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辰姫
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1592年
1623年
満天姫
津軽家
信枚
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つながりの強いひと
石田三成
友達
安土桃山時代の武将・大名。豊臣政権の五奉行の一人。豊臣秀吉直属の吏僚として秀吉から非常な信頼を受けた。
満天姫
安土桃山時代-江戸時代の女性で、徳川家康の異父弟・下総関宿藩主松平康元の娘。福島正之正室、子に大道寺直秀。のち津軽信枚正室、子に津軽信英。
津軽信枚
弘前藩2代藩主。津軽為信の三男。母は側室の栄源院。正室は徳川家康の養女・満天姫(松平康元の娘)。側室に高台院の養女・辰姫(石田三成の娘)。
徳川家康
友達
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・戦国大名。江戸幕府初代征夷大将軍。三英傑の一人。本姓は、先に藤原氏、次いで源氏と名乗った。家系は、三河国の...
高台院
友達
戦国時代(室町時代後期)から江戸時代初期の女性で、豊臣秀吉の正室である。杉原(木下)家定の妹。秀吉の養子となって後に小早川家を継いだ小早川秀秋(羽...
津軽信義
江戸時代の大名。陸奥国弘前藩の第3代藩主。
豊臣秀吉
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・戦国大名。三英傑の一人。はじめ木下氏を名字とし、羽柴氏に改める。本姓としては、はじめ平氏を自称するが、近衛...
松平康元
戦国時代の武将。久松俊勝の次男。母は水野忠政の娘・伝通院(於大の方)。徳川家康の異父弟にあたる。初名は勝元。同母弟に松平勝俊(康俊)・松平定勝、異...
孝蔵主
豊臣秀吉の正室高台院付きの筆頭上臈(高級女中)で後に徳川秀忠付き上臈となった安土桃山時代-江戸時代初期の武家女性。「孝蔵主」は上臈としての雅名であり...
津軽為信
戦国時代から江戸時代前期にかけての武将、大名。弘前藩初代藩主。
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津軽信建
津軽弘前藩初代の津軽為信の長男。別名を平太郎、宮内。正室に秋田実季の娘。継室に松前慶広の娘。子に熊千代、弁千代、三男。宮内少輔、宮内大輔、左馬頭。
石田重成
石田三成の次男。母は宇多頼忠の娘・皎月院。兄に石田重家、妹に辰姫(津軽信枚室)。官位は隼人正。名は重成のほかに、杉山源吾某、杉山仁兵衛俊成。妻は朽...
宇喜多秀家
安土桃山時代の武将・大名。豊臣政権下の五大老の一人。通称は「備前宰相」。大名家としての宇喜多氏最後の当主であり、備前岡山57万4,000石の大名。
佐竹義宣
佐竹義宣 秀吉が頼り、家康が怖れた北関東の義将 PHP文庫 こ40-4 近衛竜春/著 出版社名 : PHP研究所 出版年月 : 2006年6月 ISBNコード : ...
石田重家
安土桃山時代から江戸時代前期の武将。石田三成の嫡男。官位は隼人正。
福島正之
福島正之(ふくしままさゆき)は安土桃山時代、江戸時代の武将。福島正則の養嗣子。別所重宗の七男として生まれるが、叔父・正則の嫡男・福島正友(正長とも...
神龍院梵舜
戦国時代から江戸時代初期にかけての神道家。吉田兼右の子で吉田兼見の弟。別名を龍玄とも。豊国廟の社僧として有名。『梵舜日記』を記述した。
福島正則
安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。賤ヶ岳の七本槍の一人。
大道寺直秀
江戸時代の人物。父は福島正則の養嗣子・福島正之、母は徳川家康の養女・満天姫(松平康元の娘)。義兄に弘前藩2代藩主・津軽信枚、養父に大道寺直英(隼人)...
上杉景勝
上杉景勝/長尾顕景(うえすぎかげかつ/ながおあきかげ)は戦国時代から江戸時代にかけての武将・大名。豊臣政権の五大老の一人。出羽米沢藩初代藩主。上杉謙...
プロフィール
辰姫とは
その他
辰姫(たつひめ、天正20年(1592年)?-元和9年(1623年))は
石田三成
の三女で弘前藩2代藩主
津軽信枚
の室。子に
津軽信義
。 辰子、大舘御前、荘厳院。慶長3年(1598年)ごろ、
豊臣秀吉
の死後に秀吉の正室・
高台院
の養女となる。慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いで父・三成が
徳川家康
に敗れる。その直後に豊臣家中で親しくしていた
津軽信建
によって津軽に逃された兄・重成とともに行動したとも、引き続き
高台院 ...
その他
近年、辰姫が養女となっていたことも踏まえて、
高台院
は関ヶ原の戦いでは
徳川家康
やいわゆる武断派諸将の東軍を支援していたという従来の説とは逆の、実際には
石田三成
らと親しく西軍寄りの姿勢であったという説が持ち上がっている。
(詳しくは
高台院
を参照)。
辰姫が大舘の地で信義を産んだ縁により、群馬県尾島町(現太田市)では昭和61年(1986年)の尾島まつりに津軽特産のねぷたが登場。
現在は毎年8月に尾島ねぷた祭りが開催されている。
辰姫 - Wikipedia
より要約
1600年
関ヶ原の戦いで父・三成が徳川家康に敗れる
1613年
東北に自身に近しい勢力を作るためか、徳川家...
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