| right|thumb|250px|笑顔の高須。 |
| 2005年、移籍1年目。 |
| 球団初試合となる3月26日のロッテ戦に2番セカンドとしてスタメン出場。 |
| 1回に球団初安打、3回には球団初二塁打を打ち球団初得点を記録する。 |
| 以後も田尾安志監督に指名され、酒井忠晴や大島公一を抑えて二塁手のレギュラーを獲得する。 |
| しかし夏場に扁桃炎による発熱やアキレス腱痛などの故障で戦線離脱したため、出場数は82試合となる。 |
| 2006年、腰痛の影響で出遅れ開幕一軍ならず。 |
| 4月4日の西武戦で一軍登録後、4試合連続でタイムリーを放つ。 |
| 以後、2番セカンドとして定着、離脱者が増えた8月からは3番にも座った。 |
| 最終的に、リーグトップの得点圏打率(.378)、二塁手部門守備率1位(.992)、出塁率5位(.373)などの好成績を残し、自身初の規定打席到達となった。 |
| オフには野村克也監督率いるイオン日米野球2006に出場した。 |
| 6月10日の広島戦で小指骨折。 |
| 取材で「今でも指が完全に曲がらない」と語った楽天イーグルス公式サイトFeaturedPlayersvol.019高須洋介2006.9.29より。 |
| 2007年、プロ入り10年目。 |
| 礒部公一に代わる第2代楽天選手会長に就任。 |
| 5月には「3試合連続お立ち台」を含む5試合でヒーロー。 |
| 前半戦の得点圏打率は.470と驚異的な数字にまで上昇した。 |
| シーズン終盤は怪我が重なり若手にスタメンを譲る場面も見られたが、最終的にはプロ入り後最多の130試合に出場、2年連続となるリーグトップの得点圏打率(打率.386)を記録。 |
| 野村監督から勝負強さを評価されて「必殺仕事人」と命名された。 |
| 5月9日西武戦(フルキャストスタジアム宮城)で決勝タイムリーを放つと、5月11日オリックス戦(スカイマークスタジアム)では、猛打賞を放ってチーム通算100勝目を飾った。 |
| 更に、5月12日のオリックス戦(京セラドーム大阪)で延長10回表に決勝タイムリー。 |
| 他、5月は以下の2試合でお立ち台にあがる活躍。 |
| 5月23日東京ヤクルトスワローズ戦(フルキャスト)でサヨナラヒット。 |
| 5月28日横浜ベイスターズ戦(横浜スタジアム)で逆転タイムリー。 |
| この試合後、野村監督から勝負強さを評価されて「必殺仕事人」と命名される。 |
| 7月5日福岡ソフトバンク戦(フルキャスト)で延長10回裏に守護神馬原孝浩から同年2回目のサヨナラヒット。 |
| 中盤まで6点ビハインドだった劣勢をひっくり返す乱打戦となった7月11日福岡ソフトバンク戦(北九州市民球場)では、9回表に決勝タイムリー。 |
| この試合後、野村監督から「なんなんだ高須って奴は。 |
| プロで50年近く野球を見てきたけど、あんな選手は見たことない。 |
| (勝負を決める)あんな場面で奴に回ると絶対に点が入るような気持ちになる。 |
| 2008年、7月16日の日本ハム戦で球団記録を更新する16試合連続安打を打つなど、シーズン中盤までは好調を維持し、時には3番を任される時もあった。 |
| しかし守備では怪我の影響もあってやや精彩を欠き、2年連続二塁手としてのリーグ最多失策(11失策)。 |
| 自己最多の4本塁打・45打点を挙げ、32犠打でリーグ最多犠打。 |
| シーズン終了後、痛めていた左足首の手術を行った。 |
| 2009年、前年の手術の影響か開幕スタメンは新加入の小坂誠に譲ったが、3割を超える好調な打撃ですぐにレギュラーの座を取り返した。 |
| 相変わらずの得点圏打率の高さを記録するなど打線を牽引していたが、5月6日の西武戦で片岡易之が放ったセンター前への飛球を捕球する際にセンターの鉄平と交錯、左足首を捻挫して登録選手を抹消された(後に靱帯損傷と発表)。 |
| 3か月に及ぶリハビリの末、8月5日に一軍復帰。 |
| 10月16日のソフトバンクとのクライマックスシリーズ第1ステージ第1戦目では杉内俊哉から初回先頭打者本塁打を放った。 |
| 2010年、3月31日の千葉ロッテ戦にて球団新記録となる、高須自身の1号ソロホームランを含む1試合5安打をマーク。 |
| 4月17日のソフトバンク戦で2打席連続2点タイムリーで計4打点、6月24日の西武戦では逆転2ランを含む3安打5打点と大暴れした。 |
| 上記の活躍のように前半戦は3割を超える高打率を残して鉄平に代わって3番に座ることもあったが徐々に下降し、最終的には.268に終わった。 |
| しかし、9月19日の千葉ロッテ戦では1点ビハインドで迎えた9回1死1,3塁の場面で守護神の小林宏から逆転サヨナラ3ランを放つなど勝負強さは健在で、キャリアハイの6本塁打48打点を記録した。 |
| また2006年以来自身二度目の二塁手部門での守備率1位(.992)を達成。 |
| 2011年、開幕戦には5番二塁手で先発出場した。 |
| しかし新戦力の岩村明憲が開幕から攻守に精彩を欠き、極度の不振に陥ったことなどからシーズン途中で三塁手にコンバートされる。 |
| 7月13日のソフトバンク戦では和田毅から初回に先制タイムリー。 |
| 7月29日の千葉ロッテ戦で通算1000試合出場。 |
| 先発のビル・マーフィーからタイムリー三塁打を放ち記録に花を添えた。 |