| その後、アメリカのテキサス大学オースティン校に移り、2000年に引退した。 |
| 彼の情報工学に関する貢献としては、グラフ理論の最短経路問題におけるダイクストラ法、THEオペレーティングシステム、セマフォの考案などがある。 |
| 分散コンピューティング分野では「自己安定化;Self-stabilization」というシステムの信頼性を保証する手法を提案した。 |
| 『構造化プログラミング』(''"StructuredProgramming"'',1967)についで、1968年" |
| 『Goto文は有害だと考えられる』(GoToStatementConsideredHarmful)という刺激的な題名はダイクストラ本人がつけたものではなく、CommunicationsoftheACMの編集者が付けたものである。 |
| ダイクストラはALGOL60のファンとしても知られ、最初のコンパイラを実装したチームにも参加していた。 |
| そのコンパイラ開発に関わったJaapZonneveldとダイクストラはプロジェクトが完了するまで髭を剃らないという誓いを立てた。 |
| 後にZonneveldは髭を剃ったが、ダイクストラは亡くなるまで髭を蓄えていた。 |
| 1970年代になると、ダイクストラの主要な興味は形式的検証に移っていった。 |
| 当時の一般的手法は、とりあえずプログラムを書いてから問題ないことを検証するというものであった。 |
| ダイクストラはこれに対して、検証に時間がかかって面倒であるし、プログラムの開発手法に何ら洞察を与えない点が問題であるとした。 |
| 一方「検証とプログラミングを同時に行う」のが「プログラム導出」と呼ばれる別の手法である。 |
| まず、プログラムの動作に関する数学的な「仕様」を記述し、その仕様に数学的な変換を加えて最終的にプログラムを導き出す。 |
| このように作成されたプログラムは「構造上正しい」ことが知られている。 |
| ダイクストラの後期の仕事は、この数学的手法を効率化することに関係している。 |
| 2001年のインタビューで彼は「優雅さ」への渇望について述べていた。 |
| すなわち、完全さを求めるのではなく、思考を精神的に処理することが正しいアプローチであると。 |
| 彼はたとえ話としてモーツァルトとベートーヴェンの作曲法を対比させている。 |
| ダイクストラはプログラミングについての数々の論文でも知られている。 |
| 彼は、プログラミングが本来非常に難しく複雑であり、プログラマはその複雑性をうまく管理するために可能な限り技巧と抽象化を利用する必要がある、という主張をした最初の人物でもある。 |
| 彼はまた、万年筆で慎重に原稿を書く習慣があることでも知られている。 |
| ダイクストラは原稿に''EWD''という記号と番号を付与したため、彼の原稿は一般にEWDと呼ばれている。 |
| ダイクストラは新たにEWDを書き上げると、そのコピーを同僚に配布した。 |
| それがさらにコピーされて世界中に配布されていき、情報工学界全体に広がったのである(EWD1000参照)。 |
| 主題は情報工学か数学であるが、一部は旅行記だったり、手紙だったり、講演記録だったりする。 |
| 1300以上のEWDが電子化され、テキサス大学のダイクストラのアーカイブで検索・入手可能である |
| ダイクストラは自分のコンピュータを所有したことがなく、めったに使わなかった。 |
| 長年の癌との戦いの末、2002年8月6日、オランダのNuenenで亡くなった。 |