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つながりの強いひと
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矢崎節夫
矢崎節夫プロフィール 童謡詩人佐藤義美、まど・みちおに師事し、童謡・童話などの世界で活躍。1982年 童話集『ほしとそらのしたで』で、第12回赤い... |
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金子みすず
金子みすずの簡単な紹介
本名は金子テル。明治36年(1903)山口県仙崎町(今の長門市)に生まれた。
大正末期にすぐれた作品を発表し、西条八十に「若き童... |
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仙崎
作品提供
仙崎(せんざき)は山口県長門市の一地域で旧・大津郡仙崎町一帯を指す。仙崎の地域は日本海に面した青海島と本土の両側にまたがるが、本土側は青海島との間... |
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西條八十
日本の詩人、作詞家、仏文学者。親戚に外交官の石井菊次郎、久保田貫一郎がいる。長男の西條八束は陸水学者。長女の三井ふたばこ(西條嫩子)も詩人。漢字表... |
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赤い鳥
鈴木三重吉が創刊した童話と童謡の児童雑誌。1918年7月1日創刊、1936年8月廃刊。 |
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浜圭介
作品提供
旧満州(中国東北部)出身の日本の作曲家である。 |
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西村直記
西 村 直 記 (にしむら なおき) プロフィール
作曲家、シンセサイザー奏者 1949年愛媛県松山市生まれ。東京藝術大学卒業。CM音楽作曲家として活躍後、帰郷... |
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角川春樹
日本の実業家、映画監督、映画プロデューサー、俳人、冒険家。角川春樹事務所会長兼社長、幻戯書房会長。 |
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野田淳子
作品提供
野田淳子(のだじゅんこ、1950年6月11日-)はシンガーソングライター。 |
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相田みつを
日本の詩人・書家。平易な詩を独特の書体で書いた作品で知られる。「書の詩人」、「いのちの詩人」とも称される。 |
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いもとようこ
いもとようこさん
プロフィール 兵庫県生まれ。金沢美術工芸大学卒業。『ねこの絵本』『うたの絵本』『そばのはなさいたひ』で、1985年から3年連続でボロー... |
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佐藤しのぶ
作品提供
オペラ研究所に入られる前、何音大出身ですか? 佐藤しのぶ さんは、オペラ研究所に入られる前、何音大出身ですか? 佐藤しのぶ さんは、国立音楽大学を卒業... |
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小林綾子
小林綾子 (こばやしあやこ) さんのプロフィール
本名 ― 生年月日 1972年8月11日 血液型 A型 出身地 東京都 身長・体重 ― 所属事務所 東映アカデ... |
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佐野成宏
作品提供
長野県駒ケ根市出身のオペラ歌手。郷里の赤穂中学校で合唱にはまり(指導:小林雅彦)、合唱好きの少年として育つ。高校でも合唱を続け、大学では室内混声合... |
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林芙美子
日本の小説家。物心ついた小学生時代に貧しかった生い立ちからか、底辺の庶民を慈しむように描いた作品に、ことに名作がある。 |
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佐渡裕
作品提供
佐渡裕(さどゆたか、1961年5月13日-)は日本のクラシック音楽の指揮者。京都市右京区太秦出身。既婚者。 |
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吉岡しげ美
作品提供
吉岡しげ美(よしおかしげみ、1949年9月11日-)は日本の音楽家(ピアノ弾き語り・作曲)である。東京都出身。 |
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石井ふく子
日本のテレビプロデューサー、舞台演出家。東京都出身。元TBSテレビプロデューサー |
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プロフィール
- 金子みすゞとは
- 生涯
- 作品
- 忘却と再発見
- 音楽化と詩の広まり
- 著作権について
- 関連項目
- 関連サイト
金子みすゞ(かねこみすず、1903年(明治36年)4月11日-1930年(昭和5年)3月10日)は、大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した童謡詩人。本名、 金子テル(かねこてる)。大正末期から昭和初期にかけて、26歳の若さでこの世を去るまでに512編もの詩を綴ったとされる。1923年(大正12年)9月に『童話』『婦人倶楽部』『婦人画報』『金の星』の4誌に一斉に詩が掲載され、 西條八十からは若き童謡詩人の中の巨星と賞賛された。
生涯
| 山口県大津郡仙崎村(現・長門市仙崎)出身。 |
| 郡立大津高等女学校(現・山口県立大津高等学校)卒業。 |
| 父・庄之助は、妻(みすゞの母)の妹の嫁ぎ先である下関の書店・上山文英堂の清国営口支店長だったが、1906年(明治39年)、みすゞが3歳のときに清国で不慮の死以前は中国人に殺されたという他殺説が通説だったが、近年は急性脳溢血説が有力である(読売新聞2006年(平成18年)4月20日「薄幸の詩人・金子みすゞ 父の他殺説覆す記事」参照)。 |
| をとげる。 |
| 劇団若草の創始者である上山雅輔(本名:上山正祐)は彼女の実弟であるが、幼くして母の妹(みすゞにとっては叔母)の嫁ぎ先である上山家に養子に出されている。 |
| 叔母の死後、雅輔の養父・上山松蔵とみすゞの母が再婚したため、みすゞも下関に移り住む。 |
| 同時に、みすゞと雅輔は実の姉弟でありつつ、義理の姉弟の関係となる。 |
| 1926年(大正15年)、叔父松蔵の経営する上山文英堂の番頭格の男性と結婚し、娘を1人もうける。 |
| しかし、夫は正祐との不仲から、次第に叔父に冷遇されるようになり、女性問題を原因に上山文英堂を追われることとなる。 |
| みすゞは夫に従ったものの、自暴自棄になった夫の放蕩は収まらず、後ろめたさからかみすゞに詩の投稿、詩人仲間との文通を禁じた。 |
| さらにみすゞに淋病を感染させるなどした事から1930年(昭和5年)2月に正式な離婚が決まった(手続き上は成立していない)。 |
| みすゞは、せめて娘を手元で育てたいと要求し、夫も一度は受け入れたが、すぐに考えを翻し、娘の親権を強硬に要求。 |
| 夫への抵抗心から同年3月10日、みすゞは、娘を自分の母に託すことを懇願する遺書を遺し服毒自殺矢崎節夫著の『金子みすヾ童謡集』によればカルモチンを服用したとされる。 |
| 、26年の短い生涯を閉じた。 |
作品
| 代表作には「わたしと小鳥とすずと」や「大漁」などがある。 |
| 仙崎は古くから捕鯨で成り立っていた漁師の村であった。 |
| 鯨に対する畏敬の念から鯨墓が存在する。 |
| 金子みすゞは鯨の供養のために、鯨法会をする地域の慣わしに感銘し「鯨法会」という作品を書いている。 |
| 自然とともに生き、小さないのちを慈しむ思い、いのちなきものへの優しいまなざしが、金子みすゞの詩集の原点とも言われ、「お魚」「大漁」などに繋がっている。 |
忘却と再発見
| 金子みすゞの詩は長らく忘れられていたが、岩波文庫『日本童謡集』の「大漁」を読んだ児童文学者の矢崎節夫らの努力で遺稿集が発掘され、1984年に出版されるや、瞬く間に有名になった。 |
| 現在では代表作「わたしと小鳥とすずと」が小学校の国語教科書に採用されている。 |
| 東京大学の国語の入試問題に採用された作品もある。 |
| また、このことをきっかけに地元長門でもみすゞの再評価が行われることとなり、みすゞの生誕100年目にあたる2003年4月11日には生家跡に金子みすゞ記念館が開館。 |
| みすゞが少女期を過ごした家を復元すると共に、直筆の詩作のメモなどが展示されている。 |
| また、長周新聞によると、かつて長周新聞の主幹であった福田正義が矢崎をはるかに遡る1937年、雑誌『話の関門』の中で金子みすゞの生涯と作品を紹介したとしている |
| 自殺当時のマスコミの扱いや遺族についても詳しい。 |
音楽化と詩の広まり
| みすゞの詩は元々曲をつけられることを想定したものではなかったが、詩作への評価の広まりと共に、童謡・歌曲・合唱曲として中田喜直、池辺晋一郎、吉岡しげ美、李政美、沢知恵、野田淳子、もりいさむ、石若雅弥を初めとする作曲家や歌手によって広く作曲されている。 |
| 西村直記、大西進のように、全ての詩に付曲した者もいる。 |
| 2006年12月には「わたしと小鳥と鈴と」の詩に、作曲家の杉本竜一が曲を作り、テノール歌手新垣勉がアルバム「日本を歌う」内で発表している。 |
| この楽曲は、その年のNHK「みんなのうた」でも放送された。 |
| またピアニスト・作曲家の小原孝は、2006年、第17回奏楽堂日本歌曲コンクールにおいて「こぶとり~おはなしのうたの一」に作曲し、中田喜直賞を受賞。 |
| これを機会に「おはなしのうた」連作5編にすべて作曲している。 |
| 数々のヒット歌謡の作曲家である浜圭介は、盟友大津あきらの墓所を訪れたことをきっかけにみすゞを知り、その壮大な世界観をフルオーケストラで表現したいと、8編に作曲。 |
| 編曲・服部隆之、指揮・佐渡裕、演奏・新日本フィルハーモニー交響楽団、テノール・佐野成宏、ソプラノ・佐藤しのぶという豪華メンバーでのレコーディングを経て、CD「みすゞのうた―金子みすゞmeets浜圭介」(エイベックス・クラシックス)をリリースしている。 |
| また、金子みすゞと同じ故郷山口県出身の歌手・作曲家ちひろは、金子みすゞの詩の50編近くに作曲し歌っており、「私と小鳥と鈴と」「星とたんぽぽ」は、歌集「さあ歌おう(山口県版)」に掲載される。 |
| CDアルバムも6枚リリースしている。 |
| 狂言として野村萬斎がアレンジした「大漁」が、NHK教育のにほんごであそぼで使用された。 |
| 他に山口県出身のもりいさむも金子みすゞの詩に80編近く作曲し、1985年からみすゞのうたを歌い続けている。 |
| もりいさむが作曲した「私と小鳥と鈴と」は金子みすゞの母校である長門市立仙崎小学校で第二校歌として歌われている。 |
| メディアへの露出としては、ラジオ大阪「1314V-STATION」の携帯サイト「声優V-STATION」3分ラジオで2003年6月19日~2004年1月5日に金子みすゞの詩を朗読するプログラム「小森まなみのおやすみポエム」が公開され、後にCD化された。 |
| TBSラジオのミニ番組「童謡詩人・金子みすゞ」でも詩作の朗読が放送されていた。 |
| また、みすゞの数奇な人生は後に映画・テレビドラマ・舞台などで演じられており、劇中で詩作が紹介されることも少なくない。 |
| みすゞを主人公にした映画・ドラマとしては映画「みすゞ」(紀伊國屋書店制作、監督:五十嵐匠、主演:田中美里)、ドラマ「明るいほうへ明るいほうへ」(TBS制作、プロテューサー:石井ふく子、主演:松たか子)、舞台「金子みすゞ 最期の写真館」(作・演出:早坂暁、主演:小野山千鶴などがある。 |
| 漫画では、「ゼロTHEMANOFTHECREATION」の第263話(単行本第41巻収録)「薄幸の童謡詩人・金子みすゞ」にてかなり詳しい心情・実情等も取り上げられている。 |
| みすゞの作品の一つ「こだまでしょうか」を取り上げたACジャパンのCM(歌手・UAによる朗読)が、東北地方太平洋沖地震に伴うCM差し替えにより多く露出したことにより「金子みすゞ全集」の売り上げが伸び、地震の影響で重版が困難なことから『金子みすゞ童謡集「こだまでしょうか」』として急遽電子書籍化されるなどの広まりが見られる。 |
| また、「こだまでしょうか」独特の語調をパロディにした作品がインターネット上で広まるなどの話題を呼んでいる |
| 2003年に開館した金子みすゞ記念館の入場者数が2011年5月に100万人を突破した2011年5月10日付産経新聞夕刊11面。 |
著作権について
| 金子みすゞの作品そのものの著作権は作者であるみすゞの死後50年を過ぎており消滅しているが(著作権の保護期間参照)、作品集を出版しているJULA出版局を窓口とする「金子みすゞ著作保存会」「金子みすゞ著作保存会」には作品の紹介に貢献した矢崎の他に、みすゞの実子(娘)も関わっている。 |
| 保存会設立の主旨については『文藝別冊総特集金子みすゞ没後70年』(河出書房、2000年)所収の、みすゞの実子へのインタビュー記事「母のこと、そして詩人みすゞのこと」(聞き手矢崎節夫)に詳しい。 |
| は、みすゞ作品を利用する際には同会の許可を得るよう求めている。 |
| その理由としてJULA出版局は、著作の大半が生前未発表であったこと、ならびに未発表作品を一般に広めるきっかけとなった『金子みすゞ全集』(JULA出版局)による二次的著作権の存続を挙げている。 |
| このこともあり、みすゞ作品は青空文庫にも収録されていない |
| 矢崎ではなく福田を第一発見者と主張する趣旨の記事だが、矢崎の姿勢そのものに対して「大きなもうけのため」としており、反資本主義的な見地からの批判を含んだ内容となっている。 |
関連項目
| 捕鯨文化-実際の鯨墓と鯨法会について記載。 |
| みすゞこれくしょん-みすゞをモチーフとしたキャラクター。 |
| みすゞ潮彩-みすゞの住んでいた下関と仙崎を結ぶ観光列車。 |
| 愛称はみすゞにちなんだもの。 |
| 金子みすゞ(小惑星)-1995年に発見された小惑星。 |
| みすゞにちなんで命名された。 |
| 仙崎郵便局-金子みすゞ記念館の斜め向かいに位置する。 |
| 2代目局舎が「 |
| 現在の局舎は3代目。 |
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1937年
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雑誌『話の関門』の中で金子みすゞの生涯と作... |
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1984年
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出版されるや、瞬く間に有名になった |
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