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日本のソフトウェア工学者。東京大学工学部卒、同大学院工学研究科修士課程修了。工学博士。現在、東京大学大学院総合文化研究科(広域科学専攻)教授、大学... |
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選手名 : 金 泰俊
<< 個人データ >>
背番号
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16
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1989.04.25
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定価:2,000円
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プロフィール
金東旭:韓国建築工匠史研究 [技文堂/ソウル、282p、1993年8月](建築雑誌 1368、1995年2月号掲載)
<抄録者注>
本書は1987年に早稲田大学に提出された著者の学位論文『韓国建築生産組織の変遷に関する研究』に若干の手を加えて韓国で出版されたものであり、三国時代から李朝末までの建築生産組織と建築工匠を体系的に扱ったほとんど初めての研究である。目次は次のようになっている。
第1章 三国時代建築工匠と大匠
第2章 新羅営繕官府の設置
第3章 高麗前期官庁営繕組織の整備
第4章 高麗後期官庁営繕組織の衰退
第5章 仏教僧侶の工匠活動
第6章 朝鮮初期官庁営繕組織の再整備
第7章 大木
第8章 16世紀官庁の工匠支配弛緩
第9章 17世紀−18世紀前半期 官庁営繕組織の変質
第10章 地方建築工匠の成長と僧侶の専業的工匠活動
第11章 ... もっと見る
金東旭:韓国建築工匠史研究 [技文堂/ソウル、282p、1993年8月](建築雑誌 1368、1995年2月号掲載)
<抄録者注>
本書は1987年に早稲田大学に提出された著者の学位論文『韓国建築生産組織の変遷に関する研究』に若干の手を加えて韓国で出版されたものであり、三国時代から李朝末までの建築生産組織と建築工匠を体系的に扱ったほとんど初めての研究である。目次は次のようになっている。
第1章 三国時代建築工匠と大匠
第2章 新羅営繕官府の設置
第3章 高麗前期官庁営繕組織の整備
第4章 高麗後期官庁営繕組織の衰退
第5章 仏教僧侶の工匠活動
第6章 朝鮮初期官庁営繕組織の再整備
第7章 大木
第8章 16世紀官庁の工匠支配弛緩
第9章 17世紀−18世紀前半期 官庁営繕組織の変質
第10章 地方建築工匠の成長と僧侶の専業的工匠活動
第11章 大木の消滅と辺手の登場
第12章 労賃制の定着と工匠の都市集中
第13章 民間建築工匠組織の成長
結論
<抄録>
この研究は三国時代から19世紀末の間に展開された韓国建築の各時代的変化のなかで建築物の設計と施工を直接担当した建築工匠たちについて制度的な変化と工匠たちの組織の変化を明らかにしようとしたものである。
まず三国時代、6世紀の新羅では各地方に多くの専門技術者がおり、新羅の中央官府はこれらの地方技術人力を組織化し効果的に動員使役させていたとみられる。このような国家的生産力を基礎として7世紀の新羅には「大匠」という呼称の指導的な建築技術者が存在し、専門技術者としての社会的待遇を受けていたと推定される。また、高句麗と百済もやはり新羅に劣らない優秀な指導的技術者と多数の一般工匠を確保していたことは疑問の余地がない。
統一新羅にはいると、7世紀中葉から8世紀初に都城や各寺刹単位で建築工事などを担当する独立した行政機関と各専門職種別の官署が設置され、これらがすべて国王に直接的に支配されていたとみられる。しかし8世紀以後、貴族勢力が台頭して豪族が各地方を実質的に支配するようになると新羅の営繕官府や労働人力の組織は解体され、9世紀には各地方が独自的な営繕組織を形成するようになったと推定される。
高麗の中央集権的な統治体制が構築されると、官僚体制のなかに官庁営繕組織が再編され、建築工匠たちを必要時に賦役に動員することができる体制を持ったことがうかがえる。あわせて官庁に服務する工匠たちが武官の官職に上がれる制度が準備された。しかし12世紀の武臣乱と元の政治的干渉によって営繕組織は一時解体され、官庁に属していた工匠たちも権門勢家に移り官庁営繕組織は大きく萎縮した。一方、高麗時代および朝鮮初期の仏教寺院では僧侶のうち一部が建築工匠として活動した。特に高麗末朝鮮初期には僧侶たちは寺刹だけでなく官衙や民間造営にも進出している。
朝鮮初期になるとふたたび官庁の営繕組織が整備された。その基本は高麗初期の制度を継承してより分化したものであった。ただ建築工匠に武官系の官職を与える制度は後に一般官僚とは区分された低い待遇に変わった。高麗末朝鮮初期の官庁営繕や寺刹工事で建築工匠の指導者として「大木」という呼称がもっとも普遍的にあらわれる。この時期「大木」は木造部分について技術的な問題や関連工匠たちを全般的に指揮統率した指導的技術者であったと考えられる。現在残っている高麗末朝鮮初期建築がみせる全体的な統一性とこのような「大木」の存在は決して無関係ではないと考えられる。
16世紀に入ると官庁に属していた工匠たちが官庁を離脱し、官庁営繕組織が大きく弛緩した。その背景には官の財政萎縮によって待遇が不十分であったことと、財力を大きく伸張させた王族や一部両班階層の建築工事が活発となった点が作用したとみられる。18世紀に入って官庁営繕組織は最小限の工匠たちを確保し、宮闕工事は特定の人物に工匠の指導者の職を長期間まかせることによって完工時の質的な水準を維持させていた。また、17、18世紀に地方に居住した工匠たちの技術水準は中央の工匠に劣らない水準であった。地方の仏教寺刹の工事は僧侶工匠たちが独占しており、これら僧匠のなかには2、30年間専門的に建築工事に従事した専業的な工匠も多数いた。さらに僧匠たちは寺刹工事だけでなく郷校や官衙または民間工事にも進出して工事をまかされた面でむしろ民間工匠を越えていた。一方、この時期の建築工匠組織では「大木」という呼称が消え、「辺手」または「都辺手」という呼称があらわれる。あわせて工匠間の職種も細分化され辺手たちも職種によってまたは作業する部分によって細分された。これによって都辺手は過去の「大木」に比べ建物全体の統率力が弱化し、反面各部分をまかされた「辺手」の担当部分について自律性が強化されたとみられる。
18世紀末以後は工匠の労賃制が定着し、工匠の都市集中現象が顕著になった。従来官庁営繕でなされていた賦役労働はこの時期に賃金労働に転換し、工匠は官の工事に雇用される機会を求めて徐々に大都市へ集中するようになった。19世紀初になると官庁に所属する工匠がほとんどなくなるが、これは労賃制が定着し官庁が工匠を特に確保する必要性がなくなったためと解釈される。寺刹工事では19世紀初から民間工匠が本格的に進出し始め一部の大きな寺刹を除いては大部分の工事を主導するようになった。一方19世紀前半期の一連の宮闕工事に血縁関係とみられる特定の木手たちが「辺手」職となっていた事実から、この時期都市には民間工匠の組織が成長した事実が推定される。戻る
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