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つながりの強いひと
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正司歌江
正司歌江(しょうじうたえ、本名:平井歌江、1929年(昭和4年)8月13日-)、北海道歌志内市生まれの漫才師。漫才トリオかしまし娘の長女。息子は『欽ちゃんの... |
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正司照枝
正司照枝 しょうじてるえ 生年月日 1933年3月15日 性別 女 血液型 AB型 星座 うお座 出身 大阪(日本 ) 提供 : タレントデータバンク 職種 女優 現所属 さち... |
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フラワーショウ
松竹芸能に所属していた浪曲漫才トリオ。テーマ曲は「道頓堀行進曲」「♪ようこそ~皆さま~ご機嫌宜しゅう~歌って~笑って~フラワーショウ~どうぞ~よろし... |
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浪曲
明治時代初期から始まった演芸の一つ。「浪花節」(なにわぶし)とも言い、三味線を伴奏に用いて物語を語る。浪花節は古くから伝わる浄瑠璃や説経節、祭文語... |
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WAHAHA本舗
日本の劇団兼芸能事務所。所在地は東京都渋谷区渋谷二丁目。英表記はWAHAHA-HOMPO。事務所側は、表記に関して“ワハハ本舗”でも“WAHAHA本舗”でも構わないとし... |
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ミヤコ蝶々
ミヤコ蝶々(ミヤコちょうちょう、女性、本名:日向鈴子(ひゅうがすずこ)、1920年7月6日-2000年10月12日)は女優、漫才師。東京市(現東京都中央区)出身、... |
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宮川左近ショウ
昭和期に活躍した松竹芸能所属の浪曲漫才トリオ。出囃子は『吉良の仁吉』。 |
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海原お浜・小浜
上方の女流漫才師である。戦後は角座などの松竹系の劇場やトップホットシアター等に出演。 |
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京唄子
日本の女優・漫才師。所属事務所はさち子プロ。京都府京都市出身。 |
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勝忠男
大阪市を本拠とする芸能事務所大手の松竹芸能創業者の一人で元会長・社長。興行師・芸能プロモーター。大阪府出身。 |
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チャンバラトリオ
チャンバラトリオは日本のお笑い芸人グループである。所属事務所は吉本興業。時代劇風のチャンバラを主題とした、体を張ったネタを披露している。結成時は3人... |
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澤田隆治
テレビ番組・ラジオ番組・演芸の元ディレクター・プロデューサーで、前・株式会社東阪企画会長、テレビランド社長、帝京平成大学客員教授、社団法人日本喜劇... |
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平和ラッパ
漫才師 平和 ラッパ・梅乃 ハッパ
(へいわらっぱ・うめのはっぱ) プロフィール 1989年結成。
〈梅乃ハッパ(うめのはっぱ)/右〉1953年2月2... |
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夢路いとし・喜味こいし
戦前から21世紀初頭にかけて活動した、夢路いとしと喜味こいしの兄弟による日本の漫才コンビ。1937年に少年漫才コンビとして活動を開始、2003年9月に兄の夢路... |
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平井秀和
息子
平井 秀和 / 地球の生物部 副部長 アートディレクター/グラフィックデザイナーピースグラフィックス代表1968年生まれ。名古屋市出身 中区在住。割と大きめ... |
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砂川捨丸・中村春代
砂川捨丸・中村春代(すながわすてまる・なかむらはるよ)は大正、昭和の高度経済成長期にかけて活躍した日本の漫才コンビ。出囃子は『岩見』。 |
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平和日佐丸
平和日佐丸 (音楽関連) 人物検索 アダルトフィルタ:オン JavaScriptの設定を有効にしていただくと、さらに情報をご覧いただけます。 ※JavaScriptの設... |
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今喜多代
島田洋之介・今喜多代
[しまだようのすけ・いまきたよ] ■プロフィール 芸名 島田洋之介 本名 生年月日 性別 男 出身地 血液型 サイズ 趣... |
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プロフィール
- かしまし娘とは
- 芸風
- メンバー
- 来歴
- エピソード
- 書籍・CD・DVD・レコード
- 映画
- テレビ
- 舞台
- 関連サイト
かしまし娘(かしましむすめ)は、元松竹芸能所属の姉妹音曲漫才トリオ。
芸風
| ギターと三味線を弾き、流行歌や浪曲を取り入れた音曲漫才。 |
| 「♪ウチら陽気なかしまし娘誰が言ったか知らないが女三人寄ったらかしましいとは愉快だね。 |
| ベリーグッドベリーグッドお笑いお喋りミュージック明るく歌ってナイトアンドデイピーチクパーチクかしましい」でお馴染みのテーマソングは、音曲漫才師の都上英二の作曲、脚本家の大村淳一の作詞で、レコード化もされた。 |
| 道頓堀/角座がホームグラウンドで、松竹芸能の看板芸人だった。 |
| グループの名付け親は当時北野劇場の支配人だった角倉節朗(後の関西テレビ編成局長)。 |
| 最初はカタカナ表記のカシマシ娘だったが、北野劇場が間違えて看板をひらがなで書いてしまい、この方が語感が良いとそのままになった。 |
| 漫才トリオとしてのかしまし娘は1981年を最後に休止し、現在は各々ピン・タレント・女優として活動しているが、不定期に喜劇の舞台公演を行ったり、テレビ番組やCMなどで3人揃って出演することがあり、ユニットとしては今なお健在である。 |
メンバー
| トリオに入らず芸人にもならなかった四女が居り、元は四人姉妹。 |
| 父親が旅回り一座の座長だったため、出生地は全て異なる。 |
| 正司歌江(三味線)長女、1929年8月13日-、北海道歌志内市生まれ。 |
| かしまし娘休止後は他のプロダクションに所属していたが、2007年に当時の所属事務所アクターズプロモーションが倒産し、同年6月に松竹社長との会談で21年ぶりに松竹芸能復帰。 |
| 2007年に客演したWAHAHA本舗に、2009年5月1日より正式入団。 |
| 息子は欽ちゃんの仮装大賞などを手がけるプロデューサーの平井秀和。 |
| 正司照枝(照恵、照江)(ギター)次女、1934年3月15日-、北海道小樽市生まれ。 |
| かしまし娘活動休止となった1981年、それまでの正司照江から正司照恵へ改名し、松竹新喜劇に参加。 |
| 1987年に退団・芸名も現在のものとする。 |
| 魚が苦手で特に刺身が食べられない。 |
| -->テレビ番組に出た衣装は二度と着ないようにしている。 |
| 悪声をネタにされ、ソロで歌わせてもらえない。 |
| 息子の正司正行は石井光三オフィス取締役で、磯野貴理子の元マネージャー・元夫。 |
| 正司花江(ギター) 三女、1936年5月4日-、秋田県秋田市生まれ。 |
| かしまし娘休止後は女優・タレントとして活動のほか、司会なども行う。 |
| 終戦は樺太(サハリン)で迎えている。 |
| ドサ回りで育ったため、方言がおかしく朝日放送専属時代に番組プロデューサーからたしなめられた。 |
| 後に別のプロデューサーと結婚。 |
| 駒ひかる(OSKの男役スター、後の三代目桂米朝夫人)のファン。 |
来歴
| 父は尺八吹きから安来節を歌うなど多芸であった、母は出雲高子という芸名で追分唄いで、旅回りの一座を組んでいた。 |
| 三人とも3歳で初舞台を踏まされる。 |
| 歌江は座員だった都上英二に漫才を仕込まれた。 |
| 1941年頃、歌江・照江が名古屋の寄席に出ていたころ神戸の岡田芸能社のスカウト新興キネマ演芸部の手見せに呼ばれ晴れて所属になり「天才少女姉妹漫才コンビ」として売り出される、幼い花江は別の一座に預けられ、少女歌手として旅回りしていた。 |
| 1948年 歌江が富山へ駆け落ちしたため、旅回り一座に残っていた花江を呼び戻し、照枝・花江で新コンビ結成。 |
| 兄貴分の夢路いとし・喜味こいしらから指導を受け、戎橋松竹や名古屋の富士劇場などで歌謡漫才をしていたが、照枝が結核で入院、花江は東京に出ていた横山ホットブラザースの世話になる。 |
| 歌江は母と組んだり、別に紹介された素人同然の男性や巴家寅の子(のちの今喜多代)、東文章らと組む。 |
| 1956年 勝忠男戎橋松竹支配人兼新生プロダクション社長。 |
| 後に松竹芸能を創業の取り成しで歌江が元に直り、三姉妹でカシマシ娘結成。 |
| 8月31日に南街劇場のストリップの幕間でデビューする。 |
| 歌謡曲・浪曲・民謡・小唄・長唄を一通りこなせる器用さと、若手三姉妹トリオは他にないこと、実力者・勝の後押しを受けたこと、民放テレビ局の勃興期に当ったことで、どん底から一転して人気者になる。 |
| 1958年6月松竹芸能所属タレント第1号。 |
| 1959年 朝日放送と民放専属出演契約(~1965年)。 |
| 1965年7月 中座で結成10周年記念公演開催。 |
| 1966年 上方漫才大賞受賞。 |
| 1981年 結成25周年を期にグループ活動を休止し70年代後半より低迷しており、かしまし娘の生みの親で育ての親でもある勝忠男が「もうええやろ」と三人に通告した。 |
| 歌江はこの時悩みに悩み高野山の住職に相談し得度を受け法名「平井秀明」の名をもらい休止を決意する。 |
| 、各々ピンになる。 |
| 歌江は舞台や講演、照枝は松竹新喜劇に6年間客演し藤山寛美の厳しい稽古に耐え、花江は司会などしていた。 |
| 2005年 結成50周年の前祝で、上方お笑い大賞審査員特別賞受賞。 |
| その後、ぼちぼち活動再開し、座長公演の傍ら時折テレビ出演等もしているが、テーマソングはカラオケを用い、楽器を持たず専ら漫談を披露している。 |
エピソード
| 歌江は、10年にもおよぶヒロポン中毒であったが、姉妹の協力で回復した。 |
| 芸の上の喧嘩が絶えなかったことで有名。 |
| 他の芸人に迷惑が掛かるため、売れっ子であった若手時代から異例のかしまし専用の楽屋や、運転手付の自動車が用意された。 |
| ネタ合わせ中にも口論が絶えないので、台本は数度稽古するだけで舞台に掛けていた。 |
| しかし姉妹仲そのものが悪い訳ではなく、私生活では三人にマネージャーや歌江の夫(照枝は現在独身、花江の夫は故人)らを加えて、よく卓を囲んでいる。 |
| 三姉妹ともに大阪府吹田市在住。 |
| 歩いて2分以内という近所にそれぞれ邸宅を構えている。 |
| {{要出典範囲|芸に厳しく、上沼恵美子は下積み時代に長女の歌江から度々いじめを受けたと主張しており、自分の番組や年に何度か行われるコンサートの舞台上でかしまし娘の悪口をこれ見よがしに吹聴していて。 |
| 上沼の師匠の海原お浜・小浜が元々かしまし娘と不仲で、上沼もお浜・小浜を語る際、「3人組のうるさいおばちゃんたち(暗にかしまし娘を指して)に意地悪をされた時は、「うちの子に手出さんといてや!」と私ら(上沼の姉も含めて)のことをほんまによう庇ぼうてくれはりました」と回想している。 |
| 、関西ローカルでも両者が共演することはなく、関西ローカルのテレビ各局が極秘に管理している上沼恵美子用の出演者「ブラックリスト」にはかしまし娘も入っているという。 |
| よって離婚前の磯野貴理(照枝の長男の元妻)もかしまし娘関係者として当然上沼恵美子用「ブラックリスト」に入っているという。 |
| これは紳助の師匠島田洋之介・今喜多代と仲がよかったためである。 |
| 今喜多代は歌江と一時期コンビを組んでいた。 |
| まだ若手の頃、来阪して大阪の事が右も左もわからなかった歌江はミスワカナに食事に誘ってもらったり、一緒に銭湯に行ったりと世話になった。 |
| 芸の素質を見込まれ弟子に誘われた事もあったが、親から貰った大事な正司歌江の名を捨てるのが嫌だったので辞退した。 |
| また、「ワカナ先生のところへ行くと先生以上にえらくなられへん」と言って断ったという。 |
| 上記のとおり照枝は一度来た衣装は二度と着ない。 |
| 若い頃は諸先輩(ミスワカナ等)から口酸っぱく衣装を大事にしろと言われてきたが、お金が無く衣装(着物)を私服にしていた。 |
| 照枝は最近のお笑いについて小島よしおやたむらけんじに対してラジオで厳しく苦言を呈した。 |
| ロックバンド「エレファントカシマシ」の名前の由来はかしまし娘である。 |
映画
| 「大阪の女」(1958年)。 |
| 「蝶々・雄二の夫婦善哉」(1965年)。 |
| 「スチャラカ社員」(1966年)。 |
| 「喜劇駅前満貫」(1967年)。 |
| 「水戸黄門」(1978年)。 |
| 「男はつらいよ浪花の恋の寅次郎」(1981年)(花江・照枝)。 |
| 「アイコ十六歳」(1983年)(花江)。 |
| 「海燕ジョーの奇跡」(1984年)(歌江)。 |
| 「一枚の写真」(1986年)(歌江・花江)。 |
| 「どついたるねん」(1989年)(照枝)。 |
| 「岸和田少年愚連隊BOYSBEAMBITIOUS」(1996年)(花江)。 |
| 「難波金融伝ミナミの帝王破産-金融屋殺し」(1999年)(花江)。 |
| 「日野日出志のザ・ホラー怪奇劇場第一夜地獄小僧」(2004年)(花江)。 |
| 「ホノカアボーイ」(2009年)(照枝)。 |
| 「カーネーション」(2011年)(照枝)。 |
テレビ
| 水戸黄門第9部第2話「死を賭けた武士道-いわき-」(1978年8月14日)-女中(花江)。 |
| 連続テレビ小説「鮎のうた」(1979年、NHK)(照枝)。 |
| 連続テレビ小説「だんだん」(2008年、NHK)-主人公・めぐみがボランティアをする老人ホーム「琥珀苑」の住居人の一人・須賀小百合役 7週からの出演(花江)。 |
| 連続テレビ小説「カーネーション」(2011年、NHK)-小原ハル役(照枝)。 |
| 「徹子の部屋」(2005年、テレビ朝日)3人でゲスト出演。 |
| 「月曜ゴールデンおふくろ先生のゆうばり診療日記2」(2009年6月8日、TBS)(照枝)。 |
| 「経済ドキュメンタリードラマルビコンの決断」(2009年8月20日、テレビ東京)(照枝)。 |
| 「京都地検の女」第6シリーズ(2010年11月11日、テレビ朝日/東映)。 |
舞台
| 「さくら色 オカンの嫁入り」(2010年)(花江)。 |
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1929年
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正司歌江(三味線)長女、、北海道歌志内市生... |
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1934年
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正司照枝(照恵、照江)(ギター)次女、、北... |
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