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つながりの強いひと
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カズ・ハヤシ
ジュニアヘビー級のプロレスラー。本名は林和広(はやしかずひろ)。東京都世田谷区出身。全日本プロレス所属兼同社取締役。現在までにユニバーサル・プロレ... |
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諏訪魔
日本のプロレスラー。本名は諏訪間幸平(すわまこうへい)。神奈川県藤沢市出身。全日本プロレス所属。既婚。 |
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大和ヒロシ
日本のプロレスラーである。千葉県君津市出身。東京農業大学卒業。身長178cm、体重82kg。全日本プロレス所属。イメージカラーは黄色とオレンジ。 |
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渕正信
日本のプロレスラー。福岡県北九州市戸畑区出身。身長183cm、体重105kg。血液型B型。入場テーマ曲は『DANZERZONE(映画『トップガン』より)』。赤鬼、地獄の... |
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鈴木みのる
日本のプロレスラー。神奈川県横浜市出身。パンクラスMISSION所属。 |
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丸藤正道
日本のプロレスラー。埼玉県北足立郡吹上町(現・鴻巣市)出身。血液型O型。プロレスリング・ノア所属。取締役副社長。 |
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武藤敬司
日本のプロレスラーで全日本プロレス取締役。元代表取締役社長。神奈川県横浜市青葉区在住、山梨県富士吉田市出身。山梨県立富士河口湖高等学校卒業。闘魂三... |
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TARU
日本のプロレスラー。兵庫県神戸市出身。DRAGONGATE退団後は、フリーランスとして活動している。コンタクトレンズで目つきを鋭くし、強面の顔付きに、上半身... |
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浜亮太
大阪府茨木市出身のプロレスラー。全日本プロレス所属している。1994年から2008年まで、大相撲八角部屋所属の力士として活動した。四股名は北勝嵐(ほくとあ... |
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真田聖也
日本のプロレスラー。新潟県新潟市西区出身。全日本プロレス所属。 |
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ヘイト
名前 : ヘイト 生年月日 : 1969年12月30日 出身地 : 東京都目黒区 身長 : 185cm 体重 : 85kg デビュー : 1991年4月25日 対 畠中浩 タイ... |
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飯伏幸太
日本のプロレスラー。鹿児島県姶良市(旧・姶良郡姶良町)出身。DDTプロレスリング所属。 |
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中嶋勝彦
日本の男性プロレスラー。健介office所属。福岡県福岡市出身、愛知県江南市育ち。普段はシャイな好青年であり、佐々木家の子供たちからも「かつにい」と慕わ... |
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太陽ケア
アメリカ合衆国のプロレスラー。本名はマウナケア・モスマン(MaunakeaMossman)。全日本プロレス所属。ハワイ州ホノルル出身。身長185cm、体重108kg。 |
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小島聡
日本のプロレスラー。東京都江東区出身。血液型A型。新日本プロレス所属。オレンジを基調としたコスチュームがトレードマーク。VOODOO-MURDERSに加入していた... |
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船木誠勝
日本のプロレスラー、総合格闘家、俳優。プロレスラーとしては全日本プロレス、総合格闘家としてはARMS所属。若手時代は本名でリングに上がっていた。バツイ... |
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征矢学
全日本プロレス所属のプロレスラーである。長野県上伊那郡箕輪町出身。身長180cm、体重108kg。坂口道場出身。弟は全日本プロレス所属の征矢匠。 |
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金本浩二
日本のプロレスラー。兵庫県神戸市出身。新日本プロレス所属。大阪芸術大学環境計画学科(2004年度より環境デザイン学科)卒業。愛称は阪神タイガースの同姓... |
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西村修
日本の政治家でプロレスラー。東京都文京区出身で、同区の国民新党所属の区議会議員。階級はヘビー級。ミスター無我、無我の継承者のニックネームを持つ。グ... |
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棚橋弘至
日本のプロレスラー。岐阜県大垣市出身。新日本プロレス所属。現在マセキ芸能社と業務提携。 |
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プロフィール
- 近藤修司とは
- 闘龍門〜エルドラド
- 全日本プロレス入団
- ディストラクション結成
- タイトル歴
- 得意技
- ファイトスタイル
- リングネーム
- エピソード
- 関連サイト
近藤修司(こんどうしゅうじ、男性、1978年1月21日-)は、日本のプロレスラー。静岡県富士市出身。全日本プロレス所属。ふてぶてしい表情と全身筋肉の怪力男。通称 キングコング、ドッティ、近ちゃん。
闘龍門〜エルドラド
| 東海大学付属第一高等学校(現東海大学付属翔洋高等学校)、国際武道大学時代はラグビーに明け暮れる。 |
| 卒業後にプロレス界入りした。 |
| 闘龍門第8期生。 |
| 2001年5月18日小川内潤(JUN)戦でプロレスデビュー。 |
| 闘龍門T2Pメンバーとして日本マット逆上陸。 |
| T2P興行でミラノコレクションA.T.から勧誘されイタリアン・コネクションに入る。 |
| その際に、苗字の近藤からイタリアにあるコンドッティ通りにかけて、リングネームがイタリア風の「コンドッティ修司」(通称ドッティ)となる。 |
| T2Pと闘龍門JAPANの抗争後、日本人宣言を行ったイタリアン・コネクションだったが、ベビーターンするユニットを"brother"YASSHIと共に拒否し、はぐれ軍団として活動する。 |
| その後、大鷲透や菅原拓也らと悪冠一色を結成し、DRAGONGATEマットで人気を集めるが、2004年に素行不良としてDRAGONGATEを解雇される。 |
| T2P以降の闘龍門卒業生で立ち上げたdragondoorでリング復帰し、プロレスリング・エルドラドと名を変えたリングを主戦場とする。 |
| さらに、全日本プロレスのヒールの集団VOODOO-MURDERS(以下、VM)のメンバーとして暴れる。 |
| 2005年10月22日TAKAみちのくを破り、世界ジュニアヘビー級王者を奪取。 |
| 以降も防衛を重ねて、2006年8月27日に全日本プロレス・ジュニアヘビー級の実力者・カズ・ハヤシにも勝利し、ジュニア版絶対王者の地位を築き上げる。 |
| また、9月17日には小島聡と対戦し敗北するも互角に渡り合い高い評価を受けた。 |
| 一時は渕正信の防衛記録(14回)を抜くかと思われる勢いを見せていたが、2007年2月17日両国国技館における中嶋勝彦との防衛戦に24分25秒、ジャーマン・スープレックス・ホールドで敗れ王座から陥落。 |
| 2007年7月のジュニア・ヘビー級リーグ戦では決勝でクリス・セイビンに敗れるものの、準優勝となった。 |
全日本プロレス入団
| 2008年9月29日、プロレスリング・エルドラド退団。 |
| 全日本プロレスに正式入団を発表。 |
| 同時にVMと決別した。 |
| 経緯については、9月28日の全日本横浜大会、世界ジュニア王座戦にて、王者である土方隆司が挑戦者・丸藤正道に破れ、ベルトが他団体流出。 |
| それまでベルトにはあまり興味を示していなかった近藤だが、この事態に、「全日本所属としてベルトを奪還したい」と宣言し、入団したもの。 |
| 10月1日は、全日本プロレス台湾大会のPRのため、現地でカズ・ハヤシとのデモンストレーションマッチをする。 |
| 11月3日両国大会で、GHCジュニアヘビー級王座、世界ジュニアヘビー級王座ダブルタイトル戦をKENTAを相手として時間切れ引き分け防衛した丸藤正道に挑戦。 |
| このことは、全日移籍後数日で決まっていたことであり、会社が彼にかける期待はかなり大きいものである。 |
| そして両国大会で満を持して対戦したが、結果は惜しくも敗れてしまった。 |
| この試合は2008年のプロレス大賞ベストバウトに選ばれた。 |
| 餃子の王将プレゼンツジュニアヘビー級リーグ2009の決勝でスペル・クレイジーを得意のキングコングラリアットで破り、優勝を果たした。 |
ディストラクション結成
| また、2008年世界最強タッグ決定リーグ戦には、VM時代から馬が合い、相性もよかった諏訪魔とのタッグで出場が決定。 |
| 3年ぶりに最強タッグのリングを踏みしめる。 |
| テンコジに対抗してか、「スワコン」とも言われるようになった。 |
| 最強タッグ公式戦3日目の後楽園ホール大会では、熱闘の末、小島聡からキングコングラリアットでのフォールを奪う。 |
| ジュニアヘビー級でありながら、ヘビー級選手顔負けの近藤の強さを再確認させられた試合であり、試合終了後は後楽園の観客が大爆発ともとれる歓声を送った。 |
| しかし、リーグ戦は9点で決勝進出一番乗りを果たしたものの、天コジも同点で決勝戦を迎え、ラリアットで後楽園での雪辱を果たされ準優勝に終わった。 |
| 2009年からは、諏訪魔とのタッグチームで世界タッグを狙う。 |
| そのために、チーム名を「ディストラクション」(英語で「破壊」という意味)とし、精進している。 |
| 2009年上半期は全日本プロレスに参戦している稔に何度も負け続け、「負け癖が付いている」といつになく弱気であった。 |
| しかし、ジュニア・ヘビー級リーグ戦決勝戦にて、稔を準決勝で破ったスペル・クレイジーを十八番のキングコングラリアットで突破。 |
| 見事初優勝を果たした。 |
| 2011年、GAORA主催のスーパーファイト2011にて、近藤、KAIvs土井、谷嵜が組まれ、7年振りにDRAGONGATE勢と接触した。 |
| 世界ジュニアヘビー級王座が稔の手に移った際に、いの一番に挑戦表明。 |
| 2011年2月11日、カズ・ハヤシとの時期挑戦者決定戦を、元世界ジュニア王者渕正信より伝授された「逆片エビ固め」で突破。 |
| 3月21日両国国技館大会にて、王座挑戦したが、惜しくも敗れた余談だが、近藤はこの大会のシリーズ移動中に東北地方太平洋沖地震によって最も被害に遭っていた。 |
タイトル歴
| 第79代…パートナーは"brother"YASSHI。 |
| 世界ジュニアヘビー級王座…第23代。 |
| 在位中の週刊プロレスのインタビューではSUWAとの防衛戦を強く希望していた。 |
| また渕正信との対戦も執拗に要求していたが、渕本人には「13回防衛(世界ジュニアにおける最高防衛記録は渕の14回)したら考えてもいい」とその要求を軽くあしらわれ、結果的にどちらも実現しないまま王座を中嶋勝彦に明け渡した。 |
| ヘビー級への転向も囁かれているが、近藤本人は過去に「ジュニア王者のまま三冠も獲得したい」旨の野望をインタビューで語っており、再挑戦のタイミングを狙っている模様。 |
| しかし2007年6月に行われたジュニアリーグで決勝戦進出を決めた直後のコメントでは『優勝して、中嶋のベルトには挑戦しない』と言っていた。 |
| 当時の王者であった土方隆司が、挑戦者の丸藤正道に敗れ団体外へベルトが流失した際に、近藤は全日本代表としてベルト奪還を決意し全日本入団を決めた。 |
| ジュニア・ヘビー級リーグ戦。 |
| 英連邦ジュニアヘビー級選手権…第21代。 |
| UWA世界6人タッグ選手権。 |
| 第27代…コンドッティ修司として、パートナーはミラノコレクションA.T.&YOSSINO。 |
| 第28代…パートナーは大鷲透&"brother"YASSHI。 |
得意技
| 高校、大学時代にラグビーで鍛えた肉体を生かした、パワーファイトが特徴。 |
| 階級がジュニアであるにもかかわらず、ヘビー級の選手も投げきるほどの力を持つ。 |
| ラグビーで鍛えた突進力を生かした強力無比なフィニッシュ技。 |
| 全身を浴びせ倒すように叩き付ける。 |
| 牛の突進の意味。 |
| コーナーからスピアーの要領で相手をキャッチし、スパイン・バスターのように叩きつける技。 |
| フットボールタックルそのものであり、軽量の対戦者を中心に失神者が続出した強力な技である。 |
| 仕掛ける前にはコーナーで足を踏み鳴らして観客をあおる。 |
| バリエーションとして、相手の背後から仕掛ける「リバース式」カウンターで相手を掴んで「旋回式」で叩きつけるパターン等がある。 |
| 走ってきた相手を上空へ放り投げておいて、自分は反転。 |
| そして相手をキャッチしてからオクラホマ・スタンピードの様に叩き付ける技。 |
| 近藤のジュニアらしからぬパワーを遺憾なく見せ付ける技である。 |
| カズ・ハヤシとの世界ジュニアヘビー級タイトルマッチでは断崖式、中嶋勝彦との世界ジュニアヘビー級タイトルマッチでは本来叩きつけるところをファイヤーサンダーで落とした。 |
| 英語風に言うならばジ☆オリジナルとなるところではあるが、問題とはなっていない。 |
| カナディアン・バックブリーカーの体勢で相手を抱え上げ、前方に180度回転させて尻餅をついた自身の股の間に相手の頭を落とす危険技。 |
| ブレーンバスターの要領で抱え上げた相手の体勢を反転させ、そのまま前方に自身の身体を浴びせながら叩き付ける。 |
| 近年では通常のリバース・ブレーンバスターの形をこの名称で呼ぶこともある。 |
| スタンディングでのフライングメイヤー。 |
| ヘビー級の小島聡や太陽ケアも投げきった、やはりジュニア離れのパワーを見せ付ける技である。 |
| 腕の差し込み方が前後逆のテキサスクローバーホールドに胴締めを加えた関節技。 |
| スタンディングから相手の足を固めたままジャイアントスイングのように力任せに振り回すパターンもある。 |
| T2P時代に開発されたジャベの一種で、現在でも継続的に使用している数少ない技の一つ。 |
| 四の字に交差させた相手の足を自身の首に巻き付けて締め上げる変形のマフラーホールド。 |
| ケブラドーラ・コン・ヒーロの要領で抱え上げた相手の片脚を自身の片膝に引っ掛け片膝をつき、両腕をロックして背骨と片膝を極める変形のバックブリーカー。 |
| ハイジャック・バックブリーカーとゴリー・スペシャルの中間のような技。 |
| 相手を両膝の上に乗せたままコブラツイストを極める荒技。 |
| コーナーポスト上段に腰掛けた状態でスリーパーホールドを仕掛けて宙吊り状態にする。 |
| WWEのトリプルHがかつて使用していた技と同型。 |
| 2011年2月、対カズ・ハヤシ戦(世界ジュニアヘビー級次期挑戦者決定戦)の決まり手、本人いわく「渕正信直伝」週刊プロレス2011年3月2日号。 |
| モデルは漫画キン肉マンでバッファローマン&モンゴルマン組が見せた「ロングホーン・トレイン」。 |
| :サイドバスターの状態で抱え上げた相手の首目掛けてブラザーがコーナーからギロチンドロップを仕掛ける。 |
| :龍原砲(天龍源一郎&阿修羅・原組)が得意としていたサンドイッチ式ラリアット→サンドイッチ式延髄斬りの連続連携技。 |
ファイトスタイル
| 闘龍門ではビル・ゴールドバーグを模したギミックでジャックハマーを多用していたが、イタリアン・コネクション以降はあまり使わなくなっている。 |
| 闘龍門・DRAGONGATE時代及びVM加入初期の頃はDRAGONGATEのスタイル上、相手の技を徹底的に返すスタイルが特徴で、反則行為や場外戦をよく行っていたが、VM脱退前・全日本プロレス本隊に加入してからは以前とは逆に徹底的と言っていいほど相手の技を受け、返し技もより豪快な技を繰り出すなど変化している。 |
エピソード
| それまでは100kgのバーベルを力任せに地面に置いた状態から一気に頭の上まで持ち上げていた。 |
| 趣味は大学時代暇つぶしにやり始めたDTM(ただし「譜面はほとんど読めない」と語っている)。 |
| DRAGONGATEを解雇された理由として会場設営などのプロレス以外の仕事の拒否や谷嵜なおきへのイジメという噂があげられている。 |
| リング上では手のつけられないほどの暴れん坊だが、どちらかというと口下手な印象があり、マイクアピールはほとんど相棒の"brother"YASSHIに任せっきり、本人はその横で不敵に微笑む…というシチュエーションが多い。 |
| しかし実際のところ、自身のバックボーンであるラグビーの話題では饒舌になったり、公式ブログなどでは理論家としての側面を見せたりしており、「口下手」という表現は必ずしも合っていない。 |
| 興行で宮城に行く際、ふかひれで有名な気仙沼市の近くに行くがふかひれは食べられないと知って落ち込んでいる諏訪魔(ふかひれは諏訪魔の大好物)に「お前は春雨とふかひれの違いも分からねーくせに」と言いまた、諏訪魔とタクシーでジムに行ったとき(タクシー代を行きは近藤が払い帰りは諏訪魔が払うことになっていた)帰りに小島聡も同乗し、その時のタクシー代は小島が払うと本人が言ったとき「いえ、自分が払います」と言った諏訪魔に「本当は払う気ねぇくせに」とも言った。 |
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1978年
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近藤 修司(こんどう しゅうじ、男性)は、日... |
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2001年
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東海大学付属第一高等学校(現東海大学付属翔... |
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