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鄭樵

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章学誠
中国・清代の史学者である。
秦檜
南宋の宰相。字は会之。江寧(現在の南京)出身。金との外交政策において和平を進め、講和を結ぶが、その過程において岳飛ら軍閥を弾圧し、その後も自らの権...
劉知幾
中国唐代の歴史家。徐州彭城(江蘇省銅山県)の生まれで、字は子玄、名の「知幾」と玄宗の諱である「隆基」との音が近く通ずるので避け、字の劉子玄の方が著...
劉宗周
中国、明末の儒学者。陽明学を重んじた。字は起東、号は念台。学生は蕺山(しゅうざん)先生と呼んだ。山陰(浙江省紹興)の人。
李清照
北宋末期・南宋初期の詩人。斉州章丘(現在の山東省済南市の県級市章丘市)の人。夫は政治家の趙明誠。中国史上を代表する女流詞人として知られている。
胡宏
胡宏(こ・こう、生没年未詳)は南宋初期の中国の儒学者。字は仁仲。五峰先生と称せられる。儒学者・胡安国の末子。
岳飛
中国南宋の武将。字は鵬挙。相川湯陰(河南省湯陰県)出身。南宋を攻撃する金に対して幾度となく勝利を収めたが、岳飛らの勢力が拡大することを恐れた宰相・...
呂文煥
南宋末期の軍人。長江流域で勢力を誇った軍閥の頭領で、兄に同じく南宋に仕えて将軍となった呂文徳がいる。1268年から南宋とモンゴルの最前線である襄陽の守...
袁枢
袁枢(えん・すう,1131年-1205年)は南宋初期の中国の歴史学者・政治家。字は機仲。西山先生と称せられた。
章炳麟
清末民初にかけて活躍した学者・革命家。字は枚叔(ばいしゅく)。号の太炎でも知られる。
プロフィール
  • 鄭樵とは
  • 伝記資料
鄭樵(ていしょう,1104年(崇寧3年)-1162年(紹興32年))は、中国の南宋代の歴史家で、『通志』の撰者である。字は漁仲、福建の莆田県の出身、夾漈先生と号す。若い間に諸国を歴遊して蔵書家のもとを経巡り、知識を吸収した。1149年(紹興19年)、高宗に、『通志』の中でも名高い二十略に通ずる内容の著を提出した。それを機縁として、高宗に謁見を許され、断代史を否定する史論を上奏した。礼部に任官を果たすも、宰相秦檜による強権政治の被害者の一人として、地方官に出されてしまう。しかしその間も『通志』に繋がる著述活動を中断することなく、枢密院編修官として ...
鄭樵 - Wikipedia より要約
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