| 大相撲の架空の取組で起きたハプニングと、それが引き起こしたパニックをネタにしたコミックソング。 |
| ジャケット画はなぎら自身によるもの。 |
| オリコン38位を記録するが、相撲協会を気遣い自主規制される。 |
| 放送禁止になったといわれるが、放送禁止という言葉は俗語である。 |
| しかし90年代には、日本テレビでライブ放送された。 |
| TBSテレビ『所さんのワーワーブーブー』でこの曲を披露した際、オンエアでは「それは10年以上も前の国技館の話です」の部分がカットされた上、歌われたのはマワシが落ちたところまでだった。 |
| 1999年にフジテレビ『NONFIX 放送禁止歌』でノーカットで放送。 |
| 2006年に山下達郎のラジオ番組でフルバージョンで放送。 |
| 現在は「歌詞の内容もシャレで通じる」という理由から放送が可能になったと説明があった。 |
| ライヴでは時を経るごとに歌詞が変わり、自著に収録された最長バージョンではユリ・ゲラーまで登場している。 |
| 「いちばん長いときで23分あった」と語ったこともある。 |
| 2007年2月21日発売のエレックレコードシングルボックスにてB面曲と共に紙ジャケで再発売されている。。 |
| なお、歌詞では雷電と若秩父の対戦だが一部のバージョンでは若秩父の四股名が「ハカチチブ」に改められている。 |
| ベストアルバム『中毒』には「悲惨な戦い('85)」が収録されている。 |
| またJOYSOUNDのカラオケで歌うことができる。 |
| アルバム「葛飾にバッタを見た」収録バージョンとシングルバージョンに全く違いはない。 |
| ライブ音源だがB面の「1973年の想い出」がスタジオレコーディングである為か、「実況録音盤」とは書かれていない。 |
| 葛飾にバッタを見た。 |
| なぎらの代表的歌唱スタイルであったトーキング・スタイルの曲。 |
| 初期はメロディがあったが、「悲惨な戦い」同様、時を経るごとに歌詞・内容が変わり、トーキングとなる。 |
| 下町に住む素朴さを誇らかに描いたが、現在は「当時とは生活・心境が異なる」という理由で殆ど歌うことがない。 |
| しかし、2000年の30執念(周年)コンサートでは、状況が一転する[葛飾にバッタを見た・2000]が歌われた。 |
| 同名アルバム収録はのテイクはスタジオレコーディングで、シングルバージョンはライブレコーディングである上歌詞も何箇所か変えている。 |
| 因みにシングルバージョンの初CD化は「エレック・アンソロジー2~Singles&Rare」である。 |
| 尚、同アルバムはこのシングルバージョンに他にも海援隊「母に捧げるバラード」や佐渡山豊の「ドゥチュイムニー」等シングルバージョンがCD初収録されている曲が数曲ある。 |
| 上記で説明したシングルバージョンは2007年2月21日発売のエレックレコードシングルボックスにてB面曲と共に紙ジャケで再発売されている。。 |
| 『ひらけ!ポンキッキ』挿入歌。 |
| 『およげ!たいやきくん』オリジナル盤の片面で、両面ジャケットがあるため、B面ではなく、両A面が正しい。 |
| 買取契約をしたため、本人は3万円しかもらえなかったと語っている。 |
| いわゆる数え歌で、無理問答の連鎖のような歌詞。 |
| 作詞:前田利博、作曲:佐瀬寿一。 |
| フジテレビ系アニメ『フーセンのドラ太郎』の主題歌。 |
| みなみらんぼうの作で歌唱のみ本人。 |
| こちらも『フーセンのドラ太郎』の曲で、みなみらんぼうの作。 |
| オクラホマミキサーの曲に載ってサーファーギャルをこき下ろすコミックソング。 |
| B面は『なぎらのマイムマイム』。 |
| 首都圏の夕刊紙東京スポーツの大げさな見出しと内容のギャップをネタにしつつ、東京スポーツに対する愛情を表現したコミックソング。 |
| が、東京スポーツ側は、大まじめに「これは我々を賛美しているのだろうか?」と会議を行ったらしい。 |
| 曲名は黒沢明とロス・プリモスの『ラブユー東京』のパロディーだが、曲調は全くの別物。 |
| カンポ節(漢方胃腸薬のCMソング)※作詞は秋元康。 |
| ひとり渚で(CBC秀才組!土曜チェックエンディングテーマ曲)。 |
| いつか風になって(テレビ東京独占サイクルスポーツエンディングテーマ曲)。 |
| 遥かな町(NHK、深夜便の歌)。 |
| 踏切/見果てぬ夢(日本テレビぶらり途中下車のエンディングテーマ曲)。 |