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つながりの強いひと
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森功至
日本の男性声優、ナレーター。所属事務所は自らが代表を務めるオフィスもり。東京都生まれ。血液型B型。 |
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吉田竜夫
日本の昭和時代中期から後期の漫画家、アニメ原作者。アニメ製作会社竜の子プロダクション(タツノコプロ)の設立者・初代社長。京都府京都市出身。 |
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安原義人
日本の男性俳優、声優。テアトル・エコー所属。兵庫県相生市出身。東洋大学附属姫路高等学校卒業。妻は女優・声優の木村有里。 |
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鳥海尽三
北海道空知郡滝川町(現:滝川市)出身の男性脚本家、小説家。日本大学芸術学部映画学科卒業。シナリオサークル鳳工房主幹、早稲田シナリオ義塾講師、代々木... |
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富山敬
本名の「邦親」のイニシャル「K」の当て字であるという。 |
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大平透
東京都大田区出身の男性俳優、声優、ナレーター。芸能事務所大平プロダクション代表。 |
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杉山佳寿子
日本の女性声優、舞台女優。本名は渋川佳寿子(しぶかわかずこ)。青二プロダクション所属。愛知県名古屋市出身。 |
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兼本新吾
日本の男性俳優、声優。新協劇団、TBS放送劇団を経て劇団河に所属していた。福岡県出身。福岡県立福岡高等学校卒業。 |
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九里一平
京都府京都市出身の漫画家、アニメーション制作会社タツノコプロ第3代社長。 |
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塩屋翼
日本の男性俳優・声優・音響監督。鹿児島県出身。5歳の頃より、神奈川県川崎市で育つ。JKプランニング、青二プロダクション、九プロダクションなどを経て現在... |
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富野由悠季
日本のアニメーション監督、演出家、脚本家、作詞家、小説家。本人は演出家・原案提供者としている(『∀の癒し』より)。神奈川県小田原市出身。相洋高等学校... |
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神田武幸
神田武幸(かんだたけゆき、1943年8月11日-1996年7月27日)は福島県出身のアニメーション監督。 |
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小山茉美
日本の女優、声優、ナレーター、歌手。愛知県西尾市出身。青二プロダクション所属。1980年以前の芸名は小山まみ(こやままみ)。 |
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酒見賢一
日本の小説家。福岡県久留米市出身。福岡県立明善高等学校、愛知大学文学部東洋哲学専修卒業。名古屋市内の住宅設備会社勤務の傍ら執筆活動を行っている。デ... |
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山崎唯
日本のミュージシャン、作曲家、俳優、声優、タレント。東京都出身。妻は女優の久里千春。 |
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案納正美
案納正美(あんのうまさみ)はアニメーション演出家及びアニメーション監督。ぴえろ所属。監督としての代表作は『まいっちんぐマチコ先生』、『中華一番!』、... |
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塩沢兼人
日本の男性声優。東京都出身。青二プロダクションに所属していた。生前の体型は、身長171cm、体重53kg。血液型はA型。本名は塩澤敏一(しおざわとしかず)。... |
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ささきいさお
日本の歌手・俳優・声優・ナレーター。東京都出身。本名及び旧芸名佐々木功(読み同)。 |
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笹川ひろし
福島県会津若松市出身の男性アニメーション監督、漫画家、作家。竜の子プロダクション(タツノコプロ)顧問。 |
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高橋資祐
宮城県石巻市出身の男性アニメーター・アニメーション演出家である。 |
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プロフィール
- 鳥海永行とは
- タツノコプロ時代
- スタジオぴえろ時代
- 小説家としての鳥海
- エピソード
- 小説作品
- 監督
- 演出
- 監修
鳥海永行(とりうみひさゆき、1941年10月29日-2009年1月23日)は、神奈川県伊勢原市出身の日本のアニメーション監督、小説家で、 押井守の師匠でもある。中央大学 法学部政治学科を卒業。演出家としての代表作は、『 科学忍者隊ガッチャマン』タツノコプロ(1972-74)、『ニルスのふしぎな旅』スタジオぴえろ(1980-81)。1983年に 押井守と共同で監督したアニメ『 ダロス』は世界初のOVA作品となった。小説家としての代表作は、英仏百年戦争から日本の南北朝争乱までを描いた「球形のフィグリド」 ...
タツノコプロ時代
| 映画に興味を持っていたことから、中央大学法学部在学中にシナリオ研究所に通い、1966年2月にタツノコプロへ入社。 |
| 鳥海は脚本家を志望したが、当時のタツノコプロには文芸部がなかったため演出部に所属し、九里一平、笹川ひろし、原征太郎らの下で演出家の道を歩むことになった。 |
| 漫画家からの転身でもなく、他のスタジオでのアニメの経験もない鳥海は、タツノコプロ育ちの演出家としては第一世代になる。 |
| いくつかの作品で経験を経た後、前々から吉田竜夫社長より監督の打診を受けていた鳥海は、原からの推挙もあり、1972年に『科学忍者隊ガッチャマン』の総監督に抜擢された。 |
| 当時としてはありえないほどのリアル志向とハードな描写・演出は「アニメは子供のもの」という常識を覆し、いわゆる「アニメブーム」の牽引役となった。 |
| 特に第1話「ガッチャマン対タートル・キング」のメカ描写演出の迫力は現在でも高い評価を受けている。 |
| タツノコプロの代名詞とも言える大ヒット作となった。 |
| 以後、『破裏拳ポリマー』(1974年)、『宇宙の騎士テッカマン』(1975年)、『ゴワッパー5ゴーダム』(1976年)とタツノコプロでテレビアニメを手がけていく。 |
| タツノコプロは1970年代後半から有力スタッフが抜けていくが、鳥海も1978年12月に退社してフリーとして活動を始めた。 |
スタジオぴえろ時代
| 1979年5月、布川ゆうじを筆頭に、案納正美、川端宏、高橋資祐、上梨満雄、鳥海といったタツノコプロ出身演出家6人が発起人となり、『ニルスのふしぎな旅』(1980年)制作のためのアニメ制作会社スタジオぴえろを設立。 |
| 鳥海はこの作品の総監督、演出を担当し、その丁寧な作品作りと確実な描写は絶賛を浴びた。 |
| その後も鳥海は、『ニルスのふしぎな旅』スタッフとの制作を望んで『太陽の子エステバン』(1982年)を監督。 |
| 日本でこそ大きな反響のなかった『太陽の子エステバン』だが、世界中では多大な反響を呼び、特にフランスでは続編の企画が複数回立ち上がり、21世紀に入った現在でも人気の高い作品となっている。 |
| さらに鳥海は世界初のOVAとなった『ダロス』、同じくOVAで新谷かおる原作の『エリア88』といった戦場ものを手がけた。 |
| 特に『エリア88』の完成度は高く評価され、第4回日本アニメ大賞オリジナルビデオソフト最優秀作品賞を受賞している。 |
| その後はスタジオぴえろを退社して再びフリーで活動した。 |
小説家としての鳥海
| 1978年末にタツノコプロを退社し、一時フリーになったのを機に執筆活動に入る。 |
| 1979年7月、『月光、魔鏡を射る時』ソノラマ文庫(1979)でデビュー。 |
| その後出版された『時の影』ソノラマ文庫(1980)、『標的は悪魔』ソノラマ文庫(1981)までは伝奇ミステリーに分類されるような展開の作品が続く。 |
| しかし、次第に歴史を舞台にした伝奇小説へ傾倒していく。 |
| 明治時代をテーマにした『双頭の虎ー山嵐妖綺伝』のような例外もあるが、平安時代(『時の影』『水無し川かげろう草子』『妖門記』)、室町時代(『南国水狼伝ー球形のフィグリド』『聖・八犬伝』)など、古代~中世の日本を舞台にした作品が多い。 |
| 中世の御伽草子や近世の読本をはじめとして、すでに伝奇物語として成立している作品に史実を丹念に組み合わせて独自の世界観を構築するのを得意とする(『水無し川かげろう草子』(源頼光四天王による酒呑童子退治)、『聖・八犬伝』(南総里見八犬伝)など)。 |
| 作品群には一貫して、当時の社会常識や変動を描くことで、そうした環境に翻弄される人物の悲劇を描こうとする傾向がある。 |
| そういった意味で、鳥海の名前を最も知らしめたのが、百年戦争時のヨーロッパと南北朝時代の村上水軍を描く『球形のフィグリド』シリーズ(1988~91)である。 |
| 戦乱社会を背景として略奪・後継者争いなどに翻弄される人々を二つの舞台から描いたこの作品は、末弥純の挿絵の魅力も相まって多くの読者を得た。 |
| また、パイロット版の完成のみで計画が頓挫してしまったアニメーション企画『フルムーン伝説インドラ』を小説として発表(『フルムーン伝説インドラ(前編)(後編)』ソノラマ文庫(1982))して以来、自作アニメの小説版も手がけている。 |
| 2009年1月23日に心不全のため67歳で死去。 |
エピソード
| 鳥海は『ニルスのふしぎな旅』DVD発売時のインタビューで「自分のライバルを自分で育てることはないや」「人を指導しようという意識はなかった」と答えている。 |
| さらに「自分の仕事ぶりを見せれば、影響を与える」という考えがあったとも答えている。 |
| しかし、鳥海を慕ってタツノコプロからスタジオぴえろへ移籍し、『ニルスのふしぎな旅』の各話演出として鳥海に仕えた押井守は、この作品で押井は鳥海に演出家として育ててもらったと回想している。 |
| タツノコプロ時代の鳥海を押井守、西久保瑞穂、うえだひでひと、真下耕一ら当時所属していた若手演出家達は厳しい人、怖かったと口を揃える。 |
| SF作品を手がけたこともあるが、本人はSFにはほとんど興味が無いらしく、押井に勧められた映画『エイリアン』は冒頭で寝てしまったらしい。 |
| 『ニルスのふしぎな旅』のような堅実な路線を描きたくて始めた『太陽の子エステバン』が、徐々にSF的様相を呈していくのは、9話から合作となり、フランス側からの意向を受けてのことだという。 |
小説作品
| 『月光、魔鏡を射る時』ソノラマ文庫(1979)。 |
| 『時の影』ソノラマ文庫(1980)。 |
| 『標的は悪魔』ソノラマ文庫(1981)。 |
| 『フルムーン伝説インドラ(前編)』ソノラマ文庫(1982)。 |
| 『フルムーン伝説インドラ(後編)』ソノラマ文庫(1982)。 |
| 『ダロスールナリアン伝説(神話崩壊編)』講談社X文庫(1984)。 |
| 『水無し川かげろう草子』朝日ソノラマ(1987)。 |
| 『LILY-C.A.T.(リリイ・キャット)』ソノラマ文庫(1987)。 |
| 『黄金の国から来た男ー球形のフィグリド(1)』ソノラマ文庫(1988)。 |
| 『天使の仮面を持つ悪魔ー球形のフィグリド(2)』ソノラマ文庫(1988)。 |
| 『双頭の虎ー山嵐妖綺伝』角川スニーカー文庫(1989)。 |
| 『死神たちの戦場ー球形のフィグリド(3)』ソノラマ文庫(1989)。 |
| 『南国水狼伝ー球形のフィグリド(上)』ソノラマノベルズ(1991)。 |
| 『南国水狼伝ー球形のフィグリド(中)』ソノラマノベルズ(1991)。 |
| 『南国水狼伝ー球形のフィグリド(下)』ソノラマノベルズ(1991)。 |
| 『妖門記』朝日ソノラマ(1993)。 |
| 『折れた聖剣ー光の騎士伝説』電撃文庫(1993)。 |
| 『青銅の魔剣ー光の騎士伝説』電撃文庫(1994)。 |
| 『復活の神剣ー光の騎士伝説』電撃文庫(1994)。 |
| 「黄金龍の息吹ー光の騎士伝説外伝」(『ドラゴン殺し』所収)メディアワークス(1996)。 |
| 『聖・八犬伝巻之一伏姫伝奇』電撃文庫(1995)。 |
| 『聖・八犬伝巻之二芳流閣の決闘』電撃文庫(1995)。 |
| 『聖・八犬伝巻之三対牛楼の仇討』電撃文庫(1996)。 |
| 『聖・八犬伝巻之四庚申山の怪猫』電撃文庫(1996)。 |
| 『聖・八犬伝巻之五妖怪城の逆襲』電撃文庫(1997)。 |
| 『信長幻記覇王欧州伝ー冥府の軍師』ワニノベルス(1997)。 |
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