| 最も初期の魚竜は、カナダ、中国、日本およびノルウェースピッツベルゲン島の、初期および初中期(オレニョク期とアニス期)の三畳紀層から出土する。 |
| これらの原始的形式は''Chaohusaurus''、''Grippia''および''Utatsusaurus''を含んでいた。 |
| これら、非常に初期の原魚竜は、現在では魚竜目ではなくIchthyopterygiaに分類される(藻谷1997,藻谷etal.1998)のだが、これらは三畳紀初期の終わりから三畳紀中期の始まり頃には、真の意味での魚竜へと急速に変化した。 |
| 後者は様々な形態へ変化したが、それには海蛇に似た''Cymbiospondylus''(それらは10mに達した)のようなものや、''Mixosaurus''のようなより小さくより典型的なものを含んでいる。 |
| 三畳紀晩期までには、魚竜は古典的なShastasauria、および、より進んだ、イルカ状のEuichthyosauria(''Californosaurus''、''Toretocnemus'')およびParvipelvia(Hudsonelpidia、Macgowania)の両方から成った。 |
| これらは、もっと高度な形式へ発展していく側系統である''Shastosaurs''も含めて、進化の連続体を成している(MaischandMatzke2000)のか、それとも、両者は早い時期に共通の先祖から発展した個別の単系統(ニコルスおよび真鍋真、2001)なのかどうかについては、専門家の意見は一致していない。 |
| 三畳紀後期のカール期からノリアン期に、ショニサウルス''Shastosaurs''は巨大なサイズに達した。 |
| ネバダのCarnianからの多くの標本から発見された''Shonisauruspopularis''は、長さ15mだった。 |
| ノリアン期の''Shonisaurs''は太平洋の両側から発見される。 |
| ''Himalayasaurustibetensis''および''Tibetosaurus''(恐らくシノニム)はチベットで発見された。 |
| これらの大きな(長い10~15m)魚竜は、恐らく、''Shonisaurus''と同じ種類に属する(藻谷ら、1999年;ルーカス(2001年)、pp.117-119)。 |
| 一方、巨大な''Shonisaurussikanniensis''は、その遺骸がエリザベス・ニコルスによってブリティッシュコロンビア州のPardonet岩層で見つかったのであったが、長さ23mにも達した。 |
| これが既知の中で最大の海の爬虫類である。 |
| これらの巨大生物は、(それらのより小さな『いとこ』も同様に)ノリアン期の終わりに姿を消したようである。 |
| 三畳紀最後であるレート期の魚竜は英国で発見された。 |
| また、ジュラ紀初期のものに非常に似ていた。 |
| 恐竜のように、魚竜およびそれらの同時代の首長竜は、三畳紀最後の絶滅イベントを生き残った、またジュラ紀最初期の空位となった生態的ニッチを満たすために直ちに変化した。 |
| ジュラ紀初期は三畳紀晩期のように、魚竜の全盛であり、それらは長さ1~10mまでの幅をもつ4科および様々な種によって代表される。 |
| その属は、''Eurhinosaurus''、イクチオサウルス(''Ichthyosaurus'')、''Leptonectes''、''ステノプテリギウス(Stenopterygius)''および大きな捕食動物テムノドントサウルス''Temnodontosaurus''、等、ならびにノリアン期の先祖からほとんど変更されなかった相変わらず原始的なSuevoleviathanである。 |
| これらの動物はすべて流線型のイルカ状の形状であったが、より原始的な動物は、高度でコンパクトな''ステノプテリギウス''およびイクチオサウルスに比べて、恐らく長く伸びていただろう。 |
| 魚竜は、ジュラ紀中期においてもまだ一般的だったが、多様性においては減少しており、すべては単系統のOphthalmosauriaに属した。 |
| 長さ4mの''Ophthalmosaurus''および関連する属に代表されるそれらはイクチオサウルスに非常に似ていて、完全な「涙滴形」の流線型に到達した。 |
| ''オフタルモサウルス(Ophthalmosaurus)''の目は巨大だったので、これらの動物が薄暗い深い水の中で餌を探したという可能性が高い(藻谷2000)。 |
| 白亜紀には、魚竜は多様性においてさらに減少したようだ。 |
| 単一の種類プラティプテリギウス(''Platypterygius'')だけが知られており、また、それは世界的な分布を持ったが、種の多様性はほとんどなかった。 |
| 皮肉にも、この最後のイクチオサウルス類は白亜紀中期(Cenomanian-Turonian)の絶滅イベント(現在のオントンジャワ海台を形成したニューギニア北方沖で起きた大規模な海底火山運動による環境悪化がその直接的原因ともされる)での犠牲になった(巨大で短い首を持つタイプの首長竜も同様)。 |
| 一方で、モササウルス(''Mosasaurs'')類および長い首を持つ首長竜のような、より水力学的に劣る動物は、その後も繁栄した(モササウルス類は魚竜の絶滅後、空白となったその生態地位に進出する形で出現している)。 |
| 魚竜が自分自身の過剰な特殊化の犠牲者になり、この時期に支配的になっていた速く泳ぎ逃げ足の速い新しい真骨魚類についていくことができなかったように見える。 |
| 一方で、モササウルスの座して待つ「待ち伏せ型戦略」は優秀である(Lingham-Soliar1999)が、「追跡型戦略」に特化しすぎた魚竜はこの戦略に合っていなかったようであるとされる。 |