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つながりの強いひと
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吉野山要次郎
富山県下新川郡(現・黒部市)出身の元大相撲力士。所属は春日山部屋から立浪部屋。最高位は西前頭筆頭(1932年2月場所、3月場所)。現役時代の体格は175cm、... |
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番神山政三郎
昭和戦前期の大相撲力士。新潟県柏崎市出身、本名は長谷川政三郎。現役時代の体格は184cm、107kg。得意手は突っ張り。最高位は東前頭2枚目(1935年1月場所)。 |
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雷山勇吉
東京都荒川区出身で1930年代に活躍した大相撲力士である。本名は豊田光三。最高位は東前頭12枚目(1933年5月場所)。引退後は一時期年寄として後進の指導につ... |
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凌駕精考
1963年から約11年間、大相撲の立浪部屋に所属していた力士である。本名は白戸二三男(しらとふみお)。現役時代の体格は178cm、132kg。得意手は左四つ、突き... |
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双葉山定次
大相撲の第35代横綱。大分県宇佐郡天津村布津部(現在の宇佐市下庄)出身。身長179cm、体重128kg。)血液型はA型。 |
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立浪
立浪(たつなみ)は日本相撲協会の年寄名跡のひとつ。比較的新しい名跡だが、その由来は定かではない。 |
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若浪順
茨城県猿島郡(現在の坂東市)出身で立浪部屋に所属した大相撲力士。最高位は東小結(1968年5月場所)。本名は冨山順(とみやまじゅん)。現役時代の体格は17... |
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若羽黒朋明
神奈川県横浜市中区出身で立浪部屋に所属した大相撲力士。最高位は東大関。本名は草深朋明(くさぶかともあき)。得意手は左四つ、寄り、押し。現役時代の体... |
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双見山又五郎
大分県佐伯市(津久見市とする文献もあり)出身で立浪部屋所属の元大相撲力士。本名は大星一夫。現役時代の体格は身長171cm、体重118kg。最高位は前頭筆頭。... |
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羽黒山政司
新潟県西蒲原郡松長村大字羽黒(のちの中之口村、現新潟市西蒲区)出身の大相撲第36代横綱。身長179cm、体重130kg。得意手は左四つ、吊り、寄り、上手投げ。 |
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若浪義光
樺太恵須取郡恵須取町出身で1940年代に活躍した立浪部屋所属の元大相撲力士。最高位は東前頭19枚目(1940年5月場所)。北海道上川郡東川町生まれだが、9歳の... |
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安念山治
北海道上川郡下川町出身で立浪部屋所属の元大相撲力士。最高位は関脇。本名は安念治。現役時代の体格は181cm、111kg。得意手は左四つ、下手投げ、突き落とし。 |
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梅ヶ谷藤太郎
20代 梅ヶ谷 藤太郎(二代) 所属部屋 雷部屋 本名 小江音松 生年月日 明治11年3月11日 出身地 富山県富山市水橋大町 四股名改変 梅ノ... |
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雷光肇
大阪府大阪市西成区出身で八角部屋所属の元大相撲力士。本名は山口肇(やまぐちはじめ)。身長188cm、体重155kg。最高位は西十両11枚目(2005年9月場所)。 |
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玉椿憲太郎
玉椿憲太郎(たまつばきけんたろう、1883年(明治16年)11月10日-1928年(昭和3年)9月19日)は富山県中新川郡下条郷上砂子坂村(現・富山市)出身の大相撲の... |
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猛虎浪栄
モンゴル国・ウランバートル出身で立浪部屋に所属した大相撲力士。本名は市川栄(いちかわさかえ)、モンゴル名はガンボルド・バザルサド:GanboldBazarsad。... |
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時津山仁一
福島県いわき市出身で立浪部屋所属の元大相撲力士。最高位は関脇。現役時代の体格は182cm、137kg。本名は藁谷純一。得意手は左四つ、吊り、矢柄投げ、掬い投げ。 |
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北の洋昇
北海道網走郡網走町北浜(現・網走市)出身で立浪部屋所属の元大相撲力士。最高位は関脇。本名は緒方昇(おがたのぼる)。現役時代の体格は180cm、120kg。得... |
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旭國斗雄
立浪部屋所属の元大相撲力士。最高位は大関。北海道上川郡愛別町出身で農家の三男として生まれる。本名は太田武雄(おおたたけお)、現役時代の体格は身長174... |
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羽黒岩智一
元大相撲力士。最高位は東小結(1973年5月場所)。引退後は年寄として後進の指導につとめ、停年まで日本相撲協会に在籍していた。宮崎県延岡市出身。立浪部屋... |
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プロフィール
雷ノ峰伊助(らいのみねいすけ、1903年8月17日-1940年5月10日)は、神奈川県横須賀市出身の大相撲力士。最高位は西前頭3枚目(1929年5月場所・9月場所)。本名は新倉伊助。現役時代の体格は187cm、98kg。得意手は右四つ、吊り、寄り、投げ、うっちゃりなど。
来歴
| 1919年1月場所、雷部屋から初土俵を踏む。 |
| 幕下で全勝して、1924年5月場所十両に昇進、翌1925年5月場所には入幕を果たした。 |
| 横綱2代梅ヶ谷の率いる名門雷部屋も、その後は低迷が続いていたなかで、若手のホープとして期待された。 |
| 1927年5月場所には、9勝2敗で優勝旗手になるなど、その期待に応えられるかというところで親方が急逝、彼をはじめとする力士たちは、部屋を転々とすることになる。 |
| 最初は元玉椿憲太郎の白玉親方に預けられたが、親方もまもなく死去、その後一門の八角部屋に移籍する。 |
| その中で、彼は西ノ海・宮城山の横綱、能代潟・豊國の大関陣に対して、各場所ひとつは殊勲の星をあげるなど、活躍を続けていた。 |
| 1929年5月から立浪部屋に移籍、方屋も連合側に移って、出羽海勢と対戦するようになると、徐々に精彩を欠いてはいたが、幕内中堅力士として、存在感を出していた。 |
| しかし、預かり弟子ということもあって、1932年の春秋園事件のときに脱退してからは、帰参もかなわず、1936年の現役引退まで天竜三郎たちと行動をともにした。 |
主な戦績
| 幕内在位24場所(脱退した1932年1月を含む)。 |
| 幕内成績114勝135敗4休 勝率.458。 |
| 金星2個(3代西ノ海、宮城山各1)。 |
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投票数
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雷ノ峰伊助さんについてのひとこと紹介
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