアジャを机の上に載せて、トップロープからボディ・プレスを放ち机を割った。 |
| 白熱した好勝負となったが、最後は17分17秒、アジャの、意表を突いたスタイナー・スクリュードライバーに沈む。 |
| 12月10日タッグリーグ・ザ・ベスト'94では、井上貴子と組んで、巴戦の末優勝。 |
| 吉田万里子、伊藤薫、長谷川咲恵と「フリーダム・フォース」を結成。 |
| ブリザードYuki(長谷川)とのタッグでWWWA世界タッグ王座にも挑戦した。 |
| 3月26日横浜アリーナで、アジャ・コングからWWWA世界シングル王座を奪取。 |
| アジャに場外の机の上で、机が真っ二つに割れるパイル・ドライバーを食うなど激しく攻め込まれるが耐え抜き、28分10秒、雪崩式→通常型のジャパニーズ・オーシャン・サイクロン・スープレックス・ホールドの連発で王座初戴冠。 |
| 6月27日札幌中島体育センターで、アジャ・コングに20分越えの死闘の末、カウンター気味の裏拳でWWWA世界シングル王座を奪回される。 |
| 9月2日日本武道館のメインイベントで、北斗晶とシングルマッチ。 |
| ドームでのアジャ戦と同じ、机割りの場外ボディ・プレスを見せたが、北斗も執念を見せて白熱の好試合となった。 |
| 12月4日両国国技館のメインイベントで、ダイナマイト・関西からWWWA世界シングル王座を奪取。 |
| 4月ZERO1-MAXのS-ARENA大会に於いて、男女混成出身地別都市対抗戦が行われ、島根県益田市出身同士というよしみで日高郁人とのタッグを結成した。 |
| 8月10日OZアカデミー興行でアジャ・コングとのリングネーム改名シングルマッチに敗れ、リングネーム改名を余儀なくされたが、「自分のことは自分でやる」と新リングネームを「豊田魔波」(魔は尾崎魔弓から取った)と発表し、尾崎軍団入りを表明した |
| 9月OZアカデミー興行でアジャ・コングの持つOZアカデミー認定無差別級王座に挑戦し、勝利。 |
| 「昨年8月にアジャ・コングにリングネーム(豊田真奈美)を剥奪されたものの、9月21日札幌にて、そのアジャ・コングを倒し『OZアカデミー認定無差別級』のベルトを巻いたことにより屈辱は果たした」というマイクアピールを行い、10月11日付けでリングネームを本名に戻し、尾崎軍を脱退した |