| 2008年3月15日、DREAM.1のライト級グランプリ1回戦でJ.Z.カルバンと対戦。 |
| 1R序盤、カルバンがガブッた体勢から振り下ろした肘が青木の首に当たってしまう。 |
| 反則行為である延髄への打撃と見なされ、ダメージの残る青木に3分間のインターバルが与えられるも回復せず、偶発的なアクシデントによりノーコンテストとなった |
| トーナメントの勝ち上がりは主催者預かりとなったが、4月4日の記者会見で没収試合に裁定変更のうえDREAM.2で再戦することが発表された |
| 2008年4月29日、DREAM.2でJ.Z.カルバンと再戦。 |
| 1Rにカルバンのパウンドを受けるもバックを奪い、2Rにも再三跳び関節を仕掛け、3-0の判定で勝利。 |
| 2008年6月15日、DREAM.4の2回戦で永田克彦と対戦し、マウントからのフットチョークで一本勝ち。 |
| 2008年7月21日、DREAM.5のライト級グランプリ準決勝で宇野薫と対戦。 |
| 決勝ではリザーブから上がってきたヨアキム・ハンセンにパウンドでTKO負け。 |
| 2008年9月23日、DREAM.6ではトッド・ムーアに裸絞めで一本勝ちを収めた。 |
| 試合後にマイクを持つと、「僕が大黒柱です」「僕の前に試合をした秋山“マイケル・ジャクソン”成勲先輩!青木真也と大晦日にネバーランドでワオワオしませんか?」と秋山成勲に対戦を要求した |
| 2008年12月31日、Dynamite!!〜勇気のチカラ2008〜でライト級グランプリ決勝で対戦するはずであったエディ・アルバレスと対戦し、踵固めで一本勝ち。 |
| 試合後のマイクでは「UFCよく聞け、日本がトップだコノヤロー!」と絶叫した |
| この勝利により、初代WAMMA世界ライト級王者に認定された |
| 2009年3月8日、ウェルター級GPへの参戦を見据えてライト級の体重から増量し、74kg契約でDREAM.7でデイビッド・ガードナーと対戦。 |
| 2009年4月5日、DREAM.8のウェルター級グランプリ1回戦で桜井"マッハ"速人と対戦し、開始直後にテイクダウンを奪ったもののバタフライ・スイープで体位の逆転を許し、開始27秒パウンドでKO負けを喫した。 |
| 2009年4月29日、「DEEPM-1CHALLENGE3rdEDITIONinJAPAN」でエメリヤーエンコ・ヒョードルとサンボ衣着用・打撃ありのスーパーエキシビションファイトを行なった。 |
| お互いに見せ場を作った後、終了間際に青木がヒョードルのアキレス腱固めにタップアウト |
| 2009年7月20日、DREAM.10でビトー・シャオリン・ヒベイロと対戦。 |
| シャオリンとの対戦が決定した際に「(柔術世界王者シャオリン相手に)思いっきり寝技で勝負します!」と宣言していた |
| 試合後のリング上で「いやー、ムエタイって面白いでしょ?」(友人である藤原あらしの発言のオマージュ)と発言すると、会場からブーイングが起こった。 |
| 2009年10月6日、DREAM.11のライト級タイトルマッチで3度目となったヨアキム・ハンセンと対戦し、試合終了残り4秒となったところで腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。 |
| 2009年12月31日、Dynamite!!〜勇気のチカラ2009〜のDREAMvsSRC(戦極)対抗戦でSRCライト級王者・廣田瑞人との王者対決を戦い、アームロックを極めるが廣田がタップアウトしなかったため、技を極め続けて廣田の右上腕を骨折させ勝利 |
| 勝利後のリング上で横になったままの廣田に対し、舌を出しながら中指を立てるファックサインで侮辱し、さらに会場中に向かってファックサインをして観客を侮辱するなど |
| 試合後の記者会見 |
| 2010年1月7日、Dynamite!!での試合後の不道徳行為について、パラエストラ東京から厳重注意が与えられ、パラエストラ東京の指導スタッフから解任されたことが発表された |
| 同日に行なわれたSRCの記者会見では、「試合後のインタビュー等においても形式的に謝罪の弁は述べているが、フィニッシュした極め技のことを「笹原さんが『刺しに行け』と言って、しっかり刺してきたので『笹原圭一2010』です」とコメントしたり、廣田選手の腕を「確実に折りにいきました」と述べるなど、誠意と謝意は微塵も感じられない言葉を重ねている。 |
| 少なくとも「厳重注意」「反省」といった、お手盛りの言葉とやりとりで許される類いのものでは決してない」と処罰を要求する意見書を発表した |
| 2010年4月17日、アメリカ合州国テネシー州にて開催されたStrikeforce:Nashvilleにてケージデビューし、Strikeforce世界ライト級王者ギルバート・メレンデスの王座に挑戦するも、終始圧倒され、18度のテイクダウンを試みるが1度も成功せず寝技でもパウンドを受け続けるなど全くいいところなくフルマークの0-3の判定負け。 |
| 試合後は、メレンデスの所属チームであるグレイシー・ファイターに弟子入りを申し出、主席コーチであるシーザー・グレイシーより承諾を受けた |
| 2010年5月21日付けで2006年2月17日から保持していた(2007年2月17日以降、防衛戦を行っていなかった)修斗世界ミドル級王座を返上した |
| 2010年7月10日、DREAM.15のライト級タイトルマッチで川尻達也と対戦し、1R1分53秒、アキレス腱固めで一本勝ち。 |
| 2010年9月25日、DREAM.16でマーカス・アウレリオと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた。 |
| 2Rで決着がつかない場合は判定なしで行なわれたが、2R開始直後に青木のタックルに合わせた長島の右跳び膝蹴りでダウンしたところにパウンドで追撃され失神KO負け |
| この試合では、1Rに明らかに時間稼ぎのクリンチやドロップキックなどで逃げ回り、反則であるロープに掴む行為も行ない、会場からはブーイングが浴びせられており、この試合の解説を行った須藤元気には「バチが当たった」、魔裟斗には「逃げてちゃ勝てないですよ」と酷評された。 |
| 一方で、北岡悟や菊野克紀など、「(ああしたルールである以上)勝つための手段としてならば責められるものではない」といった旨の評価もあり、興行論や競技性などを問う議論ともなった。 |
| 2011年4月9日、Strikeforce:Diazvs.Daleyでライル・ビアボームと対戦し、開始1分33秒、チョークスリーパーで一本勝ち。 |
| 2011年5月29日、DREAMJAPANGPバンタム級トーナメントのライト級ワンマッチでリッチ・クレメンティと対戦。 |