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プロフィール
- 野村収とは
- 来歴・人物
- 年度別投手成績
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 関連項目
野村収(のむらおさむ、1946年8月9日-)は、神奈川県平塚市出身の元プロ野球選手(投手)。日本プロ野球で史上初めて全12球団から勝利を挙げた。
来歴・人物
| 平塚農業高校を経て駒澤大学に進学。 |
| 平塚農業高校時代には、現在の平塚球場の場所にあった農林水産省試験場での研修経験があり、テレビ神奈川での平塚球場公式戦中継解説時に思い出話として語ったことがある。 |
| 東都大学リーグ通算47試合登板し21勝15敗、防御率2.10、198奪三振。 |
| 秋季リーグは7勝3敗で最優秀投手、ベストナインに選ばれた。 |
| 春季リーグは登板7試合全試合完投勝利の7勝、防御率1位の0.95の成績でチーム優勝に貢献し最高殊勲選手、最優秀投手、ベストナインに選ばれた。 |
| 大学野球選手権は決勝で法政大に敗れた。 |
| ドラフト史上最高の豊作と言われた1968年のドラフト会議で大洋ホエールズに1位指名され入団。 |
| 期待されながら鳴かず飛ばずだったが、に江藤愼一との交換トレードでロッテオリオンズに移籍するといきなり14勝を挙げる。 |
| 引退後は、まで阪神投手コーチを歴任。 |
| までテレビ神奈川とJSPORTSの野球解説者。 |
| その間にはシドニーオリンピック野球日本代表の投手コーチを務める。 |
| まで日本ハム二軍投手コーチを務めた。 |
| からは職員として日本ハムに残留し、新設された選手育成担当教官に就任。 |
| 選手の生活面での指導を担当する(出典:読売新聞2009年6月17日)。 |
タイトル
| 最高勝率:1回(1975年)。 |
| 最多勝:1回(1978年)。 |
記録
| 全12球団からの勝利:1983年5月15日、対横浜大洋ホエールズ7回戦に勝利して達成。 |
| セ・パ交流戦が無かった当時は、両リーグ2球団ずつ以上に所属し、かつ一軍で投げるだけの実力を維持していないと達成不能な記録であった。 |
| だが、記録達成後の野村のコメントは「新記録というより珍記録でしょう」とあくまで控えめなものだった。 |
| 全球団勝利のウイニングボールをリリーフの山本和行から渡された野村は、スタンドに放り込もうとしたが、山本に「まあとっておきなさいよ」とたしなめられた。 |
| オールスターゲーム出場:4回(1972年、1976年、1978年、1980年)。 |
背番号
| 16(1969年-1971年)。 |
| 17(1972年-1973年)。 |
| 19(1974年-1977年)。 |
| 21(1978年-1982年)。 |
| 14(1983年-1986年)。 |
| 83(1987年)。 |
| 85(1988年-1992年)。 |
| 91(1994年-1995年)。 |
| 80(2007年-2008年)。 |
関連項目
| 神奈川県出身の人物一覧。 |
| 千葉ロッテマリーンズの選手一覧。 |
| 北海道日本ハムファイターズの選手一覧。 |
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1946年
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野村 収(のむら おさむ)は、神奈川県平塚市... |
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1983年
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対横浜大洋ホエールズ7回戦に勝利して達成 |
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投票数
0
| ふりがな |
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| 性別 |
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| 出身地 |
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| 生年月日 |
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| 血液型 |
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| 職業 |
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| 所属 |
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| Twitter |
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野村収さんについてのひとこと紹介
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