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つながりの強いひと
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松居直
京都府生まれの編集者、出版事業家、児童文学者。 |
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瀬田貞二
日本の児童文学作家、翻訳家、児童文学研究者。 |
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石井桃子
石井桃子(いしいももこ、1907年3月10日-2008年4月2日)は日本の児童文学作家・翻訳家である。数々の欧米の児童文学の翻訳を手がける一方、絵本や児童文学作... |
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君島久子
日本の中国文学者・民族学者。国立民族学博物館・聖徳学園岐阜教育大学名誉教授。 |
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大川悦生
・作/大川 悦生
・絵/赤羽 末吉
・発行/1991年 偕成社 絶版
・ サイズ/15×21cm ハードカバー 141p
・重量/440g
・状態/カバーあり。やや経年感。
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舟崎克彦
作家、詩人、作詞家、挿絵画家、劇画原作者。森窓一郎名義での作品もあり、著書は300冊以上にのぼる。影響を受けた文学者として、谷崎潤一郎、金子光晴、西東... |
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長新太
コンクール作品の題名「ロングスカート」より「長」、新人の「新」、図太く行けとの願いを込めて「太」となった。 |
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矢川澄子
矢川澄子(やがわすみこ1930年7月27日-2002年5月29日)は日本の作家、詩人、翻訳家。早くから天才少女として注目され、没後は「不滅の少女」と呼ばれた。 |
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小澤俊夫
旧満州出身の日本のドイツ文学者、筑波大学名誉教授。ドイツのメルヒェンと呼ばれる口承伝承による昔話の研究が特に専門で、文学研究から民俗学にまたがる分... |
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木下順二
日本の劇作家、評論家。代表作に『夕鶴』がある。日本劇作家協会顧問。伯父は佐々醒雪(俳人、国文学者)。著名な進歩的文化人であった。 |
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いわさきちひろ
こどもの水彩画に代表される福井県武生市(現在の越前市)生まれの日本の画家・絵本作家である。左利き。つねに「子どもの幸せと平和」をテーマとした。初期... |
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羽仁進
羽仁進(はにすすむ、1928年10月10日-)は映画監督。 |
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安野光雅
日本の画家、装幀家、絵本作家、元美術教員。島根県鹿足郡津和野町出身。現在は東京都小金井市在住。子供の頃より、画家への夢を抱いてきた安野光雅は、美術... |
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スーホの白い馬
モンゴルの民話。モンゴルの伝統楽器「モリンホール(馬頭琴)」の由来にまつわる物語。「スーホーの白い馬」とも言う。日本では、大塚勇三が1967年に中国語... |
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五味太郎
五味太郎(ごみたろう、1945年8月20日-)は日本の絵本作家。 |
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林明子
林明子(はやしあきこ、1945年3月20日-)は日本の絵本作家。東京都豊島区生まれ。血液型A型。横浜国立大学教育学部美術科卒業。1973年、初めての絵本、『かみ... |
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椋鳩十
日本の小説家、児童文学作家。本名は久保田彦穂(くぼたひこほ)。 |
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佐野洋子
日本の作家、エッセイスト、絵本作家。谷川俊太郎は元夫。血液型A型。 |
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プロフィール
赤羽末吉(あかばすえきち1910年5月3日-1990年6月8日)は、日本の舞台美術作家、絵本画家、絵本作家。東京生まれ。
人物
| 旧制順天中学校(現・順天中学校・高等学校)を卒業し、1932年、22歳で満州国大連市(現在の中国遼寧省)に移住。 |
| 当初は通信関係や運輸関係の仕事に従事したとされる。 |
| ほとんど独学で絵画を学んだ赤羽だが満州国美術展に出品した油絵が数回にわたり入選。 |
| 後に満州電信電話会社で美術関係の仕事に就く。 |
| 満州時代は旅を好み、蒙橿(現在のモンゴルと国境を接する地区)にも足を運んでいる。 |
| 太平洋戦争終結後に家族と共に36歳で日本へ引き揚げた赤羽はアメリカ大使館文化交換局に職を得て、以降の18年をここで過ごすことになる。 |
| 並行して舞踊劇などの舞台美術の仕事を通じ木下順二や松山善三と交際、周囲の評価からは理知的で端正な人間像が浮かびあがる。 |
| 1961年、50歳になった赤羽は福音館書店の松居直編集長を訪ねて絵本を描きたいと語り、瀬田貞二再話による『かさじぞう』(『こどものとも』58号)で挿絵を描き絵本画家としてデビューした。 |
| 本人の説明によると茂田井武の作画による『セロひきのゴーシュ』(福音館書店)を見たのが画家転進の動機の一つとされる。 |
| 以降発表した多くの作品は、国内のみならず海外からも高い評価を得ている。 |
| 代表作に『スーホの白い馬』、『おへそがえる・ごん』。 |
| 1980年には斯界において最も権威のある賞とされる「国際アンデルセン賞・画家賞」を受賞。 |
| 授賞式に臨んだ赤羽はスピーチの中で感謝とそれ以降の仕事への強い意欲を表明している。 |
| 1990年、食道静脈瘤破裂により死去。 |
| 没後、遺志に基づきその下書きのデッサンから原画を含む六千数百点全てが遺族の手よりいわさきちひろ絵本美術館(現・ちひろ美術館・東京)へ寄贈されている。 |
| これほどの点数の作品を自分とは直接その運営に関係を持たない個人美術館に寄贈したのは、当時でも奇異の目をもって見られている。 |
| 一説によると、背景には激動の昭和を生きた赤羽は木下と共に日本共産党シンパでありながら、アメリカ大使館へ奉職せざるを得ない自分への葛藤があり、これこそが巨匠に決断をもたらした最大のものであるとされるが、あくまで推測の域をでないいわさきちひろは生前日本共産党員でもあった。 |
著作
| (文)瀬田貞二、(絵)赤羽末吉『かさじぞう』福音館書店、1966.11、ISBN4834000710。 |
| (文)松居直、(絵)赤羽末吉『こぶじいさま』福音館書店、1964.1、ISBN483400788X。 |
| (文)松居直、(絵)赤羽末吉『ももたろう』福音館書店、1965.2、ISBN4834000397。 |
| 中国・モンゴルの民話。 |
| (文)大塚勇三、(絵)赤羽末吉『スーホの白い馬』福音館書店、1967.10、ISBN4834001121。 |
| 初出は『こどものとも』1961年10月号。 |
| 再版の際には原画と版が失われていたこともあって、構成も新たに場面も増やして描き直され、横長の大型本として出版された。 |
| 『王さまと九人のきょうだい』。 |
| 文・絵ともに制作。 |
| 『おおきなおおきなおいも―鶴巻幼稚園・市村久子の教育実践による(福音館創作童話シリーズ)』福音館書店1972年。 |
| 『鬼のうで』1976年。 |
| 『絵本わらべうた』1977年。 |
| 『へそとりごろべえ』1978年。 |
| 『そら、にげろ』偕成社1979年。 |
| 『おへそがえる・ごん』福音館書店1986年。 |
| 『絵本の世界』。 |
| 『絵本よもやま話』偕成社1979年。 |
参考文献
| 鳥越信『絵本の歴史をつくった20人』創元社1993年。 |
| 月刊絵本1974年10月号、1978年10月号。 |
| 小西正保『赤羽末吉』すばる書房文庫―絵本作家文庫1977年-->。 |
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1932年
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22歳で満州国大連市(現在の中国遼寧省)に移住 |
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1961年
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50歳になった赤羽は福音館書店の松居直編集長... |
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投票数
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