| 代表作は「酔いどれかぐや姫」など。 |
| よみうりテレビ『全日本歌謡選手権』にも出場し4週勝ち抜いたが次の週の挑戦を辞退ちなみに4週目勝ち抜きの放送で、三谷謙が10週勝ち抜きのグランドチャンピオンを達成。 |
| 三谷は芸名を「五木ひろし」に変え「よこはま・たそがれ」で4度目のデビューを果たし成功を遂げた。 |
| シングル3枚とアルバム1枚を残し、1年間の活動ののち解散。 |
| 「酔いどれかぐや姫」「変調田原坂」はオリコン100位以内に食い込む。 |
| なお「酔いどれかぐや姫」は準レギュラーとして出演していた『桂三枝のさかさまショー』(よみうりテレビ)の番組中またはエンディングで3人が十二単(じゅうにひとえ)姿で演奏していたものである。 |
| 「変調田原坂」からグループ名が『南こうせつとかぐや姫』に変更された。 |
| 理由は南高節が「なんこうぶし」と読まれたためという説が有力である。 |
| 1971年9月、高校の後輩だった伊勢とカレッジフォークグループ「シュリークス」を脱退したばかりの山田と共に『南こうせつとかぐや姫』(第2期かぐや姫)を結成、シングル「青春」でデビュー。 |
| 吉田拓郎らの協力を得て制作されたファースト・アルバム『はじめまして』は、5万枚を売り上げる。 |
| 1972年3月、テレビアニメ「海のトリトン」(ABC)の主題歌として、シングル「海のトリトン」を『須藤リカ/南こうせつとかぐや姫』名義で発売。 |
| 番組のオープニング(最初の6回まで)またはエンディング(7回以降)で、須藤リカとかぐや姫がこの曲を歌う実写映像が使われた。 |
| 1973年9月、シングル「神田川」を発売。 |
| 深夜放送のリスナーから支持を得て、シングルカットされたこの曲は、最終的に160万枚を売り上げる自己最大のヒット曲となる。 |
| この年NHK紅白歌合戦に出場の話が来るが歌詞の中の『クレパス』が商標なので『クレヨン』に変更してくれといわれて拒否。 |
| このため出場を辞退した。 |
| 「神田川」は後に東宝において映画化されるが、主役のイメージが歌と大きく違いすぎたと南こうせつは話している。 |
| その次のシングルとして南こうせつが考えていたのは「22才の別れ」か「なごり雪」であったが、すでに映画化が決まっていたためレコード会社側が一方的に決めた「赤ちょうちん」をリリース(この曲からグループ名を「かぐや姫」に変更)。 |
| その後も映画化の話が絡み「妹」がシングルになるなど、アーティストの意思が無視されることが続き、それが原因で解散が早まったという |
| 1975年4月12日、東京神田共立講堂で行われた解散コンサートを最後に解散。 |
| 南こうせつと山田パンダはソロ、伊勢正三は風として、音楽活動を継続する。 |
| 最後の2枚組アルバム『かぐや姫フォーエバー』は、オリコンLPチャートのトップ100に186週ランクインを記録した。 |
| 1975年8月2~3日、再結成。 |
| 吉田拓郎、山本コウタローらとともに、静岡県掛川市で12時間のオールナイトコンサート「つま恋コンサート」を行い、5万人(警察発表では6万人)の観客を集める。 |
| 南こうせつと山田パンダはソロ、伊勢正三は風としても出演。 |
| 1978年4月、アルバム『かぐや姫・今日』を発売し、期間限定の再結成。 |
| 翌5月、再結成コンサートを全国で行う。 |
| パンダの誕生日(5月13日)には横浜スタジアムで行われた。 |
| この時の模様は1985年に『theKAGUYAHIME"Live"forever』としてLP化され、95年にCD化されている。 |
| 1999年8月8日、「南こうせつサマーピクニックドリーム」で再び顔を合わせた3人は、同年の紅白歌合戦にもかぐや姫として出演し、翌2000年から2001年にかけて、再結成コンサートツアー「ベスト・ドリーミン」を全国で行う。 |
| 2000年10月には、新曲マキシシングル「青春の傷み」を発売。 |
| これ以降、各自がソロ活動をしながらしばしば再結成することとなる。 |
| 2005年8月6日、戦後60年を記念して広島市で再結成コンサート「ヒロシマ60」を行う。 |
| 2006年8月、各メンバーの故郷である福岡県飯塚市(山田)と大分市(南・伊勢)で「ふるさとライブ」を行う。 |
| 2006年9月23日、吉田拓郎の呼びかけで再結成、静岡県掛川市で「つま恋2006」を行う。 |
| 9時間半のコンサートに、日本各地から35,000人のファンが集まった。 |
| 詳しくは「吉田拓郎」の「つま恋2006」の項目を参照のこと。 |