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プロフィール
- アルトゥル・ショーペンハウアーとは
- 略歴
- 著作・思想
- 第一部「表象としての世界の第一考察」
- 第二部「意志としての世界の第一考察」
- 第三部「表象としての世界の第二考察」
- 第四部「意志としての世界の第二考察」
- 自殺論
- キエティスム
- 唯物論
- 自由意志
- ニーチェ
- 幸福論
- インド哲学
- ヘーゲルへの批判
- 音楽
- 翻訳について
- 日本語訳
- 外部リンク
- 関連サイト
アルトゥル・ショーペンハウアー(ArthurSchopenhauer,(ショーペンハウエル・ショウペンハウエルとも)1788年2月22日ダンツィヒ-1860年9月21日 フランクフルト)は、ドイツの哲学者。仏教精神そのものといえる思想と、インド哲学の精髄を明晰に語り尽くした思想家である。「 仏陀、エックハルト、そしてこの私は、本質的には同じことを教えている」と本人は述べている。世界は自己の 表象であり、世界の本質は生きんとする盲目の意志であるとした。主著は『意志と 表象としての世界』(DieWeltalsWilleundVorstellung1819年 ...
略歴
| 1788年、富裕な商人の父のもとダンツィヒに生まれる。 |
| 母(ヨハンナ・ショーペンハウアー)は女流作家で、自己顕示的な性格であった一家に偉人は一人しか出ないと思い込んでおり、「あなたのご子息はいずれ大成する」と友人のゲーテに言われたとたんに機嫌を悪くしたという。 |
| (『笑うショーペンハウアー』より)。 |
| 父に伴われて幼少時からヨーロッパ各国を旅行する。 |
| 17歳のとき、父が死去。 |
| 父の遺志に従って商人の見習いを始めたが、学問への情熱を捨てきれず1809年、ゲッティンゲン大学医学部に進学する。 |
| エーネンシデムス・シュルツェのもとで哲学を学び、のち哲学部へ転部する。 |
| シュルツェよりカントとプラトンを読むようにいわれる新潮文庫『幸福について人生論』。 |
| 転部後、ベルリン大学に移り、フィヒテの講義を受ける。 |
| 1819年、『意志と表象としての世界』を完成、ベルリン大学講師の地位を得るが、当時ベルリン大学正教授であったヘーゲルの人気に抗することができず、フランクフルト・アム・マインに隠棲。 |
| 同地で余生を過ごす。 |
著作・思想
| 著作には、主著『意志と表象としての世界』正・続編のほかに、その序論でもある学位論文「根拠律の四つの根について」、また「カント哲学の批判」、壮年期の「自然における意志について」「倫理学の二つの根本問題」、晩年の「余録と補遺」がある。 |
| ショーペンハウアーは芸術論・自殺論が有名であるが、むしろ博学で、法律学から自然学まであらゆるジャンルを網羅した総合哲学者としての側面が強い。 |
第一部「表象としての世界の第一考察」
| ショーペンハウアーは、世界はわたしの表象であるという。 |
| このことは、いかなる客観であっても主観による制約を受けていることを示している。 |
| ショーペンハウアーが本書の序論とみなしている博士論文「根拠律の四つの根について」においては以下の4類に分かたれている。 |
| #先天的な時間空間、ないしは「存在(essendi)の根拠(充足理由律)」。 |
| #原因と結果の法則、あるいは「生成(fiendi)の根拠」。 |
| #概念論理的判断、ないしは「認識(cognoscendi)の根拠」。 |
| #行為の動機づけの法則、ないしは「行為(agendi)の根拠」。 |
第二部「意志としての世界の第一考察」
| 世界は、主観によって制約された客観としてはわたしの表象である。 |
| しかしそればかりでなく、ショーペンハウアーは、世界はわたしの意志であるともいう。 |
| われわれ自身は、表象においては身体の動作として知られているが、そのものが自己意識においては生きんとする意志(WillezumLeben)として知られる。 |
| いわば身体は表象において表現されたところの意志である。 |
| あるいは「主観に対する客観」という根本の形式ならびに「時間」の制約のみを受けている点、主観の制約を脱した物自体に極めて接近したものと「続編」において説かれる。 |
| -->ここで独我論を避けるには、自己から類推(analogie)して、世界の他の本質も意志とみなすべきであるとして、「あらゆる表象、すなわちあらゆる客観は現象である。 |
| しかしひとり意志のみは物自体である」とショーペンハウアーは説く。 |
| こうして把握された意志は盲目であって、最終の目標を有してはおらず、その努力には完成はないものとされる。 |
| そのような意志においては、障害を克服して得られた満足は一時的であって、しかも無為は退屈にすぎないのであり、あくまでも積極的なのは欠乏であるといわれる。 |
第三部「表象としての世界の第二考察」
| ショーペンハウアーは、イデア(Idee)について、表象において範型として表現された意志であると位置づけている。 |
| イデアは模倣の対象として憧れを呼び覚まし未来をはらむものであることから、概念は死んでいるのに対してイデアは生きているといわれる。 |
| このイデアは段階的に表現されるものであり、これにあたるのは、無機界では自然力、有機界では動植物の種族、部分的には人間の個性であるといわれる。 |
| 存在を求める闘争においては勝利したイデアは、その占拠した物質が別のイデアに奪取されるまでは、己自身を個体として表現するものとされる。 |
| ここでは個体は変遷するものであるが、イデアはあくまでも不変であるとされる。 |
| 矛盾が支配している未完成な現実の世界に対しては、完成したイデアの世界には調和がある。 |
| そこでイデアの世界において芸術に沈潜した人は、意志なき、苦痛なき喜びを少なくとも一時的には得るであろうといわれる。 |
第四部「意志としての世界の第二考察」
| 生きようとする意志は、おのれを自由に肯定したり、あるいは自由に否定すると言われる。 |
| 意志に対して肯定すべし、否定すべしと命じることはできないものとされる。 |
| -->第三部までに考察されてきたような、意志が肯定された場合においては、この世界で「ある」ものが生ずる。 |
| これに対し、意志が否定された場合における、この世界で「ない」ものについては、最終的には哲学者は沈黙する他ないものといわれている。 |
| 抽象的知性は格律を与えることによって、その人間の行為を首尾一貫させるものではあっても、首尾一貫した悪人も存在しうるのであり、あくまでも意志の転換を成し遂げるのは、「汝はそれなり」という直覚的な知のみであるといわれる。 |
| この知に達して、マーヤーのヴェールを切断して、自他の区別(個体化の原理)を捨てた者は、同情(Mitleid)ないし同苦(Mitleid)の段階に達する。 |
| このとき自由なもの(物自体)としての意志は''自発的に''再生を絶つのであり、ショーペンハウアーの聖者は、利己心・種族繁殖の否定に徹し、清貧・純潔・粗食に甘んじ、個体の死とともに解脱するとされている。 |
| ショーペンハウアーの思想は悲観主義と関係づけられることがしばしばであるが、ショーペンハウアーにおいては、ことに聖者における同苦を介した自他の区別の解消が意志の否定をもたらすものと確かに説かれてはいるものの、楽観主義においては世界の善性のみが語られるのに対し、悲観主義が世界の悲惨のみを語るものであるかぎりは、自由な意志による世界の肯定ならびに否定をともに語ったショーペンハウアーの思想はむしろ現実主義との関係において把握すべきものとも考えられる。 |
自殺論
| セネカなどのストア派は回復の希望のない苦痛を忍ぶよりは自殺を推奨するものであるが、ショーペンハウアーはこれに対する共感を語ってはいる。 |
| 反面では、自殺のもたらす個体の死は、けして意志の否定による解脱を達するものではない点、虹をささえている水滴が次々に交代しても、虹そのものはそのまま残るようなものであって、自殺は愚行にすぎないとも説かれている。 |
キエティスム
| キエティスム(Quietism、静寂主義)は、様々な解釈と定義を持つ用語であるが、ショーペンハウアーは、その主著においてキエティスムの代表者の一人であるギュイヨン夫人を取り上げた。 |
| ギュイヨン夫人は「自分は罪を犯すことはできない。 |
| なぜなら、罪とは自我のことだからだ」と主張したことで知られているが、ショーペンハウアーによれば、意志の肯定が原罪であり、意志の否定が救済であるとする立場からは、この服従と無私は、世界の苦悩からの救済もしくは解放である。 |
唯物論
| ショーペンハウアーによれば、唯物論は「先決問題要求の虚偽」であるといわれる。 |
| 唯物論は物質を思考するとしているが、われわれは、じつは物質を表象する主観、物質を認識する悟性を思考しているにすぎないものとしている。 |
自由意志
| スピノザは、空中に投げられた石にもし意識があれば自分の自由意志で飛んでいると思うだろうと論じているが、ショーペンハウアーはこの議論を認めている。 |
| 彼によれば、意志の自由がいわば別人になることを意味する限り、物自体としてでなければ、意志は自由でないものとしている。 |
幸福論
| ショーペンハウアーは、世俗的な幸福の源泉を以下の3つに分けている。 |
| 人のあり方、人の有するもの、人の印象の与え方。 |
| この内、もっとも肝心なのは、「人のあり方」であるとした上、外部的な財宝や名誉よりは、健全な身体に宿る健全な精神の増進を推奨している。 |
| また完全な満足に伴う停滞感は人間には耐えがたいとした上、障害に打ち勝つことは人間の生存の充分な享受であるとしている。 |
インド哲学
| ショーペンハウアーは、カントやプラトンからの影響に勝るとも劣らず、古代インドの思想とりわけヴェーダのウパニシャッド哲学などに影響を受けた兵頭高夫『ショーペンハウアー論 比較思想の試み』1985年、行路社。 |
| 主著でも広範囲にわたって参照されている。 |
ヘーゲルへの批判
| カントの後継者を自任したショーペンハウアーは、ヘーゲルに強力な批判を加え、「私はカントから私までのあいだに、哲学上何事かがなされたと認めることはできない」と語っている。 |
音楽
| 意志を直接に表現した時間の芸術たる音楽では、ロッシーニを終生愛した。 |
| ショーペンハウアーを熱烈に敬愛したヴァーグナーに対しては「音楽家というよりは詩人としての才能がある」という微妙な言葉を残した。 |
翻訳について
| 彼は翻訳に対して厳しい批判を加えており、翻訳で読んでいたのは七十人訳聖書とウパニシャッドくらいである。 |
| A・W・シュレーゲルの言葉は生涯、彼から離れなかった。 |
| プラトンに対しては、「神の様」という言葉を残している。 |
日本語訳
| 白水社で、『ショーペンハウアー全集』(全14巻・別巻1)が、刊行されている。 |
| 初版は1973年~75年、新装版が1996年と2004年に、セットのみで限定復刊。 |
| また白水社では、編訳書数冊と、ラルフ・ヴィーナー編『笑うショーペンハウアー』(酒田健一訳)、ジンメル「ショーペンハウアーとニーチェ」(吉村博次訳)がある。 |
| 西尾幹二訳 『意志と表象としての世界』(中公クラシックス全3巻、元版「世界の名著」中央公論社)。 |
| 『読書について』、『自殺について』、『知性について』が各.岩波文庫。 |
| 『幸福について人生論』(橋本文夫訳、新潮文庫)ISBN978-4102033012。 |
外部リンク
| 佐藤和夫 |
| be-x-old:АртурШапэнгаўэр。 |
| zh-yue:叔本華。 |
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1788年
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富裕な商人の父のもとダンツィヒに生まれる |
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1819年
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『意志と表象としての世界』を完成、ベルリン... |
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西尾幹二
日本のドイツ文学者、思想家、評論家。学位は文学博士(東京大学)。電気通信大学名誉教授。 |
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