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3 北川 冬美 …毘沙門天
4 増永 南 …毘楼勒... |
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プロフィール
2008/05/08追加:
金毘羅大権現の現存する確実な最古の史料として以下が知られる。
元亀4年(1573)「金毘羅宝殿棟札」(本宮再営棟札):
(表)上棟象頭山松尾寺金毘羅王赤如神御宝殿 当寺別当金光院権僧都宥雅造営焉 于時元亀四年11月27日記之
(裏)金毘羅堂建立本尊鎮座法楽庭儀曼荼羅供師高野山金剛三昧院権大僧都法印良昌勤之
※この時(元亀4年)には確実に金毘羅堂が造営、金毘羅が祀られたものと解釈される。
しかし、以下の史料もあり、以前から金毘羅堂は松尾寺の堂であったとも推定される。
貞治元年(1362)寄進状
奉寄進 松尾寺金毘羅堂免田事
永徳2年(1382)寄進状
奉寄進 子松庄松尾寺金毘羅堂田地事
以上、室町末期、象頭山には松尾寺(松尾寺別当は金光院)があり、金毘羅は松尾寺の鎮守として勧請されたと推測される。
この頃松尾寺の中心は観 ... もっと見る
2008/05/08追加:
金毘羅大権現の現存する確実な最古の史料として以下が知られる。
元亀4年(1573)「金毘羅宝殿棟札」(本宮再営棟札):
(表)上棟象頭山松尾寺金毘羅王赤如神御宝殿 当寺別当金光院権僧都宥雅造営焉 于時元亀四年11月27日記之
(裏)金毘羅堂建立本尊鎮座法楽庭儀曼荼羅供師高野山金剛三昧院権大僧都法印良昌勤之
※この時(元亀4年)には確実に金毘羅堂が造営、金毘羅が祀られたものと解釈される。
しかし、以下の史料もあり、以前から金毘羅堂は松尾寺の堂であったとも推定される。
貞治元年(1362)寄進状
奉寄進 松尾寺金毘羅堂免田事
永徳2年(1382)寄進状
奉寄進 子松庄松尾寺金毘羅堂田地事
以上、室町末期、象頭山には松尾寺(松尾寺別当は金光院)があり、金毘羅は松尾寺の鎮守として勧請されたと推測される。
この頃松尾寺の中心は観音堂(観音堂別当は西琳坊普門院)であり、そのほか釈迦堂・薬師堂などがあった。
さらに松尾寺には三十番神や称名寺もあったと推定される。
天正15年生駒親正が入部した頃から、象頭山には金光院が実権を握るような変化が生じたと考えられる。
この頃から寄進状・制札・書翰・免許などは全て「金光院」に対して発給される。つまり、金光院は松尾寺別当から金毘羅大権現別当に変化したもの (金毘羅大権現が主体とされ、金光院が実権を掌握)と思われる。
元和4年の寄進状には「奉寄附 金毘羅大権現神領之事・・」とあり、この頃から金毘羅大権現の称が定着すると考えられる。
(慶長期には称名寺住職を伊予に追放、寺地を金毘羅に編入、観音堂別当西琳坊普門院は真光院・普門院として、真光院は金光院寺中とし、普門院は滅罪の寺とされる。最後に寛文10年三十番神社人は打ち首となり、金毘羅(別当金光院)は全山の支配を固める。) 戻る
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