| 高校時代、NHKのラジオドラマのシナリオコンクールに応募し、佳作入選している。 |
| 助監督として番組に参加し作品中盤では監督も務めた『ザ・カゲスター』のオープニングとエンディングの演出は、長石が担当している。 |
| 長石の演出の特徴である望遠を多用していたり、飛行機が印象的に映し出されていたりと味わいのある映像に仕上がっている。 |
| 本格的に東映特撮に参加した最初の作品は『電撃戦隊チェンジマン』だが、東映プロデューサー・鈴木武幸は前作『超電子バイオマン』の頃より長石にオファーを出していた。 |
| 鈴木は「堀長文さんがメインなんだよ、助けてあげてよ」堀と長石は『Gメン』シリーズで同じ演出グループにおり、旧知の仲だった。 |
| と声をかけたが、その際は長石がそのオファーを辞退している『宇宙船』vol.24(1985年 朝日ソノラマ)※インタビュアーは現・脚本家の會川昇、『東映ヒーローMAX』Vol.27(2008年、辰巳出版)。 |
| 助監督として長く師事していた諸田敏は、影響を受けた監督として長石と東條昭平の二人を挙げており、長石を「天才」、東條を「クレバー」と評した。 |
| 長石と東條は「正反対」で、長石は「天才肌」であるのに対し東條は「ものすごく頭が良くて、すべて計算で成り立っている」と語っている。 |
| また諸田は長石について「飄々としてスタッフからも好かれてますけど、とても粘る人。 |
| たとえばもう夕方近くになったからといって撮影を諦めませんし、そういう意味でも大好きな人。 |
| 自分というものを持っている人は本当に強いと思う」とかつて雑誌インタビューにて語っていた。 |
| また同じく助監督としてついた渡辺勝也も長石の作風の影響を受けたとインタビューで語っており、長石が『侍戦隊シンケンジャー』で約10年ぶりに戦隊に復帰したときは、長石本人やプロデューサーの制止を振り切ってまで師匠である長石をサポートすべく、監督補として現場に参加している |
| その後、『天装戦隊ゴセイジャー』でも長石の担当回4本には全て監督補としてサポートに就いている。 |
| 矢沢永吉の大ファンで『超獣戦隊ライブマン』『高速戦隊ターボレンジャー』『地球戦隊ファイブマン』『救急戦隊ゴーゴーファイブ』の担当回では矢沢の楽曲を使用。 |
| 『ゴーゴーファイブ』第6話では、シナリオを作る段階で、主人公が歌うことだけは決まっていたが、何を歌わせるかで悩んだ際「男っぽくて時代に流されない」曲を念頭に置いて、長石自ら『夢の彼方』を選曲したという逸話が残っている。 |
| 長石は乗り気だったが、既に決定したビデオ制作のスケジュールが覆らなかったため、当初予定した番組序盤からの参加は叶わず、第32話から半年遅れで合流した『東映ヒーローMAX』号数不明(辰巳出版)。 |
| 『超光戦士シャンゼリオン』第1話で初登場したトンネル階段は長石が多用するロケーションで(場所は東京都練馬区の東映大泉撮影所すぐ近く)、一部の特撮マニアにはロケ地スポットとして有名である。 |
| 今では長石だけではなく、諸田敏や中澤祥次郎や坂本浩一など他の演出家も使用している。 |
| また田﨑竜太によると、他にも長石縁のロケ地として“長石トンネル”“長石洞窟”なども存在するという。 |
| 自身の一番好きな街はニューヨークであることを公言しており、現在でも年に一回は旅をするという。 |
| また初めて仮面ライダーシリーズの監督として携わることになった『仮面ライダークウガ』の撮影がはじまるまでの間には、向学のために『変身』を書いたカフカ誕生の地であるチェコを旅したという。 |
| 『クウガ』は高寺プロデューサーのこだわりが強いせいもあって脚本の仕上がりが遅く、当時スケジュール管理をしていた鈴村展弘チーフ助監督が激怒、遂には制作に文句を言いにいくというところまでいったが、その場にいた長石は「俺はいい本さえ出来ればいいよ」とポツリと言ったという2010年9月に行われたイベント“高寺解体新書”における鈴村の発言。 |
| 『仮面ライダー剣』の最終回は、「自分にとって最後のテレビシリーズのライダーだというつもりで撮りました」という『東映ヒーローMAX』Vol.16(2006年、辰巳出版)。 |
| 俺がダメなのかもしれない」とやや自信喪失気味に語るなど『仮面ライダー剣 キャラクターブック』(2004年、朝日ソノラマ)、今までのシリーズとは違う思いを抱いて仕事をしていたようである。 |
| その後翻意し、映画『仮面ライダーTHEFIRST』の演出を経て、2006年の『仮面ライダーカブト』より再びテレビシリーズに復帰した。 |
| 2007年11月には鈴木美潮の主催によるイベント“長石祭”が催され、宮内洋や萩野崇、植村喜八郎、さとう珠緒、東山麻美、いのくままさおといった長石作品ゆかりの役者やスタッフたちが集まり、想い出話を繰り広げた。 |
| その中で長石は、『仮面ライダー電王』の33・34話撮影終了後に入院したことを告白。 |
| 同じく“長石祭”にて『超力戦隊オーレンジャー』でサード助監督を務めた深作健太監督が明かしたところによると、同作品の最終回の現場で長石が急に「『オーレンジャー』の主役って誰だと思う?」と訊いてきたという。 |
| 監督がサード助監督に直接話しかけることは珍しく、深作は大いに緊張したがここでは何か気の効いたコメントを返さなければと思い、「三浦参謀長(宮内洋)でしょうか?」とコメントをした。 |
| 同じく“長石祭”で東山麻美が語ったところによると『電磁戦隊メガレンジャー』第2話で巨大エイネジレが現れ急いで変身するために5人で走る、というシーンを撮影していたときタイミングがずれたらしく、長石より「バカヤロー、みく(役名)! お前だけ走るの遅れたから(カメラの)フレームから切れてるだろう!」と怒鳴られたが、「だって、普通の高校生がはじめてそんなもん見たら立ちすくみます!」と思わず長石の演出に噛み付いてしまったという。 |
| 『仮面ライダーカブト』で山本裕典が迫真の演技を見せて、いのくまが「オッケー!」と言って、長石に「監督、今のどう!?」と聞いたら、長石は「はっ、月を見てた!」と上の空だったという。 |
| 溝口琢矢が語ったところによると『劇場版仮面ライダー電王俺、誕生!』の撮影中、あるシーンの撮影でカメラのフレームから目をそらしてしまった際、すかさずいのくまが「下を向くな!」と叱り飛ばした。 |
| いのくまは長石について、「昔は長石監督の指示が訳わからなくて、撮った画を見て納得したんだけど、最近は監督が丸くなったのか俺が慣れたのかはわからないけど、ついていけるようになった」と語っている。 |
| また、長石の感覚的な指示を若い俳優が理解できずにいるときには、いのくまが長石の意図を汲んで俳優に説明することもあるそうで「通訳だね(笑)」と話している『仮面ライダー電王 公式読本』(2008年、辰巳出版)。 |
| 『仮面ライダーキバ』に出演していた武田航平や長石に師事していた柴崎貴行によると、長石は常に「子供が見るものだから子供に分かりやすく」と言っていたという。 |
| 柴崎は長石のポリシーに影響されて、自身が『仮面ライダー×仮面ライダー×仮面ライダーTHEMOVIE超・電王トリロジーEPISODEYELLOWお宝DEエンド・パイレーツ』で映画監督デビューする際に、「子供に向けて作る」ことをより強く意識して制作にあたったという『超・電王トリロジー COMPLETEBOOK』(2010年、辰巳出版)。 |
| 『侍戦隊シンケンジャー』で久々の戦隊復帰の際は、長石組の打合わせ前に脚本家の小林靖子が「今年一番緊張する本打ち(打ち合わせ)です」と東映の宇都宮孝明プロデューサーに呟いたり、前述の通り渡辺勝也が監督補としてサポートに就くなど一種のお祭り騒ぎのようでもあった。 |
| 『天装戦隊ゴセイジャー』にて13年ぶりにパイロット演出を担当したが、スーパー戦隊シリーズにおいてパイロットを手がける監督としては65歳という年齢は最年長記録となる(東映特撮作品全体だと『不思議少女ナイルなトトメス』でパイロットを手掛けた村山新治の68歳に次ぐ記録)。 |
| 長石についてはさとう里香が「ウィキペディアで調べたら凄い大ベテランの監督なんだと知って、そういう方に厳しく指導していただいてとても光栄でした」、にわみきほが「凄いオーラを持った監督」とそれぞれ感想をインタビューにて述べていた。 |
| 結果的に『ゴセイジャー』ではテレビシリーズ4本とオリジナルビデオ1本の演出に留まったが、これについては波多野都のツイートによるとテレビ本編の撮影中に長石が怪我をして、しばらく撮影に復帰できなかった事態が影響していたとのことである。 |
| 2011年6月発売の『帰ってきた天装戦隊ゴセイジャーlastepic』にはメイキングが収録されており、主役5人のクランクアップの日に長石が号泣した姿や、浜尾京介に「4歳の孫がお前の大ファンだからな」、千葉雄大に「お前は生意気だよな、でも一番かわいい」と声をかけるシーンなどが収められている。 |