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つながりの強いひと
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長州力
相方
山口県徳山市(現:周南市)出身のプロレスラー。血液型O型。在日韓国人2世である。海外遠征時のリングネームはリッキー・チョーシュー。ニックネームは「革... |
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永田裕志
日本のプロレスラー。千葉県東金市出身。新日本プロレス所属。千葉県立成東高校、日本体育大学卒業。父は高校の校長兼野球部監督、妹(永田貴子)はネイルア... |
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天龍源一郎
日本の元大相撲力士、現プロレスラー。本名は嶋田源一郎(しまだげんいちろう)。福井県勝山市出身。身長189cm、体重120kg(力士時代は身長186cm、体重110kg... |
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蝶野正洋
日本のプロレスラー。アメリカ合衆国ワシントン州シアトル生まれ、東京都三鷹市育ち。闘魂三銃士の1人。「ARISTTRIST」(アリストトリスト)という、マルティ... |
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武藤敬司
日本のプロレスラーで全日本プロレス取締役。元代表取締役社長。神奈川県横浜市青葉区在住、山梨県富士吉田市出身。山梨県立富士河口湖高等学校卒業。闘魂三... |
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高田伸彦
ネットワークシステムを中心とした、情報関連のカリキュラムを担当している。資格、技術士(情報工学)、情報処理システム監査技術者、特種情報処理技術者、... |
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佐々木健介
日本のプロレスラー。本名同じ。福岡県福岡市南区出身。東福岡高校卒業。2008年7月よりプロレスリング・ノアを主戦場とする。健介オフィス所属で同社取締役を... |
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橋本真也
日本のプロレスラー。俳優、声優としても活動。闘魂三銃士の1人。岐阜県土岐市出身。 |
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小島聡
日本のプロレスラー。東京都江東区出身。血液型A型。新日本プロレス所属。オレンジを基調としたコスチュームがトレードマーク。VOODOO-MURDERSに加入していた... |
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獣神サンダー・ライガー
日本の覆面レスラー。新日本プロレス所属。本名は非公開。永井豪宅出身、もしくは広島県広島市。血液型AB型。「獣心・T・ライガー」と表記されることもある。... |
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天山広吉
日本のプロレスラー。京都府京都市出身。新日本プロレス所属。血液型O型。本名および旧リングネームは山本広吉(やまもとひろよし)。 |
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川田利明
日本のプロレスラー、実業家。栃木県下都賀郡藤岡町出身。フリー(タレントとしては太田プロダクション所属)。「名勝負製造機」とも称される試合巧者振りと... |
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馳浩
日本の政治家、元プロレスラー。衆議院議員(4期)。参議院議員(1期)を務めた。 |
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藤波辰爾
日本のプロレスラー。本名は藤波辰巳。大分県出身。血液型はO型。ニックネームは「ドラゴン」もしくは「ドラゴン藤波」。第77代NWA世界ヘビー級王者。一時期... |
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木村健悟
日本の元プロレスラー、宮城野部屋所属の元大相撲力士。現品川区議会議員。本名は、木村聖裔(きむらせいえい、きむらたかしと紹介しているプロレスラー名鑑... |
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前田日明
総合格闘技黎明期に活躍した元プロレスラー、元総合格闘家。リングスCEO。元HERO'Sスーパーバイザー。総合格闘技大会THEOUTSIDERのプロデューサー。大阪府大... |
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大谷晋二郎
日本の男性プロレスラー。山口県山口市出身。ZERO1所属(代表)。その性格や戦いぶりから「日本一熱いプロレスラー」と言われる。 |
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大仁田厚
日本の男性プロレスラー、元政治家、タレント・俳優としても活躍。長崎県長崎市出身。元参議院議員。身長181cm、体重77kg(全盛時は105kg)。弟(異父弟)は... |
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中西学
日本のプロレスラー。京都府京都市出身。血液型A型。新日本プロレス所属。宇治高等学校(現:立命館宇治高等学校)・専修大学卒業。 |
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三沢光晴
日本のプロレスラー。1981年に全日本プロレスにてデビュー。同団体のトップレスラーとして活躍した後、2000年にプロレスリング・ノアを旗揚げ。レスラー兼社... |
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プロフィール
- 越中詩郎とは
- デビューから新日本移籍まで
- 高田との抗争
- ヘビー級転向と反選手会同盟結成
- 平成維震軍解散から新日本離脱へ
- フリーランスとしての活動
- 人物像
- 新日本移籍の経緯
- 得意技
- タイトル歴
- 入場曲
- 著書
- テレビドラマ
- その他
- 関連サイト
越中詩郎(こしなかしろう、男性、1958年9月4日-)は、日本のプロレスラー。東京都江東区出身。血液型はB型。フリーランス。
デビューから新日本移籍まで
| 1978年に全日本プロレス入門。 |
| 1979年に園田一治(後のハル薗田)戦でデビュー。 |
| 若手のころはジャイアント馬場の付き人を務めた。 |
| 1983年にはルー・テーズ杯争奪リーグ戦で三沢光晴を破り優勝し、翌年ともにメキシコに遠征。 |
| サムライ・シローの名で活躍した。 |
| しかし三沢がタイガーマスクとして先に凱旋帰国したことに危機感を抱き、1985年全日本プロレスを離脱。 |
| 新日本プロレスに押し掛け同然で移籍して帰国(異説については後述)。 |
| なお、すぐに新日本プロレスに移籍せず、まず当時設立したばかりのプロモーションだったアジア・プロレスに移籍し、そこから新日に上がるという形を取っていた。 |
高田との抗争
| 1986年、IWGPジュニア王座決定リーグ戦に出場し、初代IWGPジュニアヘビー級王座を獲得。 |
| その後、旧UWFから戻ってきた高田伸彦とジュニアベルトを争う。 |
| 高田のキックを愚直にも正面から受けるファイトスタイルはUWFびいきのファンからも支持を集め、一躍人気レスラーとなった。 |
| そのキックや関節技を主体とした攻めの高田と、「耐える美学」「人間サンドバッグ」とまでいわれた受けの越中のシングルマッチは「ジュニア版名勝負数え唄」と形容され、当時のプロレスファンの圧倒的な支持を得た。 |
| その後武藤敬司とのコンビでIWGPタッグ王座も獲得。 |
ヘビー級転向と反選手会同盟結成
| 獣神サンダー・ライガーらの台頭や自身のウェイトアップによりヘビー級に戦いの場を移す。 |
| ドラゴンボンバーズへ入るも誠心会館との抗争に関して新日本プロレス選手会と対立しヒールに転向。 |
| 頭を剃り上げて反選手会同盟(のちの平成維震軍)を結成し、一躍中堅からトップ戦線へ踊り出る。 |
| この時期、1995年のG1CLIMAX初戦でIWGP王者(当時)武藤敬司を破るという実績も挙げている。 |
| 1998年、天龍源一郎と組みIWGPタッグ王座獲得。 |
平成維震軍解散から新日本離脱へ
| 1999年に平成維震軍を解散し新日本本隊に復帰。 |
| その後佐々木健介と組みIWGPタッグ王座に返り咲いた。 |
| また2000年には全日本プロレスに参戦し、三冠王者決定トーナメントに出場している。 |
| 2003年1月、新日本プロレスを契約満了により退団し、WJプロレスに入団。 |
| 当初は盟主である長州力の片腕的存在だったが、金銭面で揉め、大森隆男らと共にレイバーユニオンを結成。 |
| 同年10月31日付でフリーランスとなった。 |
フリーランスとしての活動
| 2004年2月、大森隆男とともに、炎武連夢(大谷晋二郎・田中将斗組)からNWAインターコンチネンタルタッグ王座を奪取。 |
| さらに、プロレスリング・ノアにも参戦し、平成維震軍の仲間だった齋藤彰俊と共闘。 |
| ZERO1-MAXやキングスロードへも参戦。 |
| 2007年には、アメトーーク!でケンドーコバヤシによる越中のネタから「越中ブーム」が発生。 |
| それも背景に同年5月2日、11年ぶりにIWGPヘビー級選手権試合に臨んだ。 |
| 試合は敗北したものの、王者永田裕志に対しヒップアタックや侍ドライバー'84、ジャパニーズ・レッグロール・クラッチといった、平成維震軍当時からの大技を遺憾なく発揮した。 |
| 一時期は天山広吉、真壁刀義らと組み、G・B・Hで活躍したものの、2007年8月に離脱、長州力、蝶野らとともに「レジェンド」を結成した。 |
| 2008年に後楽園ホールで行われた『ハッスル・ツアー2008~7.11inKORAKUEN』からハッスル参戦を表明。 |
| 日本代表として出場した『ハッスルGP2008』においてザ・モンスター℃を下し、ハッスルデビュー戦を白星で飾った。 |
| 2009年8月27日に行われたハッスル主催『越中詩郎デビュー30周年記念大会』では新日本の永田裕志、獣神サンダー・ライガーと組み、天龍源一郎、川田利明、TAJIRI組と対戦。 |
| 15分18秒、TAJIRIを高角度パワーボムからのエビ固めで破り勝利。 |
| 試合後、ファンと共にデビュー30年を振り返った。 |
| 2011年5月、3月に晴れてプロレスデビューした橋本真也の長男、橋本大地を相手にタッグマッチを行い、「お前の父ちゃんにしこたまやられたんだ!」とマイクでコメントし、実力差をまざまざと見せつけた。 |
人物像
| 常にコンディションが良いことで知られる。 |
| 技術面では受け身の巧さ、切れの良いスープレックス、高角度のパワーボムが特徴である。 |
| また、近年はヒップアタック等の尻(ケツ)を利用した攻撃が高い会場人気を集めており、「ケツだけで試合を組み立てられる」職人レスラーと評価されている。 |
| 地方大会でも常に全力ファイトを見せる。 |
新日本移籍の経緯
| 新日本移籍の経緯については、かつて様々な説が流れたが、現在は越中自身が『やってやるって!』(ケンドーコバヤシと共著・扶桑社)や『元・新日本プロレス『人生のリング』を追って』(金澤克彦著・宝島社)で自ら真相を明かしている。 |
| それによれば、全日離脱・新日移籍の経緯は、三沢光晴がタイガーマスクとして先に凱旋帰国したことに危機感を抱いた中、選手の大量離脱に苦しむ新日本側が大剛鉄之助経由で接触してきたというものである。 |
| 帰国した足で巡業中のジャイアント馬場に詫びを入れに出向き、あくまで移籍を認めない馬場を最終的にとりなしたのは、天龍源一郎だった、ということも語られている。 |
| 別れ際、天龍は餞別としてつかみきれないほどの一万円札を越中のポケットにねじ込んだという。 |
得意技
| 相手をロープに振りつつ追いかけるようにして走り、ロープの跳ね返り際を狙いひねりながらジャンプして尻を相手の顔面に叩き込む。 |
| 怪我をしにくい臀部を使用するため自分にダメージは少ないが、相手に対して後ろを向くという危険な技のため、実は難易度が高い。 |
| 一見して「効いていないのでは?」と言われることもあるが、実際には尾骶骨がまともに相手の顔面に入るため、衝撃度は見た目以上である。 |
| テレビの実況では「軽い脳震盪を起こす威力」と紹介されるほか、打たれ強い天龍もこの技を喰らった際には顔を歪めている。 |
| 佐藤耕平の歯を折ったことで、その威力が証明された。 |
| 派生として、座っている(または四つん這い状態の)相手の頭めがけてケツ(ヒップバット)、トップロープやエプロンを走って場外へのケツ(ダイビングヒップアタック)、コーナーポストからダイブしてケツ(ミサイルヒップアタック)などがある。 |
| 時には相手にヒップアタック攻撃を読まれ、バックドロップやジャーマン・スープレックスで切り返され、振り向いた際に尾骶骨を蹴られるというカウンター攻撃も何度も食らっている。 |
| 旧UWF勢は、ロープに振ってもリバウンドを拒否していたが、なぜかコーナーポストに振ると返ってくることを見抜いた越中が繰り出した飛んでくるケツの衝撃に前田日明も場外に逃げるしかなかったという。 |
| これらのエピソードを総括して「ダイヤモンドより硬い尻」と言われる。 |
| ちなみに、この技はチャボ・ゲレロから盗んだ、と著書「やってやるって!!」で語っている。 |
| 持ち上げてから数秒タメを作る滞空式パワーボムは侍パワーボムと呼ばれ、天龍との抗争以後多用するようになる。 |
| 両拳を突き上げながらフォールを奪う。 |
| なお、この超高角度パワーボムは越中が元祖と言われている。 |
| ;侍ドライバー'84。 |
| 通常のフィッシャーマンとは逆の足を抱えて持ち上げる。 |
| '84は三沢と共に海外修行をしていた年に由来している。 |
| ノア参戦時に対三沢用の技として開発した。 |
| 使用頻度は多くなく、ここぞというときに敢行する。 |
| ジュニア時代のフィニッシュ・ホールド。 |
| 頻繁に出すのではなく、ここぞという時に「ブレーンバスター!」と発してから用いている。 |
| 掛けた相手が巨体で体重差がある場合などは、お互いに組んだまま掛け合いとなり会場が沸き立つ。 |
| ジュニア時代からヘビー転向後しばらくは、高速ブレーンバスターも併用していた。 |
| タッグ時では場外でのハイジャック・パイルドライバーを敢行する。 |
| 若手時代はツームストーン・パイルドライバーを使っていたが、現在では全く見られない。 |
| 相手をロープに振ってから仰向けにマットと平行になるように飛ぶ(正面飛び式)。 |
| ジュニア時代は、自らダッシュしてのスクリュー式ドロップキックも併用していた。 |
| ジュニア時代から使用しており、ヘビーに転向してからも使用している。 |
| 越中式と言われ、相手の片腕をロックして絞め上げながら後方に倒れ込む。 |
| 相手の左足に自分の右足を絡ませながら相手の右肩に自分の右腕を乗せて、一緒に後方へ倒れこみ相手の後頭部から叩きつける。 |
| 主に片ひざをついている相手の髪を掴み、顔面に腰骨をぶつけていく。 |
| ;太鼓の乱れ打ち。 |
| 反選手会同盟、平成維震軍時代からの得意技。 |
| タッグマッチの時、相手を自軍のコーナーに押しやり、四つんばい状態(またはかがませて)味方全員で相手の背中を叩きつける。 |
入場曲
| 中でも「SAMURAI」は反選手会同盟・平成維震軍全盛期に使用していたことや、越中の紆余曲折の人生観を表したような曲調もあり、今でも一部で根強い人気がある。 |
著書
| 『やってやるって!!』(ケンドーコバヤシとの共著・扶桑社・ISBN9784594054038)。 |
テレビドラマ
| 『マッスルガール!』(2011年、毎日放送)-白鳥洋平役。 |
その他
| 高校卒業後、東京電力に入社。 |
| 捕手を経験していたと言う。 |
| 高校時代は野球部がなかったのでバレーボール部に所属新日本プロレス25周年名鑑より。 |
| ビートルズと阪神タイガースの大ファン。 |
| ポール・マッカートニーの幻のコンサートでは、前列の席を入手していたという。 |
| また長州力と、甲子園球場に阪神の激励に駆けつけたこともある。 |
| 趣味はゴルフ、鉄道、映画「男はつらいよ」鑑賞、好きなテレビ番組は暴れん坊将軍・水戸黄門・大河ドラマなど時代劇。 |
| 経歴欄にある、反選手会同盟結成時に頭を剃り上げてファイトしたが、越中としては初めてではない。 |
| メキシコ遠征時代の1984年7月13日、抗争していたエル・サタニコとのカベジェラ・コントラ・カベジェラで敗れ、丸坊主にされている月刊ゴング1984年10月号より。 |
| 1987年、仲村トオル主演映画「新宿純愛物語」に木村健吾と共にヤクザ役で出演予定だったが直前に怪我をしたために出演出来なかった。 |
| 代役は大矢健一(現・剛功)。 |
| 30代半ばまで独身を通したため、同じく独身の渕正信とともに『週刊プロレス』・『週刊ゴング』両誌読者コーナー独身ネタの標的にされていた。 |
| 結婚相手は新日本プロレスの事務方の年下の美人で、日本プロレス界初の職場結婚でもあった。 |
| 平成維震軍解散後敵対関係となった後藤達俊にも「あんなきれいな嫁さん貰いやがって」と逆恨みされていた。 |
| ケンドーコバヤシが、アメトーーク!で越中詩郎(大好き)芸人をプレゼンしたことを契機に反響を呼び、越中公式サイトは、一時期アクセスが集中して閲覧しにくくなった。 |
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1958年
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越中 詩郎(こしなか しろう、男性)は、日本... |
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1978年
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全日本プロレス入門 |
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