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つながりの強いひと
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島朗
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廣津久雄
将棋棋士。福岡県福岡市出身。棋士番号32。花田長太郎九段門下。 |
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将棋棋士。タイトル通算獲得数は、歴代6位。永世棋聖の資格を保持する。棋士番号は182。田中魁秀九段門下。いわゆる「羽生世代」の一人である。京都府綴喜郡... |
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プロフィール
- 青野照市とは
- 棋歴
- 研究家
- 人物・エピソード
- 昇段履歴
- タイトル戦登場
- 棋戦優勝
- 在籍クラス
- 将棋大賞
- その他表彰
- 主な著書
- 関連サイト
青野照市(あおのてるいち、1953年1月31日-)は、将棋棋士。 廣津久雄九段門下。棋士番号は114。静岡県焼津市出身。竜王戦1組通算6期、名人戦A級通算11期。
棋歴
| 研究派として知られ、特に持ち時間の長い順位戦では実力を発揮し、A級通算11期を数える。 |
| A級に11期在籍し、その間、大山康晴、中原誠、米長邦雄、谷川浩司等としのぎを削り、さらに羽生善治、佐藤康光、森内俊之、藤井猛等(いわゆる「羽生世代」)が台頭してきた中でも健闘した。 |
| 1999年度のB級1組順位戦で1位となり、2000年に10年ぶりにA級に復帰したとき、羽生世代の棋士たちがA級の大半を占める中での活躍は「中年の星」として話題となった。 |
| 将棋に熱中し出したのは中学の頃で、後に一流棋士になった者としては晩学である「将棋世界」2000年1月号付録。 |
| 東西対抗三段リーグ制度(奨励会A組)の最後のリーグ卒業者である。 |
| 青野が関東優勝を決めた後、過去に2度の関西優勝歴があった淡路仁茂が関西優勝をしたため、東西決戦なしで二人が同時に四段に昇段することとなった。 |
| その朗報が青野のもとに届いた当日、青野がちょうどタイトル戦の記録係をしていたことは話題となった。 |
| プロ1年目(1974年度、21歳)で新人王戦に優勝。 |
| 出場時は四段昇段前であったが、2回戦と3回戦の間に四段昇段している。 |
| プロ2年目(1975年度)には、順位戦でC級1組昇級を決め、さらには第27期棋聖戦と第2回名将戦でも本戦で活躍するなど全棋士中トップの勝率(0.745)を挙げ、第3回将棋大賞の勝率一位賞と新人賞を同時受賞。 |
| 1978年度、公式戦15連勝を記録(将棋大賞連勝賞)。 |
| 同年度、第5期名棋戦で優勝。 |
| 第37期(1978年度)C級1組順位戦、第38期(1979年度)B級2組順位戦で、ともに9勝1敗で1位となり、2年連続昇級でB級1組に上がる。 |
| そして、B級1組3年目で9勝3敗・1位の成績を収め、1983年、A級八段となる。 |
| その後3期目で陥落するが、1期で復帰している。 |
| 1979年度、新人王戦で2度目の優勝。 |
| 記念対局では、前回優勝の時には敗れた中原誠名人に勝つ。 |
| 第32回(1982年度)NHK杯戦で決勝進出。 |
| 中原誠に敗れて準優勝。 |
| 第1回全日本プロトーナメントで準優勝。 |
| 第24期(1983年度)王位戦でリーグ入り。 |
| 谷川浩司、大山康晴、田中寅彦、森安秀光を相手に4連勝する快進撃であったが、5回戦で新鋭の高橋道雄との全勝対決で敗れ、挑戦権を逃す(高橋はこの期に王位を獲得し、史上最低段タイトルの記録を作ることとなる)。 |
| 第37期(1989年度)王座戦でタイトル初挑戦。 |
| 五番勝負で途中まで2勝1敗として中原誠王座を角番に追い詰めるが、そこから2連敗して惜敗。 |
| 第3期(1990年度)竜王戦で高橋・谷川・中原らを破り、1組優勝。 |
| 2000年、10期ぶりにA級に復帰(以降4期連続で在籍)。 |
| 同年、史上23人目の通算600勝(将棋栄誉賞)を達成。 |
| 第8回(2000年)および第11回(2003年)の達人戦(非公式戦)で優勝。 |
| 第16回(2008年)には準優勝。 |
| 第68期(2009年度)B級2組順位戦で、降級点を1つ抱えた状態で序盤4連敗しC級への陥落が危ぶまれたが、そこから5勝5敗の指し分けとし、逆に降級点を消した(2年連続指し分けの規定)。 |
| 同じクラスから元タイトルホルダーの内藤國雄・森けい二が降級していく中で、ベテランの意地を見せた。 |
| 2010年、第58期王座戦でベスト4に進出。 |
| 2011年2月17日、史上23人目の通算700勝(655敗)を達成。 |
研究家
| 対振り飛車急戦戦法のひとつである鷺宮定跡の創始者。 |
| その名称は、創始者の青野とタイトル戦で連採した米長邦雄がともに西武新宿線鷺ノ宮駅(東京都中野区)付近に住んでいたことに由来する。 |
| この功績により(遅ればせながら)1998年に第25回将棋大賞の第4回升田幸三賞を受賞している。 |
| 佐藤康光とのA級順位戦で後手番一手損角換わり戦法を採用し、敗れはしたものの戦法が流行するきっかけを作った。 |
| 観戦記や各種原稿も執筆しており、評論家のような硬派な文章で知られる。 |
人物・エピソード
| 和服を好み、大一番の対局以外でも羽織袴の姿が多い。 |
| 弟子に西尾明および女流棋士の安食総子がいる。 |
| 2007年5月の棋士総会の理事選挙に立候補してトップ当選し、日本将棋連盟の渉外及び営業広告・出版・販売担当の理事に就任した。 |
| 以前にも過去2期4年にわたって理事を務めた。 |
| 1997年10月27日、竜王戦2組・対中川大輔戦で僅か33手で敗れる。 |
| しかも逆転負けという非常に珍しい将棋であった。 |
| 2003年度のNHK杯テレビ将棋トーナメントで女流棋士の中井広恵に敗れた。 |
| 現役A級棋士が女流棋士に負けた初の事例となった。 |
| NHK将棋講座テキストの連載エッセイに「インターネット上には罵詈雑言も多いが、その一方で自分を応援してくれる文章もあり励みになる」という趣旨の文章を書いた。 |
| その時に青野が閲覧した掲示板が「2ちゃんねる」だったことから、2ちゃんねる上で話題になり、「2ch名人」と言われた。 |
| 奨励会時代に反則負けの直後の一局で後手にも関わらず先に指してしまい初手反則負け、2局連続どころか2手連続での反則負けという不滅の記録(本人談)を打ち立てたことを自著で述べている青野照市『勝てる将棋格言36プロの実戦に学ぶ妙手』p.326創元社2003年8月20日ISBN4-422-75088-7香落ちの下手(後手)なのに先に初手を指してしまった。 |
| (本書執筆時点で)奨励会時代も合わせて反則決着が10局存在する、とも述べられている。 |
昇段履歴
| 昇段規定は、''将棋の段級''を参照(ただし、四段昇段は旧規定)。 |
| 1968年4級 = 奨励会入会。 |
| 1974年4月1日四段(奨励会A組(旧三段リーグ)関東優勝、東西決戦無し = プロ入り。 |
| 1976年4月1日五段(順位戦C級1組昇級)。 |
| 1979年4月1日六段(順位戦B級2組昇級)。 |
| 1980年4月1日七段(順位戦B級1組昇級)。 |
| 1983年4月1日八段(順位戦A級昇級)。 |
| 1994年8月5日九段(勝数規定)。 |
タイトル戦登場
| 王座戦(1989年度=第37期)。 |
| 登場回数1、獲得0。 |
棋戦優勝
| 新人王戦2回(1974年度=第5期、1979年度)。 |
| 名棋戦1回(1978年度=第5回)。 |
| 勝抜戦5勝以上1回 … 第7-8回(1984-1985年度)にまたがり6連勝。 |
在籍クラス
| 竜王戦と順位戦のクラスは、''将棋棋士の在籍クラス''を参照。 |
将棋大賞
| 第3回(1975年度)勝率第一位賞・新人賞。 |
| 第6回(1978年度)連勝賞。 |
| 第25回(1997年度)升田幸三賞(鷺宮定跡)。 |
その他表彰
| 1993年 国際交流基金設立20周年記念感謝状。 |
| 1998年 現役勤続25年。 |
| 2000年 将棋栄誉賞(通算600勝達成)。 |
| 2000年 しずおか大賞。 |
| 2011年 平成23年度外務大臣表彰。 |
主な著書
| スラスラ出来る将棋定跡集(1979年11月、山海堂、ISBN4-381-00603-8)。 |
| 必勝!鷺宮定跡(1986年2月、日本将棋連盟、ISBN4-8197-0201-7)。 |
| 新・鷺宮定跡(1997年3月、日本将棋連盟、ISBN4-8197-0207-6)。 |
| 勝負の視点(1995年10月、毎日コミュニケーションズ、ISBN4-89563-641-0)。 |
| 第一線棋士!(2004年8月、清流出版、ISBN4-86029-080-1)。 |
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1953年
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青野照市(あおの てるいち)は、将棋棋士。... |
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1974年
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四段(奨励会A組(旧三段リーグ)関東優勝、... |
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