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つながりの強いひと
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了翁道覚
江戸時代前期、教育文化、社会福祉、公共事業など各種の社会事業に貢献した黄檗宗の僧。出羽国雄勝郡八幡村生まれ。初め名を祖休といい、後に道覚とあらため... |
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鉄牛道機
江戸時代前期の黄檗宗の禅僧。号は自牧子。諡号は大慈普応国師。長門生まれ(石見とする異説もある)。因幡龍峯寺(鳥取県鳥取市)で修行後、長崎に滞在して... |
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国師
高僧に対して皇帝(朝廷)から贈られる諡号の1つであり、特に皇帝の師への尊称である。僧侶に贈られる諡号としては、他にも大師号、禅師号などがある。中国で... |
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大眉性善
大眉性善 【だいび-しょうぜん】 1件の用語解説(大眉性善で検索) Tweet デジタル版 日本人名大辞典+Plus の解説 大眉性善 だいび-しょう... |
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龍渓性潜
江戸時代前期の臨済宗黄檗派の僧。俗姓は奥村氏。号は如常老人。諡号は大宗正統禅師。京都の出身。 |
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即非如一
江戸時代前期中国の明から渡来した臨済宗黄檗派(黄檗宗)の僧。福建省福州府福清県の出身。俗姓は林氏。字は即非。 |
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道宗
遼の第8代皇帝(在位:1055年8月28日-1101年2月12日)。契丹名は耶律涅鄰。 |
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山宝
山宝建設(株)の企業情報が無料でご覧頂けます。更に、帝国データバンク、東京商工リサーチ、日経会社プロフィルによる業績、評点、評価ならびに業界ランキ... |
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卍山道白
卍山道白(まんざんどうはく。寛永11年(1635年)-正徳5年(1715年))は江戸初期の曹洞宗僧侶。 |
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河口慧海
黄檗宗の僧侶。仏教学者にして探検家。幼名を定治郎という。僧名は慧海仁広(えかいじんこう)。中国や日本に伝承されている漢語に音訳された仏典に疑問をお... |
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隠元禅師
隠元禅師年譜 現代語訳 〔南源性派/編〕 木村得玄/訳 出版社名 : 春秋社 出版年月 : 2002年9月 ISBNコード : 978-4-393-17702-0
( 4-393-17702... |
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源了圓
日本の歴史学者。専門は日本思想史。東北大学名誉教授。日本学士院会員。 |
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中村とうよう
日本の音楽評論家、編集者。株式会社ミュージック・マガジンの元・取締役会長、代表取締役。「中村とうよう事務所」代表。武蔵野美術大学客員研究員。ジャズ... |
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西山宗因
江戸時代前期の俳人・連歌師。本名は西山豊一。父は加藤清正の家臣西山次郎左衛門。通称次郎作。俳号は一幽と称し、宗因は連歌名。生れは肥後国熊本。談林派... |
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ダライ・ラマ5世
第5代のダライ・ラマで、略名をロサン・ギャツォ(LozangGyatso)という。ダライ・ラマ5世は、1645年に、ポタラ宮の建設をはじめた。その後、50年あまりを要し... |
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朱舜水
明の儒学者である。江戸時代初期に来日。舜水は号。諱は之瑜、字は楚嶼・魯璵。 |
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月舟宗胡
江戸時代前期の曹洞宗の僧。諱は宗胡。字は月舟。号は可憩斎。俗姓は原田氏。肥前国の出身。12歳のとき武雄円応寺の華岳宗芸に師事して参禅。16歳で修行のた... |
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明恵
鎌倉時代前期の華厳宗の僧。法諱は高弁(こうべん)。明恵上人・栂尾上人とも呼ばれる。父は平重国。母は湯浅宗重の四女。現在の和歌山県有田川町出身。 |
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プロフィール
- 鉄眼道光とは
- 生涯
- 黄檗版大蔵経(鉄眼版)
- 参考文献
- 関連サイト
鉄眼道光(てつげんどうこう、寛永7年1月1日(1630年2月12日)-天和2年3月20日(1682年4月27日))は、江戸時代前期の黄檗宗の禅僧。諡号は宝蔵国師。肥後国益城郡守山村の生まれ。最初、徹玄と号していた。
生涯
| 佐伯浄信という守山八幡宮の社僧を父として生まれる。 |
| 当初は、父の影響で浄土真宗を学んだ。 |
| 出家(13歳時)の師は、浄土真宗の海雲である。 |
| が、本願寺宗徒では才徳がなくとも寺格の高下によって上座にあることを潔しとせず、1655年(明暦元年)隠元隆琦に参禅して禅宗に帰依し、隠元の弟子木庵性瑫の法を嗣いだ。 |
| 後、摂津国難波村に瑞龍寺を開建した。 |
| 畿内の飢えに苦しむ住民の救済にも尽力し、1度は集まった蔵経開版のための施財を、惜しげもなく飢民に給付し尽くした。 |
| しかも、そのようなことが、2度に及んだという。 |
| 鉄眼の主著である『鉄眼禅師仮名法語』http://d.hatena.ne.jp/elkoravolo/20110606/1307368476は、元来はある女性に向けて法を説いたものであった。 |
| 『仮字法語』はわかりやすく平明な表現で仏教の真理を説き明かした、仏教の最良の入門書と言える。 |
| 終生、法嗣をたてず、弟弟子に当たる宝洲に寺を付嘱した。 |
| その奇特な行ないによって、『近世畸人傳』巻2に立伝されている。 |
黄檗版大蔵経(鉄眼版)
| 1664年(寛文4年)に『大蔵経』を刊行することを発願し、1667年(寛文7年)には全国行脚を行って施材を集めた。 |
| 上述の事情によって、2度まで断念したが、3度目にしてようやく施財を集めることを得、京都の木屋町二条の地に印経房(のちの貝葉書院)を開設し、1668年(寛文8年)に中国明の万暦版を基に覆刻開版し、1678年(延宝6年)に完成させた。 |
| 1,618部7,334巻。 |
| 後水尾法皇に上進した。 |
| この大蔵経は黄檗版大蔵経または鉄眼版と呼ばれている。 |
| 万暦版の覆刻ではあるが、行間に界線は彫られていない。 |
| その版木は、後世まで黄檗山の宝蔵院に収蔵され、貝葉書院を通じて、求めに応じて摺印が行なわれ続けている。 |
参考文献
| 片岡薫著『鉄眼:一切経刻版に賭けた生涯』(ヘラルド・エンタープライズ、1982年)。 |
| 熊本県教育会下益城郡支会編『国定教科書に現はれたる名僧鉄眼』(熊本県教育会、1928年)。 |
| 源了圓訳著『鉄眼仮字法語・化縁之疏』講談社1982年、新版1994年。 |
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