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つながりの強いひと
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新羅王
秦氏と新羅王伝説 皆神山すさ/著 出版社名 : 彩流社 出版年月 : 2010年4月 ISBNコード : 978-4-7791-1527-1
( 4-7791-1527-2 ) 税込価格 : ... |
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脱解尼師今
新羅の第4代の王(在位:57年-80年)であり、姓は昔(ソク)、名は脱解(タレ)。吐解尼師今(とかいにしきん、、トヘ・イサグム)とも記される。第2代の南解... |
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味鄒尼師今
新羅の第13代の王(在位:262年-284年)であり、姓は金氏。金閼智の7世孫であり、父は葛文王(金)仇道、母は葛文王(朴)伊柒の娘。王妃は第11代助賁尼師今の... |
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半月城
半月城です。
今回の内閣改造では、靖国参拝派かつ強硬派の麻生太郎氏が外相に、安倍晋三氏が官房長官という要職を占めることになりました。アジア外交はこ... |
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百済
古代の朝鮮半島南西部にあったツングース系扶余族による国家(346年-660年)。朝鮮史の枠組みでは、半島北部から満州地方にかけての高句麗、半島南東部の新羅... |
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葛文王
新羅における王族の称号のひとつ。『三国史記』からは、王位にはつけなかった王の父や王の舅などに尊称として与えられたものと考えられている。発生の経緯や... |
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赫居世居西干
新羅の初代の王(在位:紀元前57年-4年)であり、姓を朴、名を赫居世とする。「居西干」は辰韓語で王もしくは貴人を意味する称号と記されているが、高句麗の官... |
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実聖尼師今
新羅の第18代の王(在位:402年-417年)であり、姓は金氏。『三国史記』に拠れば、父は金閼智の子孫の大西知(だいせいち、テソチ)伊飡(2等官)、母は昔氏の... |
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奈勿尼師今
新羅の第17代の王(在位:356年-402年)であり、姓は金氏。『三国史記』に拠れば、分注に別名として那密(尼師今)を伝え、第13代味鄒尼師今の甥(父は仇道葛... |
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奈勿王
コブスの中にあるコンテンツの単語とウィキペディアの中にある単語を結びつけるコンテンツです。リンクされたキーワードをクリックするとその意味を表示しま... |
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善徳女王
新羅の第27代の王(在位:632年-647年)。新羅初の女王であると同時に、日本の推古天皇に続いて東アジア2例目の女性君主である。奇しくもその在位期間は同じ... |
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聖王
百済の第26代の王(在位:523年-554年)。先代の武寧王の子。『三国史記』百済本紀・聖王紀によれば諱は明穠。先王が523年5月に死去したことにより、王位につ... |
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南解次次雄
新羅の第2代の王(在位:4年-24年)であり、姓は朴。二聖と称される新羅始祖赫居世居西干と閼英夫人との間の長子。王妃は雲帝夫人(または阿婁夫人)。紀元4年... |
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異斯夫
異斯夫(いしふ、生没年不詳)は6世紀の新羅の将軍であり、王族の一員。姓は金、別名(諱)を苔宗ともいう。日本書紀では伊叱夫礼智干岐,あるいは伊叱夫礼知... |
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安東金氏
朝鮮の氏族の一つ。本貫を安東とする。新羅王族の金叔承を始祖とする家系(旧安東金氏)と、高麗建国の功臣である金宣平を始祖とする家系(新安東金氏)があ... |
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武烈王
新羅の第29代の王(在位:654年-661年)であり、姓は金、諱は春秋。父は第25代真智王の子の伊飡(2等官)の金龍春(龍樹とも記される。後に文興葛文王と追封)... |
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文武王
新羅の第30代の王(在位:661年–681年)であり、姓は金、諱は法敏。先代の武烈王の長子であり、母は角干(1等官)の金舒玄の娘(金庾信の妹)の文明夫人。王妃... |
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儒礼尼師今
新羅の第14代の王(在位:284年-298年)であり、姓は昔氏。第11代の助賁尼師今の長男で、母は葛文王(朴)奈音の娘であり、ある夜に星の光が口の中に入り身ご... |
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金富軾
高麗の官僚・儒学者であり、慶州金氏という新羅王室に連なる門閥貴族である。朝鮮に現存する最古の歴史書である『三国史記』を編纂し、後に楽浪郡開国侯を賜... |
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景徳王
新羅の第35代の王(在位:742年–765年)で、姓は金、諱は憲英。先代の孝成王の同母弟であり、父は33代聖徳王、母は順元(2等官)の娘の。王妃は舒弗邯(1等官... |
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プロフィール
- 金閼智とは
- 出生の神話
- 勢漢始祖伝説
- 関連事項
- 参考文献
金閼智(きんあっち、65年?-没年不詳)は新羅の金氏王統の始祖とされる人物。第4代王 脱解尼師今のときに 神話的出生とともに見出された。7世孫に第13代王 味鄒尼師今が出て 新羅王として即位し、以後金氏の王統が占めることとなり、始祖として敬われた。
出生の神話
| 『三国史記』新羅本紀・脱解尼師今紀に拠れば、脱解尼師今の9年(65年)3月、首都金城(慶州市)の西方の始林の地で鶏の鳴き声を聞き、夜明けになって瓠公に調べさせたところ、金色の小箱が木の枝に引っかかっていた。 |
| その木の下で白い鶏が鳴いていた。 |
| 小箱を持ち帰って開くと中から小さな男の子が現れ、容姿が優れていたので脱解尼師今は喜んでこれを育てた。 |
| 長じて聡明であったので「閼智」(知恵者の意味)と名づけ、金の小箱に入っていたので「金」を姓とした。 |
| 『三国遺事』金閼智脱解王代条に拠れば、永平3年庚申(60年)8月4日、瓠公(瓢公)が夜に月城の西の里を歩いていたところ、始林の中に大きな光を見たという。 |
| 紫色の雲が垂れこめており、雲の中から金色の小箱が降ってきて木の枝に引っかかった。 |
| 箱から光が差しており、またその木の根元では白い鶏が鳴いていた。 |
| 瓠公はこのことを脱解尼師今に報告したところ、尼師今は始林に出向かった。 |
| 小箱を開くと中には小さな男の子がいて、立ち上がった。 |
| 新羅始祖の赫居世の故事赫居世もまた、天から降ってきた卵より生まれた出生神話を持つ。 |
| 生まれて出た卵が瓢(ひさご)のような大きさであったことから、瓢(パルク)と音通する朴(パク)を姓とした。 |
| 詳しくは赫居世居西干#建国神話を参照。 |
| とよく似ていたので、小さな子を表す「閼智」を名前とした。 |
| 尼師今はこの子を抱いて王宮へと帰ったが、鳥や獣がついてきて、喜び踊っていた。 |
| 吉日を選んでこの子を太子に封じたが、後に婆娑(5代王婆娑尼師今)に譲って、王位にはつかなかった。 |
| 金の小箱からうまれ出たので、金を姓とした。 |
| 神話を伝える『三国史記』『三国遺事』では、それぞれに「知恵者」「小さな子」の意としてるが、閼(/アル)は「卵・穀霊・祖霊」の意であるともいう。 |
| 同じく「閼」の字を持つ閼英(新羅始祖赫居世の王妃)や、2代南解次次雄の「南」の訓を(/アル)として、これらの伝説上の始祖を、穀霊神を人格化したものとも考えられている。 |
| (→井上訳注1980pp.32,33.)。 |
勢漢始祖伝説
| 金氏王統の始祖であり、金氏初代王の味鄒尼師今に至るまでの系譜として、『三国史記』新羅本紀・味鄒尼師今紀では、。 |
| 金閼智--勢漢--阿道--首留--郁甫--仇道--味鄒。 |
| 『三国遺事』金閼智脱解王代条では。 |
| 金閼智--熱漢--阿都--首留--郁部--倶道(仇刀)--未鄒。 |
| 2世にあたる「勢漢(熱漢)」については、681年建立の文武王陵碑文や935年建立の広照寺真澈大師宝月乗空塔碑文では「星漢」、939年建立の毗ル庵真空大師普法塔碑文(ルは田+盧)では「聖漢」として表れる新羅の始祖と同音異表記であり、金閼智とともに勢漢を始祖とする説も伝わっていたと考えられている。 |
| (→井上訳注1980p.65)。 |
参考文献
| 『三国史記』第1巻金富軾撰井上秀雄訳注、平凡社〈東洋文庫372〉、1980ISBN4-582-80372-5。 |
| 『三国遺事』坪井九馬三・日下寛校訂<文科大学史誌叢書>東京、1904(国立国会図書館 近代デジタルライブラリー)。 |
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金閼智さんについてのひとこと紹介
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