290963
1182558
375009
%E9%A2%A8%E7%A5%9E%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AB
%E9%A2%A8%E7%A5%9E%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AB
%E9%A2%A8%E7%A5%9E%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AB
%E9%A2%A8%E7%A5%9E%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AB
%E9%A2%A8%E7%A5%9E%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AB
0
|
|
|
ネットワーク
|
タグ
タグはありません
キーワード
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
竹原慎二
日本の元プロボクサー、現在はタレント、株式会社カンピオーネ代表取締役社長。所属事務所はオーバーレコード。広島県安芸郡府中町出身。身長186cm、体重85kg... |
|
|
畑山隆則
日本の元プロボクサー、元WBA世界スーパーフェザー級、ライト級チャンピオン。青森県青森市出身。血液型A型。日本人4人目の世界2階級制覇者。青森山田高校を... |
|
|
小関桃
日本のプロボクサー。東京都出身。青木ボクシングジム所属。サウスポー。 |
|
|
菊川怜
日本の女優、タレントである。埼玉県浦和市(現・さいたま市)出身。オスカープロモーション所属。 |
|
|
多田悦子
日本のプロボクサーである。本名・夛田悦子(読み同じ)。兵庫県西宮市出身。WBA女子世界ミニマム級王者。フュチュールの選手兼インストラクターも務める。 |
|
|
猪崎かずみ
日本の女子プロボクサーである。鳥取県米子市出身。花形ボクシングジム所属。2児の母親。岡山市議会議員の鬼木のぞみは実姉。米子市議会議員の中川健作は継父... |
|
|
天海ツナミ
日本のプロボクサー。本名は有馬真波(ありままなみ)。旧リングネームはツナミ。沖縄県具志川市(現うるま市)生まれ、鹿児島県育ち。神村学園高等部卒業。... |
|
|
藤岡奈穂子
日本の女子プロボクサーである。宮城県古川市(現・大崎市)出身。竹原慎二&畑山隆則のボクサ・フィットネス・ジム所属。初代OPBF東洋太平洋女子ミニフライ級... |
|
|
天空ツバサ
日本の女子プロボクサーである。本名・前田睦美(まえだむつみ)。旧リングネーム・ツバサ。大分県中津市出身。山木ジム所属。 |
|
|
天心アンリ
天心アンリ(てんしんあんり、1983年11月7日-)は福島県いわき市出身の女子プロボクサー。本名・中川杏里(なかがわあんり)。旧リングネーム・アンリ。山木... |
|
|
藤村幸代
藤村幸代(ふじむら・ゆきよ) フリーライター。神奈川県横須賀市出身。B型。立教大学文学部史学科卒業後、神奈川ニュース映画協会で劇場版ニュース映画や行... |
|
|
水谷智佳
日本の女子プロボクサー。宮田ジム・スポーツクラブ所属。文教大学教育学部卒。 |
|
|
清水雅
昭和中期から平成期の実業家。阪急グループ総帥で阪急電鉄元会長・阪急百貨店元社長・会長・東宝元社長・会長。分社化後の阪急百貨店初代社長であり、また東... |
|
|
菊川未紀
愛知県名古屋市出身の女子プロボクサー。キャッチフレーズは「女子ボクシング界ナンバーワンのテクニシャン」。東海ボクシングスポーツジム所属。プロデビュ... |
|
|
富樫直美
日本の女子プロボクサー、助産師。東京都品川区出身。現WBC世界ライトフライ級女子王者。ワタナベボクシングジム所属。東京都立大崎高等学校卒業。 |
|
|
具志堅用高
日本の元プロボクサー、タレント。沖縄県石垣市出身。元WBA世界ジュニアフライ級王者。太田プロダクション所属。 |
|
|
山崎静代
日本のお笑い芸人、女優、絵本作家、女性ボクサー。お笑いコンビ南海キャンディーズのボケ担当。相方は、“山ちゃん”こと山里亮太。愛称は、しずちゃん。京都... |
|
|
八島有美
日本の元女子プロボクサーで、初代JWBC日本フライ級王者。JWBCが公認する初のトレーナー。神奈川県横浜市磯子区出身。身長165cm、体重48kg。 |
|
|
菊地奈々子
日本のプロボクサー。日本女子初の“公式な”プロボクシング世界王者(日本ボクシングコミッション(JBC)が女子を公認する前にWBC(WBAも含めて)の世界王座を... |
|
|
四ヶ所麻美
東京都板橋区出身の女子プロボクサー。フラッシュ赤羽ボクシングジム所属。階級はフライ級。離婚までは柳瀬麻美の名で活動していた。 |
|
|
プロフィール
- 風神ライカとは
- 概要
- プロ入り前
- 下積み時代
- 日本王者
- 世界王座獲得
- 再び世界王者に
- JBC時代
- 戦績
- 獲得タイトル
- 著書
- 風神ライカを取り上げた映画
- DVD
- 風神ライカを取り上げたテレビ番組
- 風神ライカをモデルとしたドラマ
- 関連項目
- 関連サイト
風神ライカ(ふうじん ライカ、女性、1976年1月24日-)は、日本のプロボクサー。本名は来家恵美子(らいかえみこ)。OPBF 東洋太平洋女子 ライト級王者。世界王座三階級制覇し、女子の試合を日本ボクシングコミッションに公認させるまでに隆盛させた大きな功績を持つ。日本での女子プロボクシングの礎を築いた。 竹原慎二& 畑山隆則のボクサ・フィットネス・ジム所属。京都府出身。
概要
| 京都府立農芸高等学校、大垣女子短期大学卒。 |
| 旧リングネームは「ライカ」。 |
| なお、ライカという名は本名(苗字)と、伝説の女子ボクサー「ルシア・ライカ」にあやかって付けられた。 |
| 2009年まで山木ボクシングジムに所属。 |
| この時期にスーパーライト級(IFBA)、ライト級(WIBA)、フェザー級(WIBA)の世界王座三階級を制覇した。 |
プロ入り前
| 事情あって両親に育てられることがなかった。 |
| そのため1979年から高校卒業まで児童養護施設で育つ。 |
| 短大では、工場で働きながら歯科衛生士を取得。 |
| 卒業後歯科衛生士として京都府内の歯科医に勤務。 |
| 高校時代に、漫画「はじめの一歩」を読んでボクサーに憧れるものの、社会人になるまで何かしていたわけではなかった。 |
| 1998年8月に地元京都のB・BOXジム(現WOZボクシングジム)に入門。 |
| アマチュアとしてデビューした。 |
| 1999年の全日本アマチュアでは最優秀選手に選ばれた。 |
下積み時代
| 1999年、JWBC設立を受け東京に移住。 |
| 山木ジムはチャンピオン候補生として生活費込みで面倒を見続けた。 |
| 2000年5月8日、JWBC興行にてプロデビューを白星で飾る。 |
| 北沢タウンホールで大沼慶子を2RTKOで下す。 |
| このころから畑山隆則の指導を受けるようになる。 |
日本王者
| 2002年1月、自伝「私は「居場所」を見つけたい」を新潮社から刊行。 |
| 2002年2月3日、北沢タウンホールで行われた「JWBCダブルタイトルマッチFightingGirlsPart1」に出場。 |
| 日本初代女子フェザー級王座決定戦で菊川未紀(フェザー級2位)を10R判定3-0で下し初代女子フェザー級王者となった。 |
| 2002年4月29日には初国際戦を経験。 |
| 現役世界王者のレイラ・マッカーター(アメリカ/IFBA世界フェザー級王者)と対戦し、0-2の判定負け。 |
| プロ初黒星となった。 |
| 2002年9月7日、ベネット・ローレン(オーストラリア/WIBA同級世界5位)と対戦。 |
| 2R0分27秒でセコンドがタオル投入したためTKOで勝利。 |
世界王座獲得
| 2002年12月18日、代々木競技場第2体育館で行われたWIBA世界フェザー級タイトルマッチ(2分10R)で、シャロン・アニオス(オーストラリア)に挑戦。 |
| 10R判定2-1で辛くも世界王座を獲得した。 |
| 2003年11月30日に初防衛戦を行い、前王者シャロン・アニオス(同級1位)と再戦。 |
| 10R判定2-0で下し、世界王座の初防衛に成功。 |
| 2004年5月23日、六本木ヴェルファーレで、シェルビー・ウォーカー(アメリカ)を相手に2度目の防衛戦を行い、2RTKOで防衛に成功。 |
| 2004年9月18日、京都府立体育館で、ミッシー・フィオレンティーノ(アメリカ/同級世界4位)を10R判定3-0で下し3度目の防衛に成功。 |
| その後、タイトルを返上し1階級上のスーパーフェザー級に転向。 |
| 2005年3月13日に六本木ヴェルファーレで行われたWIBA世界スーパーフェザー級王座決定戦に出場。 |
| チーベル・ホールバック(アメリカ/同級世界2位)に10R判定0-3で負け王座獲得に失敗した。 |
再び世界王者に
| さらに2階級上げると、2006年5月20日に韓国全羅北道井邑市の井邑国民体育センターで行われたIFBA世界スーパーライト級王座決定戦に出場。 |
| ジュン・ウォンミン(韓国)に3-0で判定勝ちし、新王者となった。 |
| 2006年12月15日、新宿FACEの「女拳闘士・最強祭」にてテリー・ブレアー(アメリカ)とのWIBA世界ライト級王座決定戦に臨み3-0の判定勝利、三階級制覇を成し遂げた。 |
| 2006年12月、WBCFスーパーフェザー級2位となった。 |
| 2007年4月13日、カナダアルバータ州エドモントンにて、エレーナ・マジョナビッチとのWBCFスーパーフェザー級選手権試合に挑むが、大差の判定負けを喫した。 |
| 2007年11月10日、自主興行「風神見参ライカタイフーン」を新宿FACEで開催し、WBC女子世界ライト級王者アン・マリー・サクラートとWIBA世界ライト級防衛戦を行う。 |
| 2分10Rを戦い抜き、2-0の判定勝ち。 |
| この興行のポスターは、「はじめの一歩」作者の森川ジョージが描いた。 |
| サクラートはこの敗戦がきっかけで保持していたWBC王座を剥奪された。 |
JBC時代
| 2008年2月28日に行われたJBCプロテストを受験し合格。 |
| なお、JBCでは名だけのリングネームは認められないため、自主興行の興行名「風神」を入れて「風神ライカ」にリングネームを改めた。 |
| 2008年5月9日、後楽園ホールで行われた女子プロボクシング立上げ記念興行「GLegend」ではメインイベントに抜擢され、アマチュア世界選手権銀メダリストでプロ無敗のナタリー・ブラウンと対戦。 |
| 判定勝ちを収めた。 |
| 2008年8月11日、後楽園ホールにて、剥奪により空位となっていたWBC女子世界ライト級をかけてサクラートと再戦を行ったが、大差の判定負けで王座奪取はならなかった。 |
| それに伴いWIBA同級王座も剥奪された。 |
| 2009年3月3日、オリビア・ペレイラ・ゲルーラとの再起戦に挑んだが、スプリットデシジョンで敗れた(ゲルーラは次の試合でWBC世界王座を獲得)。 |
| 2009年6月17日、竹原慎二&畑山隆則のボクサ・フィットネス・ジムに移籍 |
| 2009年7月3日、WBA・GBU女子ライト級王座に挑戦(ラスベガス)。 |
| 王者レイラ・マッカーターは、プロ初黒星を許した相手であったが、再度0-3の判定負けを喫した |
| 2009年12月6日、大阪でパンチップ・ムアン・ウボンを4回KOで退け再起に成功。 |
| 2010年4月1日、ラムドゥアン・サイカムを3回KOで退けJBC公認および移籍後初の連勝 |
| 2010年9月24日、ブロンウィン・ウィリーに判定勝ちを収め、OPBF東洋太平洋女子ライト級初代王者となった |
| 女子の試合がJBC公認されてから彼女にとって初の戴冠となった。 |
| 2011年4月4日、OPBF女子スーパーフェザー級王者水谷智佳とのノンタイトル8回戦に挑み、4RKO勝利。 |
著書
| 「私は「居場所」を見つけたい」ISBN978-4-10-451801-2。 |
風神ライカを取り上げた映画
| 日本女子プロボクシングの夜明け〜伝説の始まり〜(JWBC時代のドキュメンタリー)。 |
DVD
| 風神見参ライカタイフーン女子ボクシング世界3階級制覇ライカ自主興行(自主興行の試合を収録)。 |
| 日本女子プロボクシングの夜明け〜伝説の始まり〜(上記の映画)。 |
関連項目
| 京都府出身の人物一覧。 |
| 日本のボクシング世界王者一覧。 |
| 女子国際ボクシング協会(WIBA)世界王者一覧。 |
| 東洋太平洋ボクシング連盟王者一覧。 |
|
1976年
|
風神ライカ(ふうじんライカ、女性)は、日本... |
|
1998年
|
地元京都のB・BOXジム(現WOZボクシングジム... |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
風神ライカさんについてのひとこと紹介
|
|
|
|