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プロフィール
- 香川照之とは
- 来歴
- 人物
- ボクシング愛好家
- 映画「ジョン・ラーベ」出演問題
- 家族・親族
- 受賞歴
- 映画
- テレビドラマ
- CM
香川照之(かがわてるゆき、1965年12月7日-)は、東京都出身の日本の俳優。血液型はAB型、身長は171cm。東京大学文学部卒業。事務所はロータス・ルーツ。
来歴
| 父は歌舞伎役者の三代目市川猿之助、母は元宝塚歌劇団雪組娘役トップスターで現在は女優の浜木綿子(はまゆうこ)。 |
| 1965年、NHK大河ドラマ『太閤記』に念仏踊りの姉妹の姉役で出演していた浜木綿子が妊娠のため、番組を途中で降板。 |
| その後は台本を一部変更して、妹役の結城美栄子だけが出演した。 |
| その年の12月に生まれたのが香川である。 |
| 両親は1968年に離婚。 |
| 母の浜木綿子が香川を引き取り、女優活動を続けながら女手一つで香川を育てた。 |
| 小学校から高等学校まで一貫して暁星学園に在籍した後、1988年東京大学文学部社会心理学科卒業。 |
| 1989年NHK大河ドラマ『春日局』で俳優デビュー。 |
| 小早川秀秋を演じた。 |
| デビュー当初は『静かなるドン』などのVシネマや橋田壽賀子脚本によるテレビドラマが活動の中心であったが、『犬、走るDOGRACE』、『独立少年合唱団』、2002年のカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した『鬼が来た!』などで、徐々に知名度が高まった。 |
| さらに、NHK大河ドラマ『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』で豊臣秀吉を演じたことで一般的にもその存在が広く知られるようになった。 |
| 2004年、再び中国映画『暖〜ヌアン〜』(日本公開名『故郷(ふるさと)の香り』)に準主演。 |
| 同作で香川は東京国際映画祭の男優賞を受賞。 |
| 主演女優賞の寺島しのぶと共に映画界の話題をさらう。 |
| 私生活では同年1月16日に長男が誕生。 |
| この年の上半期の連続テレビ小説『天花』に出演。 |
| 映画に関しての知識が豊富で、『キネマ旬報』に連載コラム「日本魅録」を持っている。 |
| このコラムは2006年のキネマ旬報読者賞を受賞。 |
| 同年、スタジオジブリのアニメ映画『ゲド戦記』で声優に挑戦した。 |
| NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』の正岡子規役を演じるため、食事制限やランニングなどをして5か月で15キログラム以上の減量を行った。 |
| 南京事件を題材にした、中国・ドイツ・フランス合作の映画『ジョン・ラーベ』に出演した際には、「この映画を見て、本当に日本人は残忍なことを多くしたのだということを知りました」などと発言して、右派の物議を醸した。 |
| 2009年4月、ジョン・ラーベの孫であるトーマス・ラーベが『ジョン・ラーベ』制作を記念して設立した『ラーベ平和賞』の第一回受賞者に選ばれた。 |
| 受賞理由は「南京事件に対する真摯な姿勢と敏感な歴史問題に正面から向き合った勇気を評価」と報じられた。 |
| 2010年3月、『劒岳点の記』で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞した。 |
人物
| 俳優としては、カンヌ国際映画祭へ3度(出演作品は2度の受賞)、ベルリン国際映画祭にも招聘(出演作品受賞)されている。 |
| 元々俳優になるつもりはなく、親が俳優だったことや他にやりたいこともなかったため、親の七光りを利用しない手はないとの消去法で俳優になったという。 |
| 20代の頃はなんとなく俳優を続けていたが、映画『静かなるドン』にて監督の鹿島勤から100回NGを出され、それ以来真剣に演技に向き合うようになった |
| 俳優になる直前には、TBSのスタジオでADのアルバイトを数か月勤めていた。 |
| その後、現場に後輩として入ってきた新米ADに「でかい顔をして」生意気に弁当の配り方などを教えていたが、その人物が実は行定勲で、のちに映画に起用されることとなった際にはきっちりと復讐されたという |
ボクシング愛好家
| 熱狂的なボクシングファンで、俳優として名前が売れる以前から、『ボクシング・マガジン』(ベースボール・マガジン社)で連載「香川照之の熱病的思考法」を執筆していた。 |
| ネタ探しに苦しみ、最後はそれも限界が来たことにより連載を取りやめたと最後の熱病で述べている。 |
| 少年時代に具志堅用高の試合を見たことがボクシングにのめり込むきっかけで、国内はもちろん海外の試合のビデオや専門誌を通信販売で購入して研究するほどのマニアであり、現在のスーパースターの試合より、未来のスターの発掘への関心から未完成のホープの試合を好んだ。 |
| ボクシング番組『エキサイトマッチ』に出演した際、その豊富な知識に、解説のジョー小泉や浜田剛史すら、番組内で舌を巻くほどだった。 |
| 連載のはじめに「ガードを固め、テクニックがないのにがむしゃらに前進するファイターが賞賛される日本のボクシングは遅れている」と厳しく批評した。 |
| 好きなボクサーはウイルフレド・ゴメス。 |
| プエルトリカンが好みである彼はフェリックス・トリニダードの出現を大いに喜び、自身のコラムで1ページを割いて絶賛した。 |
| 2011年公開の実写映画『あしたのジョー』に丹下段平役で出演が決まった際に「私生活でボクシングを30年間見守り続けてきたのは、この役のため」と語っている。 |
| 主演の山下智久にはボクシングのやり方・動きなどを指導し、またその他の共演者にも様々のアドバイスを行ったという。 |
| 映画公開後には、ボクシングへのおもいを綴った著書『慢性拳闘症』を出版している。 |
映画「ジョン・ラーベ」出演問題
| 南京事件をあつかった2009年に公開された映画「ジョン・ラーベ(原題:JohnRabe)」への出演は、映画に参画したこと、および香川が演じた実在の皇族で昭和天皇の叔父だった朝香宮鳩彦王の描かれ方で大きな波紋を呼んだ。 |
| 日本での公開は見送られ、日本の映画配給会社は映画を見ることさえ拒絶したと報道された |
| 映画では、南京入城のさい、架空の少佐(ARATA)が南京を三方向から取り囲み、武力を使わず降伏を促す作戦を立てていたが、香川演じる昭和天皇の叔父である朝香宮鳩彦王が象刈りをたとえに、「象は包囲してはいけない。 |
| 降伏するまで弱らせてもいけない。 |
| 捕獲してもいけない。 |
| 殺すか、殺されるのみだ」と直接の武力攻撃を命じる。 |
| 少佐は前哨戦の攻撃に成功し、何千人もの捕虜を連れて帰るが、香川演じる朝香宮鳩彦王は、少佐の「国際法に違反する」という抗弁を聞かず、翌朝までに捕虜全員を虐殺するよう命じ、虐殺は実行された。 |
| 南京攻略の最高責任者だった松井石根大将(柄本明)は降伏を促す包囲戦が武力攻撃に切り替えられたことに激怒したが、軍での階級が中将で松井石根の配下にあった朝香宮鳩彦王は「私の甥である天皇陛下は、迅速な勝利を望んでおられます。 |
| 現代的な戦争、大日本帝国の優位を反映させます。 |
| 明日の夜明けに南京を攻撃します」と語り、上司である松井石根大将の意向をはねのけ、包囲戦を全面武力攻撃に作戦変更させた。 |
| 映画のエンディングロールで、日本は南京で30万人の虐殺を行ったと、この事件における中国側の主張が文字で説明されるが、映画では事件は昭和天皇の命令を暗示させ、そして昭和天皇の叔父である朝香宮鳩彦王が事件の首謀者だったという説を一貫してとった。 |
| なお史実として、朝香宮鳩彦王が虐殺を首謀したとか、関与したという資料は残っていない。 |
| 香川はこの映画に関し、「日本で南京をテーマとした映画は普通上映できないし、日本人も撮影しない。 |
| しかしこの映画が少しでも中国の人たちの苦しみを取り除いてくれるよう望んでいます」「このこと(南京事件)を認めるのは日本人にとって難しいことだ。 |
| この役は多くの人に批判されているが、しかし、このような事件を経歴したことは意義のあるものだ」「脚本を見た時に、この映画に出るべきだと思いました。 |
| その国際的な視点は現代の観客の反省を促すことができるからです。 |
| 多くの人が、日本人としてどうしてこのような日本人を演じることができるのかと言うかもしれませんが、この役はやはり必ず日本人が演じるべきなのです」などと語っている。 |
| 香川はこの映画への出演が評価され、2009年4月28日に中国北京で第1回ジョン・ラーベ平和賞を受賞した |
家族・親族
| 父は歌舞伎役者の三代目市川猿之助。 |
| ただし、初めて歌舞伎の劇場に父に会いに行った際に冷たく、「お前は自分の子どもじゃない」「あんたを捨てたところから、私の人生が始まっている」と言い放たれたという2010年12月22日放送 NHK『ラストデイズ』で香川本人談。 |
| 長らく確執が続いていたが、近年は猿之助の後妻・藤間紫の取り計らいにより父子関係が少し修復し、藤間紫の葬儀(2009年)には香川も親族として参列した。 |
| 母は宝塚歌劇団の元雪組トップ娘役で女優・浜木綿子。 |
| 夫人との間に一子(長男)がいる。 |
| 従弟に歌舞伎役者の二代目市川亀治郎がいる。 |
| 亀治郎とは龍馬伝での競演で初対面。 |
| 高祖父:二代目市川段四郎。 |
| 曽祖叔父:八代目市川中車。 |
| 祖父:三代目市川段四郎。 |
| 父:三代目市川猿之助。 |
| 叔父:四代目市川段四郎。 |
| 従弟:二代目市川亀治郎。 |
受賞歴
| 2000年第46回キネマ旬報賞助演男優賞(『スリ』『独立少年合唱団』、2000年)。 |
| 2000年第43回ブルーリボン賞助演男優賞(『スリ』『独立少年合唱団』、2000年)。 |
| 2000年第55回毎日映画コンクール助演男優賞(『スリ』『『独立少年合唱団』、2000年)。 |
| 2000年第15回高崎映画祭最優秀助演男優賞(『独立少年合唱団』、2000年)。 |
| 2000年第22回ヨコハマ映画祭助演男優賞(『独立少年合唱団』、2000年)。 |
| 2002年第15回日刊スポーツ映画大賞助演男優賞(『OUT』『KT』等、2002年)。 |
| 2003年第77回キネマ旬報ベストテン助演男優賞(『刑務所の中』『KT』等、2002年)。 |
| 2003年第16回東京国際映画祭最優秀男優賞および東京グランプリ(中国映画『故郷の香り』、霍建起監督、2003年)。 |
| 2005年第28回日本アカデミー賞優秀助演男優賞(『赤い月』、2004年)。 |
| 2006年第29回日本アカデミー賞優秀助演男優賞(『北の零年』、2005年)。 |
| 2006年第80回キネマ旬報ベストテン助演男優賞(『ゆれる』『明日の記憶』、2006年)。 |
| 2006年第31回報知映画賞助演男優賞(『ゆれる』『明日の記憶』、2006年)。 |
| 2006年第49回ブルーリボン賞優秀助演男優賞(『出口のない海』『ゆれる』『明日の記憶』、2006年)。 |
| 2006年第16回東京スポーツ映画大賞助演男優賞(『ゆれる』、2006年)。 |
| 2007年第30回日本アカデミー賞優秀助演男優賞(『ゆれる』、2006年)。 |
| 2008年第31回日本アカデミー賞優秀助演男優賞(『キサラギ』、2007年)。 |
| 2010年第33回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞(『劒岳点の記』、2009年)。 |
CM
| 日本テレコムJ-PHONE(1999年)※黒澤優と共演。 |
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1965年
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NHK大河ドラマ『太閤記』に念仏踊りの姉妹の... |
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1968年
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離婚 |
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