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つながりの強いひと
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プロフィール
- 高塚猛とは
- 来歴・人物
- 前期(福岡3点事業再建など)
- 後期(小久保事件など)
- 著書
高塚猛(こうつかたけし、1949年1月28日-)は、東京都出身の実業家。ソフトバンクに買収される前のダイエーによるいわゆる「福岡3点事業」(福岡ダイエーホークス、福岡ドーム、ホークスタウン)の経営責任者であった。元福岡ダイエーホークス代表取締役社長・オーナー代行。
来歴・人物
| 当時は進学校であった東京都立一橋高等学校からリクルート入社。 |
| 高塚は一流大学を卒業した「エリート」ではなく、リクルート入社後の活躍で地位を築きあげてきた「叩き上げ」であるといえる。 |
| リクルート時代は、22歳で福岡営業所(現・九州支社)の所長に抜擢後頭角を現し、大阪支社営業課長、関連事業準備室課長等を経て、就職情報事業部次長や住宅情報事業部次長を歴任し、29歳でリクルートが経営再建を引き受けた岩手観光ホテル(現・岩手ホテル&リゾート)の取締役総支配人に就任している。 |
| 22歳での課長(マネジャー)就任は現在に至るまで1人しかいない。 |
| 岩手県内にあるダイエー関連ホテルの経営再建に成功した手腕を買われ、1999年よりホークス球団、福岡ドーム、ホークスタウン(シーホークホテル&リゾート、ホークスタウンモールなど)の再建に乗り出した。 |
| 一時期、政界への出馬を取り沙汰されたことがある。 |
| 2004年(平成16年)5月19日、国土交通省により、「観光カリスマ」の一人として選ばれた |
| その後、下記の強制わいせつ事件で刑事訴追され、「社会の秩序を乱した最も許しがたい犯罪」として懲役3年、執行猶予5年の判決を受けた。 |
| 一連の事件によってかつての信頼が完全に失墜した。 |
| 現在は、盛岡にある株式会社真珠苑の取締役会長を務めている。 |
前期(福岡3点事業再建など)
| 1989年の福岡移転以来、パ・リーグではダントツの観客動員数を誇っていたホークスだったが、福岡ドーム移転以後はチームの低迷もあり平日などは空席が目立つ状態であった。 |
| 多額の有利子負債を抱える3点事業の再建を託された高塚は、これまでの経営方針を一新し、全国区の企業展開という観点からこれまで消極的であった福岡に密着した経営戦略に転換。 |
| ホークスの名前を広めることがより得策であるという視点から、ロゴマークの著作権フリーという画期的な手法に取組んだ。 |
| さらに、松中信彦、城島健司といった地元・九州出身のスター選手が育ち、チームの成績が上昇してきたこともあって、彼ら九州出身選手が中心となったチームを前面に打ち出したPRを展開。 |
| ファンの心をつかみ、現在のような実数発表ではないものの福岡ドームに多くの観客を呼ぶことに成功した。 |
| 福岡ドームや隣接施設建築により生じた44億円の赤字を抱えていた3点事業を15億円の黒字に転換することに成功したことにより、高塚の名は「平成の再建請負人」として知れ渡るようになった。 |
| その他、二軍戦もビジネスになると考えた高塚は、2002年に「二軍戦を福岡ドームで行う」と宣言。 |
| 大々的に宣伝し、「二軍選手を超満員の観客の中でプレーさせてあげて、皆さんの力で彼らを伸ばしてあげてください」とファンにアピールし、当時の公式発表で30000人を超える観客を動員するなど一定の成果をおさめた。 |
| また、バラエティから経済トーク番組まで至るまで、地元メディアに積極的に姿を見せ、限られた予算の中でも多くのファンを獲得するため営業面では陣頭指揮をとった。 |
| 地元福岡県の飲食店などに無料でステッカーを配って、それぞれの店舗で「ホークスが勝ったらキャンペーンを行って欲しい」と懇願。 |
| 一方で、ホークス選手に対する冷遇が問題となる。 |
| 1999年に日本シリーズMVPを獲得するなどキャプテンとして日本一に貢献した人気選手の秋山幸二を減俸。 |
| さらに、同年、工藤公康との年俸交渉の際に「君の登板する火曜日には観客の入りが悪い」と言い放ち、巨人へのFA移籍を決定的なものにしたと報じられた。 |
| また、2002年オフには、FA権を取得した若田部健一も権利を行使した上での残留を拒否した。 |
後期(小久保事件など)
| このようにメディアを通じて経営者として自らをアピールしてきたが、意見の合わなくなった瀬戸山隆三球団代表がロッテへ去ったのをはじめ、コーチ・スカウトとして長年貢献してきた大田卓司、古賀英彦などの有能な人材が相次いで球団を離れていった。 |
| また、自身の成功を記した著書を会社の経費で購入し、シーホークホテル&リゾート(現・JALリゾート・シーホークホテル福岡)全室に置く、関係者以外入れないベンチに第三者を引き連れてくるなど、次第に会社・球団の私物化も指摘されるようになった。 |
| 2003年には小久保裕紀の巨人への無償トレードを行った。 |
| 右ひざの大怪我で2003年を棒に振ってしまったとはいえ、生え抜きでありチームの顔であった小久保の突然のトレードが優勝パレード翌日に発表されたことは、歓喜に沸くファン・選手にまさに冷や水を浴びせる恰好になった。 |
| これは高塚が、部外者である一般の女性をベンチに入れて選手とハイタッチしていた所、小久保に苦言を呈された事による報復とされている。 |
| 小久保側は公傷を認めてもらおうとしていたが、高塚は球団指定の病院でないことを理由に拒絶。 |
| アメリカでの莫大な治療費を自費で払っている。 |
| このエピソード等についてはスポーツニッポンの連鎖企画「激震ダイエー」で暴露されているが、結果ホークスタウンの売店からスポニチが撤去されることとなった。 |
| 高塚は元々、小久保を解雇する(自由契約)方向で考えていたとされる(高塚は小久保を“2億円の不良債権”とまで言い放っていた)。 |
| その後、当時のオーナーであり小久保の大学の先輩でもある中内正が、怪我の状況も不透明で年俸の大幅減は避けられなかった小久保を案じ、本来金銭トレードなら支払われる額を年俸に上乗せすることを巨人サイドに要請し、見返りなしの無償トレードを成立させた。 |
| 2004年9月に、ホークス球団を除く福岡3点事業はコロニー・キャピタル傘下となった。 |
| 高塚は当初、役職に留まることになっていたが、親会社のダイエーに内緒で出版社「ダイヤモンド社」の社長に就任していたこと、ホークスタウンで高塚の書籍1万冊を「営業用消耗品」として購入させていたことなど、さまざま不祥事が発覚したためその約束は履行されず、本社の高木邦夫社長からも遺憾の意を示された。 |
| 対決姿勢を示そうとした矢先の10月に、女性社員への強制わいせつが発覚し同容疑で逮捕され、ホークス球団経営を含む3点事業の経営から完全に退くことになった。 |
著書
| 『高塚猛と北川正恭の革命論』 致知出版社、2002年5月、ISBN4-88474-622-8。 |
| 『抱擁力―なぜあの人には「初対面のキス」を許すのか』 中谷彰宏との共著、経済界、2002年9月、ISBN4-76678-248-8。 |
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1949年
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高塚 猛(こうつか たけし)は、東京都出身の... |
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1999年
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日本シリーズMVPを獲得するなどキャプテンと... |
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