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つながりの強いひと
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小田部羊一
小田部羊一(こたべよういち、1936年9月15日-)は日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。 |
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川本喜八郎
友達
川本喜八郎(かわもときはちろう、1925年1月11日-2010年8月23日)はアニメーション作家、人形作家。東京都出身。勲四等旭日小綬章(1995年受章)。日本アニメ... |
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片山雅博
片山 雅博氏
プロフィール:
1955年2月7日生まれ。多摩美術大学・グラフィックデザイン学科助教授、創形美術学校グラフィック・デザイン科非常勤講師、日... |
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杉本五郎
日本の陸軍軍人。「天皇信仰の極北」とされる遺言本『大義』で知られる。 |
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森康二
アニメーション制作の他に新人,若手アニメーターの教育や指導も行っていた。日本アニメーション作品の他にも他社のアニメーション制作を手伝っている事も多い... |
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大塚康生
島根県出身のアニメーター、キャラクターデザイナー。 |
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椋尾篁
長崎県佐世保市出身のアニメーション美術監督。武蔵野美術学校洋画科卒。元ムクオスタジオ主宰。『銀河鉄道999』『幻魔大戦』など劇場作品のほか、『母をたず... |
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五味洋子
ファン 友達
五味 洋子(ゴミ ヨウコ)
群馬県出身。子供の頃に見たディズニーの長編と東映動画に魅せられ、アニメーションの道へ。上京後、アニメーターとして『アルプス... |
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政岡憲三
政岡憲三(まさおかけんぞう、1898年10月5日-1988年11月23日)は日本のアニメーション作家、アニメーション監督、演出家。大阪出身。日本のアニメ黎明期にお... |
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小松原一男
神奈川県横浜市出身の日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー。1970年代から1980年代の東映動画作品を代表するキャラクターデザイナーとして活躍。... |
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金田伊功
日本の男性アニメーター。奈良県出身。最終学歴:東京デザイナー学院(中退)。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。「伊功」は「いこう」と読まれる... |
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JAniCA
メディア芸術であるアニメーションの振興に向けた取組の充実を図るため、将来を担う優れた若手アニメーター等の育成を推進し、もって我が国アニメーション分... |
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古川タク
三重県上野市(現・伊賀市)出身の日本の男性アニメーション作家、イラストレーター、絵本作家である。三重県立上野高等学校、大阪外国語大学イスパニア語学... |
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唐沢俊一
日本のカルト物件評論家、コラムニスト、ラジオパーソナリティ。元朝日新聞書評委員。北海道札幌市出身。札幌光星高等学校、青山学院大学文学部教育学科卒業(... |
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井上俊之
大阪府出身のアニメーター。スタジオジュニオ所属を経て、現在はフリー。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)理事。 |
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友永和秀
日本のアニメーターである。1970年(昭和45年)に。大阪で半年間のサラリーマン生活の後も上京し、1971年に作画プロダクションのタイガープロへ。1975年から... |
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細川晋
細川 晋 2002年グラフィックデザイン学科卒業/2004年大学院デザイン修了/現在は作家活動、及びディレクター、アニメーター NHKみんなのうた「いらっし... |
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望月信
甲斐 武田氏 の一族で、 戦国時代 の 武将 。 武田信繁 の三男で、 武田信玄 の甥に当たる。武田氏に臣従した 信濃 の名族 望月氏 を継ぐ。 [ 編集 ] 生涯 ... |
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芦田豊雄
日本の男性アニメーター、アニメ監督、プロデューサー。千葉県出身。千葉県立千葉商業高等学校卒業。アニメ制作会社スタジオ・ライブ代表取締役社長を経て、... |
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森まさあき
日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。静岡県静岡市出身。本名、森雅章。モリクラフトアニメーション代表。日本アニメーション協会副会長。東京造形... |
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プロフィール
- なみきたかしとは
- 経歴
- 人物
- アニドウアニメーション・ミュージアム
- 編著
- 関連サイト
なみきたかし(並木孝、1952年-)はアニメーションの研究家である。アニメーション同好会アニドウ4代目会長(会員は現在本人のみ)、アニメーション研究家、フィルムコレクター、有限会社オープロダクション代表取締役。日本アニメーター・演出協会( JAniCA)無料正会員。
経歴
| 1952年 埼玉県浦和市(現:さいたま市)で生まれる。 |
| 1968年 東京新宿の漫画喫茶コボタンで、アニメーターとアニメ好きの集まりであるアニドウ(アニメーション同好会)に参加。 |
| 漫画家でフィルム・コレクター杉本五郎のフィルム提供による上映活動を毎月のように開催し、16歳でアニメーションへ進路を定める。 |
| 同好会の活動の傍ら、1972年の東映動画スタジオで撮影助手を経験後、タツノコプロダクション、トップクラフトなどを転々とし、1973年(昭和48年)から作画会社オープロダクションに入社。 |
| 1974年 立候補によりアニドウ4代目代表となり同人上映や会誌「FILM1/24」、別冊「未来少年コナン」などの出版活動を行う。 |
| 1975年に商業誌のアニメ雑誌「ファントーシュ」を創刊する。 |
| 五味洋子「 |
| 創刊後、編集部方針で揉めたため「ファントーシュ」第一刊のち降板。 |
| 五味洋子「 |
| 2009年現在、アニドウは「私物化も何も“僕”しかいないんです」(2009年10月8日 アニドウブログより)http://www.anido.org/blog/2009/10/post-60.html。 |
| と自らブログで明かしたため、なみきたかし会長のみとなっている。 |
| 1975年、人形アニメーション作家川本喜八郎の誘いで、五味洋子の私費によりフランスアヌシー国際アニメーション映画祭を訪れ、チェコ、ハンガリー、ポルトガル、スペイン、アメリカ、カナダ、ブラジルなどで交流を広げる。 |
| 1982年 雑誌『月刊ベティ』(創廃刊号)出版。 |
| 1983年 オープロダクション退社。 |
| 1984年 有限会社ぱるぷを設立。 |
| 後に有限会社アニドウ・フィルムと商号を改める。 |
| 同社でふくやまけいこ「何がジョーンに起こったか」(1984年)、「川本喜八郎:三国志百態」(1984年)、「もりやすじ画集」(1993年)「小松原一男アニメーション画集」(2002年)、「椋尾篁アニメーション美術画集」(2004年)、「もぐらノート」(2006年)などを編集・出版。 |
| 1987年 広島国際アニメーションフェスティバル国際選考委員。 |
| 1998年アニメーション短編「この星の上に」(監督片渕須直/アニメーション南家こうじ)をプロデュース。 |
| 1999年のアヌシー国際アニメーション映画祭では国際審査員をつとめる。 |
| 1998年 東京都または、さいたま市の自宅に、政岡憲三、もりやすじ、杉本五郎などの遺品と本人が収集した資料を展示するアニメーション・ミュージアムの開設を構想し |
| 完成後は、日本漫画映画文化財団を設立して運営を行うとしているが、当初完成予定の2010年12月現在、いまだに計画中。 |
| 2004年 東京都現代美術館企画展「日本漫画映画の全貌」構成・プロデュース。 |
| 「にほんまんがえいがはったつし」を辻繁人との共同監督により制作。 |
| 「くもとちゅうりっぷ〜政岡憲三作品集」などのDVD、CD-ROM、ビデオ映像の演出、2006年にはスタジオジブリより再発売されたDVD「セロ弾きのゴーシュ」の監修・特典制作。 |
| 同年末には伴野孝司・望月信夫が記した「世界アニメーション映画史」のDVD版を構成・監修。 |
| 2006年12月、社長の村田耕一の逝去をうけて、オープロダクションの代表取締役に就任。 |
| アニメーターを対象とした上映会や講演会、葬儀などを主宰し40年におよぶその回数は400回を超える。 |
人物
| アニドウ会員だった作家の唐沢俊一は、「それはそれは徹底して人の人格を否定しまくる、すさまじい言葉いじめ人間であった。 |
| 神経症になって田舎に帰ったり、病院に通ったりした奴が何人もいた」(『裏モノ日記』より抜粋)と表現している |
| 五味洋子により「てっぺんに立ちたいだけの人物」「アニドウを自分名義の有限会社にして私物化している」と指摘されている。 |
| http://www.style.fm/as/05_column/gomi/gomi66.shtml。 |
| アニドウの家賃、食費など他者に支払わせていたと指摘されている。 |
| 「事務所といっても家賃は、アニドウの会計からはなかなか出せないので、私が足していたことが多かったです。 |
| 並木さんの食費や本代等ほとんどを私が出していました。 |
| 今思えば大変なことです。 |
| 自分でもよくやっていたと思います」【五味洋子 アニメスタイル】http://www.style.fm/as/05_column/gomi/gomi94.shtml。 |
アニドウアニメーション・ミュージアム
| 杉並アニメーションミュージアムとは、まったく別物である。 |
| 1998年頃より、なみきが「日本のアニメーション文化向上のため」という名目で、東京都内または並木個人所有のさいたま市の土地に、地上5階・地下2階のビル建設を計画。 |
| ファンなどの募金により推進。 |
| 募金は、2002年~2010年12月17日まで1口あたり10万円で目標額は、10億5千万円としていた。 |
| 『2010年完成予定』と告知していたにもかかわらず、募金の実態も着工の目処も示されていなかったため騒ぎが起きたが、直後、2010年12月17日に突然『アニドウ・アニメーションミュージアム』ホームページ内“募金の募集”の文章が改ざんされた。 |
| 現在は、募金額 一口1000万円、目標額 16億5千万円と、なっている。 |
| また、『募金の振替口座 未定 ■まだ設定していません。 |
| したがって、入金の実績もありません』とのコメントに変更されている。 |
| “募金の募集”欄に掲載されていた電話番号は、まったく無関係の会社のものだった。 |
| 苦情があり、電話番号は2010年12月17日突然ホームページ上より削除された。 |
| そのため、募金に関しての問い合わせは現在、遮断されている。 |
| ホームページ上の「日本漫画映画文化財団」という団体は存在しない。 |
| 完成目標は、公式サイト「アニメーション・ミュージアム準備室」の「完成構想図」では2008年としていたが |
| 改ざん後は『<募金期間>2002年3月~2016年予定(完成迄)』と成っている。 |
編著
| 世界アニメーション映画史伴野孝司、望月信夫共著森卓也監修並木孝編ぱるぷ1986.6。 |
| 映画をあつめてこれが伝説の杉本五郎だ杉本五郎著なみきたかし編平凡社1990.8。 |
| もりやすじ画集森康二著なみきたかし編アニドウ・フィルム1993.9。 |
| アニメーテッド・ピープル・イン・フォトなみきたかしアニドウ・フィルム2000.6。 |
| 小松原一男アニメーション画集小松原一男著なみきたかし責任編集アニドウ編東急エージェンシー出版部2002.8。 |
| 日本漫画映画の全貌大塚康生監修、松野本和弘編、なみきたかし編集監修「日本漫画映画の全貌展」実行委員会2004.7。 |
| もりやすじ画集2もぐらノートもりやすじ著なみきたかし責任編集アニドウ・フィルム2006.2。 |
| 小田部羊一アニメ-ション画集小田部羊一著 なみきたかし編アニドウ・フィルム2008.8。 |
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1975年
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商業誌のアニメ雑誌「ファントーシュ」を創刊... |
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2002年
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改ざん後は『<募金期間>~2016年予定(完成... |
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