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プロフィール
- 青木光一とは
- 経歴
- ディスコグラフィー
- おもな受賞歴
- NHK紅白歌合戦出場歴
- 関連人物
青木光一(あおきこういち、1926年2月17日-)は、日本の歌手。日本歌手協会名誉会長。「柿の木坂の家」など、多くの大ヒットを飛ばし、人気アイドルとして昭和時代中期の日本歌謡界に君臨した。2011年に85歳を迎えたが、日本歌謡界の重鎮として現役で活躍を続けている。佐賀県唐津市出身。 青木はるみは実妹。元妻は同じく歌手の 永田とよ子(3代目 天中軒雲月)。
経歴
| 1944年、奉天の旧制中学を卒業。 |
| 奉天中央放送合唱団に入団、コーラスの指導をしていた米山正夫の指導を受ける。 |
| 1945年、関東軍に入隊、敗戦でシベリアに抑留される。 |
| 1949年、シベリアから命からがら帰国。 |
| 1950年、先に帰国していた米山正夫の推薦でコロムビアに入社。 |
| 同年8月「若い嵐」で歌手デビュー。 |
| 1953年、「元気でね、左様なら」でブレイク。 |
| 1955年、「小島通いの郵便船」が大ヒット。 |
| 1957年、「柿の木坂の家」が空前の大ヒット。 |
| 同年、「二代目船長さん」でNHK紅白歌合戦に初出場。 |
| 紅白歌合戦には計3回出場している(詳細は下記参照)。 |
| 1963年、隣の工場からの延焼で自宅が全焼。 |
| 1983年、日本歌手協会理事に就任。 |
| 1985年、日本歌手協会常任理事に就任。 |
| 1995年、日本歌手協会理事長に就任。 |
| 1999年、第40回日本レコード大賞功労賞を受賞。 |
| 2003年、日本歌手協会会長に就任。 |
| 2004年、コロムビアミュージックエンタテインメントより「青木光一全曲集」をリリース。 |
| 2005年8月3日、自宅が4人組のコロンビア人の襲撃をうけ、現金5万8000円と46万円相当の腕時計や商品券などを盗まれた(コロンビア人4人は9月14日に逮捕)。 |
| 2007年、日本歌手協会名誉会長に就任。 |
| 2009年5月12日、NHK歌謡コンサートに出演。 |
| 2009年8月14日、思い出の歌全58曲懐かしの昭和メロディ(テレビ東京)に出演。 |
| 2009年9月、妹の青木はるみが死去。 |
| 2009年12月31日、第42回年忘れにっぽんの歌(テレビ東京)に出演。 |
| 2010年4月20日、NHK歌謡コンサートに出演。 |
| 2010年9月17日、金曜バラエティー(NHK総合)に生出演。 |
| 2010年10月17日、歌の楽園(テレビ東京)に出演。 |
| 2010年10月27日、ゆうぽうとで開催された第37回日本歌手協会歌謡祭に出演。 |
| 2011年4月5日、東京・代々木上原の古賀政男音楽博物館けやきホールで開催された「東日本大震災被災地支援チャリティーライブVOL1」に出演。 |
ディスコグラフィー
| 青木光一・織井茂子「花笠音頭」作詞:松平芳樹、作曲:山口保治(日本コロムビアAK279)。 |
| 「月が出ている港町」作詞:野村俊夫、作曲:米山正夫(1952年2月日本コロムビアA1307)。 |
| 「ザビエルの鐘」作詞:西条八十、作曲:古賀政男(1953年3月20日日本コロムビアA1633A)。 |
| 「元気でね、左様なら」作詞:野村俊夫、作曲:三界稔(1953年4月15日日本コロムビアA1644)。 |
| 神楽坂はん子・青木光一「モチのロン/若い時や二度ない」作詞:上山/西條八十、作曲:古賀政男(1953年6月 日本コロムビアA1700)。 |
| 「二十才の青春」作詞:野村俊夫、作曲:古賀政男(1954年1月日本コロムビアA1830)。 |
| 「月を見ていたら」作詞:野村俊夫、作曲:服部逸郎(1954年2月日本コロムビアA1827)。 |
| 「元気でね、又逢おう」作詞:野村俊夫、作曲:三界稔(1954年3月日本コロムビアA1859)。 |
| 青木光一・永田とよ子「佐賀音頭」作詞:野村俊夫、作曲:八州秀章(1954年8月日本コロムビアA2026)。 |
| 青木光一・野添ひとみ「君に誓いし」作詞:西条八十、作曲:万城目正(1954年9月日本コロムビアA2106)松竹映画「君に誓いし」主題歌。 |
| 「小島通いの郵便船」作詞:上尾美代志、作曲:平川英夫(1955年3月15日日本コロムビアA2240)雑誌「平凡」懸賞当選歌謡。 |
| 「港の乾杯」作詞:石本美由起、作曲:平川英夫(1955年12月10日日本コロムビアA2412B)。 |
| 「都に花の散る夜は」作詞:丘十四夫、作曲:古賀政男(1956年1月日本コロムビアA2412)。 |
| 「ふるさとの駅」作詞:石本美由起、作曲:平川英夫(1956年5月日本コロムビアA2504)。 |
| 「早く帰ってコ」作詞:高野公男、作曲:船村徹(1956年8月15日日本コロムビアA2583A)コロムビアでの船村徹デビュー曲。 |
| 「男の友情」作詞:高野公男、作曲:船村徹(1957年1月日本コロムビアA2656A)。 |
| 「僕は流しの運転手」作詞:石本美由起、作曲:船村徹(1957年4月15日日本コロムビアA2731A)。 |
| 「柿の木坂の家」作詞:石本美由紀、作曲:船村徹(1957年9月15日日本コロムビアA2852A)。 |
| 「おふくろさんは達者かな」作詞:石本美由紀、作曲:船村徹(1958年1月日本コロムビアA2906)。 |
| 「ぐみの木峠」作詞:石本美由起、作曲:船村徹(1958年3月15日日本コロムビアA3034A)。 |
| 「ふるさと列車」作詞:小山敬三、作曲:船村徹(1958年4月日本コロムビアA2985)。 |
| 「青春パソドブル」作詞:青山七郎、作曲:船村徹(1959年1月15日日本コロムビアA3138B)。 |
| 「新吾十番勝負」作詞:内山惣十郎、作曲:北村和夫(1959年4月日本コロムビアSA163)。 |
| 「サーカスの唄」作詞:西条八十、作曲:古賀政男。 |
おもな受賞歴
| 芸能新聞人気投票新人賞(1950年)。 |
| 第40回日本レコード大賞功労賞(1999年)。 |
| 第38回日本作詩大賞特別賞(2005年)。 |
NHK紅白歌合戦出場歴
| 第8回(1957年12月31日、東京宝塚劇場) 『二代目船長さん』 。 |
| 第10回(1959年12月31日、東京宝塚劇場) 『出港前夜』。 |
| 第11回(1960年12月31日、日本劇場(日劇)) 『オーロラ鷗』。 |
| このうち、第8回と第10回は青木の歌のラジオ中継の音声が現存する。 |
| 第8回は青木の歌唱中の写真も現存する『紅白歌合戦アルバムNHK20回放送のあゆみ』(デイリースポーツ社、1970年)。 |
| 第10回は2009年4月29日放送のNHK-FM『今日は一日“戦後歌謡”三昧』の中で、青木の歌も含め全編が再放送された(音声はモノラル)。 |
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1926年
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青木 光一(あおき こういち)は、日本の歌手... |
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1944年
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奉天の旧制中学を卒業 |
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