| この試合は川口健次の欠場に伴う出場となった。 |
| 浮上のきっかけは、2002年にDSEが主催していたPRIDEへの登竜門的大会「THEBEST」での活躍であった。 |
| この大会で1勝1敗の戦績を残した。 |
| その後、所属していた和術慧舟會東京本部を離れ、J-ROCKと契約した。 |
| 吉田道場などで練習を行っていたが、所属はフリーとなっていた。 |
| 2003年6月8日、PRIDE.26で当時シュートボクセ・アカデミー所属であったアンデウソン・シウバと対戦。 |
| 下馬評を覆し三角絞めで一本勝ち。 |
| しかし、その後『PRIDE武士道』でホドリゴ・グレイシーに、『PRIDE男祭り2003』で桜井"マッハ"速人に敗れてしまったことから、再び低迷してしまう。 |
| 2004年2月15日、『PRIDE武士道-其の弐-』でクリス・ブレナンに判定勝ち。 |
| 5月23日、『PRIDE武士道-其の参-』ではカーロス・ニュートンと好勝負を展開し、判定勝ち。 |
| 2004年10月3日、「CLUBDEEP長南祭り」の最終試合で長南亮とエキシビションマッチを行った。 |
| 2005年4月3日の『PRIDE武士道-其の六-』でダニエル・アカーシオにTKO負けし、PRIDEから姿を消すこととなった。 |
| 2006年3月18日、オーストラリアの総合格闘技大会「Xplosion13」でヘクター・ロンバードを相手に約1年ぶりの復帰戦を行うが故障を押して出場したこともあり、1RでKO負けを喫した。 |
| 2006年5月26日、ブドーチャレンジ87kg未満級1回戦でカール・アムスーに三角絞めで一本勝ちするも、背中を負傷したためホナウド・ジャカレイとの決勝を辞退した。 |
| 2006年11月22日、J-NETWORKで自身のキャリア初となるキックボクシングの試合を行い、野井翔健に判定勝ち。 |
| 2007年3月21日、後楽園ホールにて行われたプロレス興行「UWAISTATION4」にてプロレスデビューを果たした。 |
| メインイベントで、当時三冠ヘビー級王者の鈴木みのると一騎打ちを行い、飛びつき腕ひしぎ十字固めなどを仕掛けていったものの、5分過ぎで早くもスタミナ切れとなり、11分1秒の試合時間で、鈴木のゴッチ式パイルドライバーに轟沈。 |
| 試合後は鈴木の「プロレスにどっぷり浸かってみるのもいい」という呼びかけに、「鈴木さんに勝つまでやります」と答え、プロレス継続を宣言した(だが、2007年12月発売のGONKAKUインタビューで、2008年から渡米し、アメリカン・トップチームへ練習に行くことと、総合格闘技に本格的に復帰することを宣言している)。 |
| 2007年11月25日、R.I.S.E.に初参戦し、たけむら光一に判定負け。 |
| 2008年3月4日、「クラブファイト」のメインイベント・グラップリングルールの賞金マッチで原井徹と対戦し、1R1分37秒変形三角絞めで一本勝ち。 |
| 2008年6月14日、約2年振りの総合格闘技復帰戦となるAdrenalineMMAの旗揚げ戦でテリー・マーティンと対戦。 |
| 1ラウンド、2ラウンドでそれぞれローブローを放ち、反則負けとなった。 |
| 2009年4月頃より自身のブログ内で「格闘界の光と影」と題して自身の経験に裏話を交えた話を連載し、話題を集めた。 |
| 2009年6月27日、CAGEFORCE初参戦となったCAGEFORCEで森川修次と対戦し、判定勝ち。 |
| 試合後には「実力3割、マネージメント7割の日本人選手を全員倒します」とリング上で宣言した |
| 2009年8月23日、タイタン・ファイティング・チャンピオンシップ5で柔道衣で覆面を被ったMr.Xと対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。 |
| 試合後、2003年の大晦日に敗れている桜井"マッハ"速人との再戦をアピールした |
| 2009年12月11日、FujiwaraFestival〜藤原祭り2009〜で寒川直喜と相手の土俵であるキックボクシングルールで対戦し、0-3の判定負けを喫した。 |
| ヘビー級契約での試合となり、前日計量では寒川が80.7kg、高瀬が92.8kgと12kgの体重差があった |
| 10月12日のKrush会場や |
| 2009年12月30日、新団体「IMPACT」の旗揚げ発表会に出場し、一般の観客から選出された相手とグラップリングルールで対戦してチョークスリーパーで一本勝ちを収めた。 |
| 2010年8月25日、BOXFIGHT旗揚げ戦で篤志と対戦し、2Rに右ストレートでダウンを奪われた上で0-3の判定負けを喫した |
| 2010年9月16日、シンガポールの興行「マーシャルコンバット」でショーニー・カーターと初代ミドル級王者決定戦で対戦予定であったが |
| 9月初めに自身の内転筋挫傷により欠場が決まった |
| 2010年10月15日、自身のブログ内容をメインとした初の著書「嫌われ者」を出版した |
| 』10/15発売]BoutReview2010年10月13日。 |