| (出典:読売テレビ(日本テレビ系)『情報ライブミヤネ屋』(3月6日放送)、自伝『素晴らしき、この人生』)。 |
| 物心ついた頃から自分が女性だと意識していたという。 |
| 小学生時代(大和川小学校)から、女装してものまね番組などに出演。 |
| その際の字幕スーパーでは「大西賢示」(本来の字は賢治2009年3月6日放送『オビラジR』(TBS))と表示される。 |
| 持ち歌は松田聖子の「Rock'nRouge」など。 |
| 1985年3月3日放送の『全日本ちびっこ歌まね大賞』(テレビ東京)では、森進一の「北の蛍」を歌って優勝している。 |
| 1989年、福井県の九頭竜湖で行われた英語学校の夏季キャンプ(小学生向け)で、「未来派少年大西賢示」としてリクリエーションにゲスト出演している。 |
| この際に、男子高校に通っていたことを話している。 |
| また、同年5月25日には「大西ケンジ」として「チャンス」でレコードデビューを果たしている2008年12月9日放送『浜ちゃんが!』(日本テレビ)で現物を披露。 |
| 他にも素人名人会(毎日放送)に出演したり吉本興業の旧うめだ花月のポケットミュージカルスにも出演した2010年5月6日放送『ジャイケルマクソン』(毎日放送)での発言。 |
| 中学生時代にはいじめに遭っており、いじめっ子から逃げるためにギリギリまで登校しなかったり、昼間は喫茶店にいたりしたという。 |
| また、いじめから守ってもらう代わりに不良グループのパシリであったという。 |
| このため勉強はほとんどしておらず、中学時代の成績は悪かったという。 |
| また、この当時からニューハーフになろうと思っていたといい、弟がはるなの箪笥の中身が気になり開けてみると、女性物のカラフルな下着が数枚入っているのを見て兄が女性になりたがっていることを知ったが、親には話さなかったという。 |
| その後、男子校の東大阪大学柏原高等学校に進学するが、好きな男性に会いに行きたいがため、しばしば学校内の公衆電話から実母のふりをして職員室に電話し「賢示を早退させて欲しい」と告げて早退していたという『AKBと××!』(読売テレビ)2011年3月24日放送分本人談。 |
| 高校在学中には空手道部に所属していた。 |
| 高校を中退後、しばらくして、1991年、ショーパブ「Tootsie」梅田店で働く。 |
| 性同一性障害であり、ニューハーフとして働いていることを父親に告白。 |
| 1995年、大阪市・わだ形成クリニックにて性別適合手術を受け、身体的に女性となった。 |
| また、「男性と結婚するまで大西賢示でいることが親孝行『ごきげんよう』(フジテレビ)に出演の際、他の出演者から「なぜ戸籍の性別を変更しないのか」と聞かれて語った。 |
| 」を理由に、戸籍上の名前は現在も「大西賢治」のままである。 |
| 声に関しては、元々は女性アイドルの曲を原曲キーのまま歌え、話声も女性と同じ高さだった。 |
| しかし、度重なる酷使の為に声帯にポリープが出来てしまい、一時期声が出なくなってしまった。 |
| また、『上岡龍太郎がズバリ!』でMr.レディーに出演し、「家なき子」のパロディー版「玉なき子」で相沢すずの役を演じた。 |
| 1996年頃、春菜愛名義で、『快傑えみちゃんねる』(関西テレビ)にレギュラー出演。 |
| 以後はアイドル系美形ニューハーフとして、テレビ番組のニューハーフ特集やものまね番組に顔を出している。 |
| また、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)などにも出演し、メディア露出が多くなる。 |
| 素人扱いとしては、『ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャーこれができたら100万円!!』(テレビ朝日)のファイナル電流イライラ棒に一般のチャレンジャーとして登場している(チャレンジ中、アナウンサーから「実は男性です」と紹介された)。 |
| 1998年、東京のタレント事務所に所属、上京。 |
| DDTプロレスリングで世界初のニューハーフ・マネージャー・デビュー。 |
| この頃の芸能界はニューハーフブームが下火となっていたためにタレントとしての活動はほとんど出来ていない。 |
| だが、男性であることを隠して働いていたレースクイーンの仕事などで蓄えた貯金でスナック店を開業するなど、事業家として活躍するようになる。 |
| 2005年、MEGUMIが恥骨骨折で入院した際、病院で献身的に看病をしたことから野田社長の目に留まり2008年10月12日放送『誰だって波瀾爆笑』(日本テレビ)番組内での野田社長のコメント。 |
| 、サンズエンタテインメントに移籍。 |
| 現在の名義に変え、タレント活動を再開する。 |
| 2007年、陣内智則・藤原紀香夫妻の結婚披露宴の2次会で#エアあややを披露、その場に居合わせた業界人の注目を集め、モノマネ芸人(あてぶり芸人)として活動するようになる。 |
| 持ちネタは、松田聖子・松浦亜弥・島谷ひとみ・ビヨンセ・藤本美貴・ホイットニー・ヒューストンなどのモノマネと、横向けにしたVサインを目頭から目じりに移動させて「よろしくピース」などのギャグ。 |
| 口癖は「言うよね〜2008年4月20日放送『くりぃむナントカ』(テレビ朝日)。 |
| 」最近はそれを始めとして、いろいろな「○○よね〜」を言うようになっている。 |
| 2007年、『ミス・インターナショナル・クイーン(MissInternationalQueen)2007』(ニューハーフ世界のミスコン)に出場し、第4位になる。 |
| 2008年、下半期頃から松浦亜弥の口パクモノマネで大ブレイク。 |
| 骨髄バンク職員の役で舞台『IMAGINE9.11』に出演。 |
| 2009年、1月3日に放送された『週末のシンデレラ世界!弾丸トラベラー』(日本テレビ系)にてパスポートが映った場面で、一部ぼかしがかかっていなかったため1972年7月21日生まれであることが発覚した。 |
| この事実を2009年1月20日発売の『週刊女性』(主婦と生活社)ではるな本人が認めた(下記を参照はるな愛、4歳サバ読み週刊女性報じる2009年1月20日サンケイスポーツ)。 |
| 2009年、『ミス・インターナショナル・クイーン2009』に再挑戦し、優勝した |
| 前哨戦である『AngelofTalentcontest』でも優勝し、2冠に輝いた。 |
| 日本人の優勝は初めてで、賞金1万ドルを獲得。 |
| 帰国後に、日本外国特派員協会で在日外国人記者のために会見を開いた。 |
| 2010年、謎の美青年をめぐる巨大な陰謀と最先端科学の衝撃を描いた海外ドラマ『カイルXY』のテレビCMに起用され、「謎の美青年=ケンジXY」に変身するいう設定で、「高校生以来」という「男装」を披露した |
| 2010年の『24時間テレビ「愛は地球を救う」』のマラソンランナーに抜擢される2010年6月8日放送、日本テレビ系列のバラエティ番組『魔女たちの22時』より。 |
| 初のニューハーフマラソンランナーである。 |
| 神奈川県某所から武道館までの約85キロを完走した。 |