| 愛知大学在校中は、日本拳法部に在籍し相当なしごきという名の練習をしていた。 |
| ある時、しごきに耐え切れず合宿中に夜逃げしたこともある。 |
| 1977年秋から1979年春までの1年半、『オールナイトニッポン』の金曜日を担当していたが、丁度同時期にCBCラジオで『土曜天国』も担当。 |
| 何れの番組も生放送であった関係上、『オールナイト-』が終るとすぐにニッポン放送のある東京・有楽町からCBCのある名古屋・新栄までバイクで直行し、そのまま『土曜天国』の打ち合わせ・本編放送を行うという強行スケジュールを約9ヶ月程続けていた。 |
| しかし、あまりの過酷さから体調を崩してしまい、1978年6月で一時『土曜天国』を降板、『オールナイト-』も同年9月を以て2部の担当からも降りることとなってしまった。 |
| このことが東京での活動を切り上げ名古屋での活動に本腰を入れようと考えた遠因となっているとされている(日刊スポーツなどの取材でつボイ自身も東京からの撤退の理由につき同旨の話をしばしば行っており、「(東京進出を決心したのは)僕の勘違いだった」と回顧している)。 |
| また、この時の体調を崩したことをきっかけに、東京からの撤退後に鍼灸師の専門学校に通い、資格を取得した。 |
| つボイ自身の代表作ともいうべき「金太の大冒険」は、多くのタレント・俳優・スポーツ選手たちが愛唱歌としてカラオケなどでも歌っていると伝えられている(稲本潤一、天海祐希ほか)。 |
| また、山下達郎もこの曲を含めつボイの音楽作品を評価している人物であり、自身のラジオ番組で「変歌特集」なる特集を組む際には必ずつボイの歌を番組の「トリ」として流すのが慣例化している。 |
| 山下曰く「つボイさんは実際に会うと、とてつもなく腰が低くいい人だが、いざ歌となると狂気の世界に突入する」とのこと。 |
| 因みに山下の妻・竹内まりやも、学生時代、彼の担当する「オールナイトニッポン」等のリスナーの一人であったらしく、つボイ担当最終回の際にはゲストパートナーとしてつボイの相手役を務めたこともある(録音テープで確認すると実際にはまりやが最終回のお祝いにマグカップを贈っただけのようである。 |
| ちなみに最終回の電話によるゲストは小林よしのり)など、つボイと山下夫妻は約30年近くにわたる深い親交がある。 |
| かつて『ミッドナイト東海』で舌禍事件を起こして僅か5ヶ月でDJを降板させられたり、1990年代前半のKBS京都の倒産危機の影響をもろに受け、他のパーソナリティーと同じく朝ワイドのレギュラーを降ろされたりするなど、『つボイノリオの聞けば聞くほど』以前の彼のパーソナリティー歴は波乱の一言につきるものであった。 |
| そのこともあり、自らの担当している番組や放送局、聴取者に対して人一倍強い敬意と愛情の念を持っていることが以下のエピソードからも窺い知ることができる。 |
| タレントの中では数少ない、『2ちゃんねる』擁護派を自認する人物としても知られる。 |
| 『つボイノリオの聞けば聞くほど』の中で「『2ちゃんねる』はスレッドによっては有益性もある」といった趣旨の発言を行っていることからもそれを窺い知ることができる。 |
| 同掲示板の「ラジオ板」には常時同番組単独スレッドが立っており、その中において、熱心に番組に投稿を続けているリスナーなどの手厳しい批評(特にベテランリスナー寄りの投稿採用になっているのではないか、との批判など)を積極的に番組内に取り入れることも多い。 |
| また、「アキバ系」アニメファンからの投稿と思われるものであっても普通に番組内で読み上げられることもしばしばある。 |
| 『つボイノリオの聞けば聞くほど』において1日に送られてくるFAX・ハガキ・メールの数は通算して600通は軽く越える。 |
| それら膨大な投稿FAXなどを番組開始のときから、自身の所有するパソコンにスキャンして全て保管し、番組資料として時に使用していることも有名な話である。 |
| (『つボイノリオの聞けば聞くほど』のブログの中でもその様子が相方の小高直子アナ撮影・編集の写真・記事の中で取り上げられている)。 |
| アナウンサーでさえもこれらの作業を怠る姿勢が蔓延っている中で、つボイのこのような姿勢は「パーソナリティーの鑑」として他の局のパーソナリティーからも一目置かれた評価がなされていると同時に、『つボイノリオの聞けば聞くほど』の長きにわたる安定的人気を支える原動力となっていることは言うまでもない。 |
| 実際にサインなどを求められてもほとんど断ったこともなく気さくに応じてくれたり、話をすると熱中するあまり、時間も忘れてある一つの事柄(大抵は彼のライフワークとなっている歴史研究に関するものが多いようである)について素人のリスナーを相手に話を交わすこともかなり多い。 |
| これも「リスナーがラジオ番組においては主役である」という彼の考えを反映しているものといえ、地方のローカル番組のパーソナリティーであるにも関わらず、全国的規模で彼の人柄に敬意を表するリスナーが多いことの一番の要因となっている。 |
| ただ、逆に小高直子アナや伊藤秀志、兵藤ゆきなど親しいDJ仲間からは(半ば冗談であるが)「芸能人らしいオーラが全くない」「貧乏臭い」と突っ込まれることがしばしばある。 |
| 親交のあるばんばひろふみとの縁でばんばが参加する茶会のサークルに参加し、その集まりがあったのだが、その集まりがある時間に現在担当中の『聞けば聞くほど』の生放送が丁度かぶってしまい、つボイは「自分の趣味で番組に穴を明けることはリスナーたちに失礼に当たる」と丁重にばんばやその茶会のほかのメンバーからの誘いを断ったという(ちなみに自分だったら間違いなくラジオを休んで茶会に出るほうを選択していた、とばんばは述べている)。 |
| ばんばはそのエピソードを現在担当する『ツー快!お昼ドキッ』の中で紹介し、「ラジオパーソナリティーの鑑」として彼の人柄を賞賛している。 |
| 2000年3月26日付の米紙ニューヨーク・タイムズの |
| 京阪神を拠点として活躍するブルースシンガーの小林万里子(シンガーソングライター)はつボイと会ったことはないのだが、時折、ラジオで彼女の曲を30数年に渡り、ラジオで話したり、かけ続けてお気に入りにしているらしく『つボイノリオに捧げる歌』をライブで唄っている。 |
| CBCテレビの中日ドラゴンズ戦中継でつボイと副音声で共演することになった野球解説者の小松辰雄(元中日投手)は、スタッフから渡されたつボイのプロフィールを見て、「名前を見ると『つ』だけが平仮名で後が片仮名だったから、スタッフが名前を間違えたのかと思った」と語っている。 |