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プロフィール
- エレクトリック・ライト・オーケストラとは
- レコードデビュー時(1971年)
- 再編成時(1973年 - 1974年)
- 全盛期 (1975年 - 1979年)
- 活動後期 (1980年 - 1983年)
- 活動停止時 (1986年)
- サウンドとバンド編成の変遷
- 生い立ち
- 全盛期
- 衰退期
- Part.2活動期
- その後
- 豆知識
- 代表曲
- オリジナル・アルバム
- 関連サイト
エレクトリック・ライト・オーケストラ(ElectricLightOrchestra)は、イギリスの バーミンガム出身のロックバンド。 ザ・ムーブからの発展という形で1970年に活動を開始、1971年にレコードデビュー。1970年代から1980年代にかけて世界的な人気を博した。1970年代のアメリカで最も多くの(ビルボード40位以内の)ヒット曲を持つバンドであり、「ビートルズよりもビートルズらしい曲を持ったバンド」とも言われた。略称ELO( イー・エル・オー)。「ロックとクラシックの融合」を目ざし、全盛期には「世界、最小で最高のオーケストラ」と言う称号 ...
レコードデビュー時(1971年)
| RoyWood(Guitar/Vocals/Bass/Cello/Bassoon/Oboe/Clarinet/etc...)。 |
| JeffLynne(Guitar/Vocals/Bass/Piano/Keyboards)。 |
| BevBevan(Drums/Percussion/Vocals)。 |
再編成時(1973年 - 1974年)
| JeffLynne(Guitar/Vocals/Piano/Keyboards)。 |
| BevBevan(Drums/Percussion/BackingVocals)。 |
| RichardTandy(Piano/Keyboards/Guitar)。 |
| Michaeld'Albuquerque(Bass/Vocals)。 |
全盛期 (1975年 - 1979年)
| JeffLynne(Guitar/Vocals/Piano/Keyboards)。 |
| BevBevan(Drums/Percussion/BackingVocals)。 |
| RichardTandy(Piano/Keyboards/Guitar)。 |
| KellyGroucutt(Bass/Vocals)。 |
活動後期 (1980年 - 1983年)
| JeffLynne(Guitar/Vocals/Piano/Keyboards)。 |
| BevBevan(Drums/Percussion/BackingVocals)。 |
| RichardTandy(Piano/Keyboards/Guitar)。 |
| KellyGroucutt(Bass/Vocals)。 |
活動停止時 (1986年)
| JeffLynne(Guitar/Vocals/Piano/Keyboards)。 |
| BevBevan(Drums/Percussion)。 |
| RichardTandy(Piano/Keyboards)。 |
サウンドとバンド編成の変遷
| レコードデビュー後しばらくの間、ロックバンドにストリングス楽器担当(チェロ2名、バイオリン1名)がメンバーとして在籍するユニークな編成で、クラシックの弦楽三重奏の要素を取り入れた独特のサウンドが特徴だった。 |
| 1974年発表の『エルドラド』でストリングス・アレンジにLouisClarkを迎えて以降、レコーディングではロックバンドとフル編成のオーケストラ・サウンドを融合させた楽曲アレンジを構成するように変化し、バンド内のストリングスメンバーのサウンド面への貢献は減少した1970年代を通じてELOのライブは、直立不動で楽器を演奏し歌うJeffLynneとKellyGroucuttに対して、ストリングス・メンバーがステージ上を走り回って盛り上げるというもので、ライブにおけるストリングス・メンバーの存在感は極めて重要な位置を占めていた。 |
| その後、1970年代後半から1980年代にかけて、従来のオーケストラ・サウンドに加えてシンセサイザーを多用した楽曲アレンジをするようになり、よりポップな方向へサウンドを変化させていったジェフ・リンが「ポップの魔術師」なる称号をレコード雑誌などから得たのは、この頃からである。 |
| 1979年発表の『ディスカバリー』を機に、ストリングス・メンバーを解雇(ライブのための「サポートメンバー」に降格)し、ギター、ベース、ドラム、キーボードの4人編成となった。 |
生い立ち
| デビュー当初は、ロイ・ウッド(元ザ・ムーブ)とジェフ・リン(元ザ・ムーブ、TheIdleRace)の二人が中心の双頭体制であった。 |
| その後、2ndアルバム録音中にロイが脱退。 |
| 1972年の『ELOII』、1973年の『第三世界の曙(OnTheThirdday)』と、ポップでありながらプログレッシブ・ロックに通じる実験的な試行錯誤の時期を経て、1970年代中盤からはビートルズ・ライクなポップスの要素を強め、70年代を代表するヒットメーカーへと変貌する。 |
全盛期
| 1974年の『Eldorado』が初の全米ゴールドディスクを獲得すると一気にブレイクし、1975年の『FaceTheMusic』、プラチナディスクに輝く1976年の『オーロラの救世主(ANewWorldRecord)』と順調にヒットチャートの常連へと成長。 |
| その後、二枚組大作『アウト・オブ・ザ・ブルー』(1977年)、当時大流行したDiscoBeatをELO流に解釈したPOPRockの傑作『ディスカバリー』(1979年)を生み出し、作品の質的にも、レコードの売上げ的にも、ライブの動員規模的にもキャリアのピークを迎える。 |
| 1977年から1978年にかけて行われたワールドツアー(OutOfTheBlueツアー)では、ステージ上にレーザービームが飛び交う巨大UFOを出現させ、メンバーがその中で演奏するという大がかりな演出で話題をさらった。 |
| 1978年のWembleyArenaのライブを収録したDVDも発売されている。 |
| なお、最初で最後の日本公演もこのツアーで実現した。 |
| 1980年代にはいっても、映画『Xanadu』のサウンドトラック(1980年)の片面を担当し、担当した6曲中3曲(「OliviaNewton-John,ElectricLightOrchestra」名義による「Xanadu」含む)を全米BillboardTOP20に送り込むなど変わらぬヒットメーカーぶりを発揮していた。 |
衰退期
| ELOは、ロイ・ウッドが脱退した『ELOII』以降、中心メンバーであるジェフ・リンがほとんど全曲を一人で書き、プロデュースしてレコードを制作していた。 |
| 1981年の『Time』以降は、それを更に一歩進め、バンドとしてのレコーディングが完了した後、ジェフが一人残ってオーバーダビングを続けてアルバムを完成させるというレコーディング・スタイルに変化し、ELOは、ジェフのソロ・プロジェクト的な色合いが強まっていった。 |
| また、この頃からマネージメント(DonArden)とバンドの関係がぎくしゃくし始め、1981年の全米ツアー(Timeツアー)は、思うようにライブスケジュールを組むことができず中途半端な規模で半ば中止されるような形で終わってしまい、1982年の『SecretMessages』発表時にはライブツアーの予定すら組まれなかった。 |
| 1980年代中盤頃、バンドとレコード会社の間の契約問題で活動が停滞し、更にメンバーのKellyGroucutt1982年にソロアルバム『Kelly』を発売。 |
| 同作品には、JeffLynneを除くELOの主要メンバーやLouisClarkが参加している。 |
| がリーダーのジェフ・リンとマネージメントを訴えるという事件1974年からELOに参加したKellyGroucuttは、当時の契約によりサポートメンバー同然の「週払い」の雇われメンバーとして、レコーディングを含むELOの活動に参加していた。 |
| 1980年代半ばの訴訟では、再三の契約内容変更依頼(バンドの正式メンバーとしての)に応じなかったバンド及びマネージメントに対して、自身が参加したバンド活動への正式メンバーとしての正当な評価及び報酬や、レコード作品への貢献に対する正当な印税の支払いなどを求めている。 |
| 結果、バンド及びマネージメント側は敗訴し、Kelly側は判決で正当と認められた報酬を手にしたが、以後JeffLynneやマネージメントとの関係は決定的に悪化した。 |
| が発生。 |
| すっかりELOとしての活動に嫌気が差したジェフ・リンは、1986年の『BalanceOfPower』の発表と幾つかのギグへの参加を最後に、ELOの活動を放棄してしまう。 |
Part.2活動期
| 1988年、ELOオリジナルメンバーであるベヴ・ベヴァンを中心としてElectricLightOrchestraPart.2が結成された。 |
| 結成時には単にELOを名乗っており、ニューヨークでジム・スタインマンプロデュースの下、ジョン・ペインをヴォーカルに据えたアルバムを制作していたが、名称使用権の問題やスタインマンとの対立で結局アルバムはリリースされず、ジョン・ペインは帰英してエイジアに加入する。 |
| プロデューサーが交代して最終的に1stアルバムがリリースされたのは1991年のことである。 |
| Part.2では、全盛期のメンバーであるバイオリンのミック・カミンスキーが復帰し、2ndアルバムからはオーケストラ・アレンジのルイス・クラークも正式メンバーとして参加するなど、オーケストラ・サウンドとロックバンドを合わせた1970年代のELOサウンドの再現を目ざした。 |
| しかし、ELOの作品を通じてレコード会社から「世界最高のメロディメイカー」というキャッチフレーズを与えられていたジェフ・リンの不在は如何ともしがたく、アルバム、シングル共に新作が全米、全英でチャートインを記録することはなかった。 |
| ライブでは往年のヒット曲を演奏し、オーストラリアやロシアで生オーケストラと共演したライブアルバムを発表している。 |
| なお、2000年にベヴ・ベヴァンが引退した後もメンバーの残党(ELOの元ベースプレイヤー・KellyGroucuttや、バイオリンのMikKaminskiを含む)は、「TheOrchestra」の名前で活動を継続し、相変わらず往年のELOのヒット曲を演奏している。 |
| 「ElectricLightOrchestra(ELO)」というバンド名は、ジェフ・リンとベヴ・ベヴァンに使用権があるため、ベヴ・ベヴァン抜きの「元ElectricLightOrchestraPart.2」は、元メンバーが数名在籍するにもかかわらず「ELO」の名称が使えず、その一方で、2001年に元メンバーはジェフ・リンだけという新バンドが「ElectricLightOrchestra」名義でニューアルバムを発売している。 |
| Part.2結成の際にも、ELOの名称を使いたいベブと、それに難色を示すジェフの間で相談が持たれ、結局「Part.2」を「ELO」の名称に追加することで決着した経緯がある。 |
| 2001年にJeffLynneがELO名義でニューアルバムを発表した際には、既にベヴ・ベヴァンが引退していたため特に問題は起こらなかった。 |
その後
| ジェフ・リンは、1980年代半ばからプロデューサーとしても活躍しており、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター、ポール・マッカートニー(共同プロデュース/以上、元ビートルズ)、デイヴ・エドモンズ、トム・ペティ、ロイ・オービソン、デル・シャノンなどを手掛けているジェフの場合、プロデュース作品においてゲストミュージシャンとして自ら演奏や編曲に参加し、サウンドを形成していく独特の手法が特徴である。 |
| プロデュースした作品の多くがヒット作となったが、「どれもみんなELOの音がする」とジョージ・ハリスンに言われてしまった(ビートルズ・アンソロジー発表より前の発言なので、ジョージの音楽記者向けのジョークあるいはリップサービスであると思われる)。 |
| 1988年から覆面スーパーバンドトラベリング・ウィルベリーズ(TravelingWilburys)に在籍。 |
| ウィルベリーズでも、サウンド・プロデューサー的な役割を果たしていた。 |
| 1995年から1996年にかけて発売されたビートルズのアンソロジー・プロジェクトでは、協同プロデューサーとして念願の「ビートルズとの共演」を果たした。 |
| ベヴ・ベヴァンは、一旦引退したものの2004年にベヴ・ベヴァン・バンド、ベヴ・ベヴァンズ・ザ・ムーブ当初オリジナルザ・ムーブの再結成を目指し、CarlWayneやRoyWoodに声をかけたが断られたため、ザ・ムーブの曲を演奏する派生バンドという位置づけになった。 |
| メンバーは、ベヴ・ベヴァン・バンドと同じ。 |
| のリーダーとして音楽シーンに復帰した。 |
| ベヴの新バンドは、TheOrchestraのメンバーを除いた、ELOPart.2の中核メンバーで構成されている。 |
| ベヴは、「このバンドは、ELOの曲もPart.2の曲も演奏しない」と宣言しており、その言葉通り、ザ・ムーブの曲を演奏することはあってもELOの曲は演奏していない。 |
| リチャード・タンディは、後期ELOのサポートメンバーだったDaveMorganと1980年代半ばに「TheTandyMorganBand」を結成するなど独自の活動を展開する一方で、ジェフ・リンのソロプロジェクトやプロデュース作品にも参加している。 |
| 他にも、TheMove/ELO人脈での仕事をこなしており、TrevorBurtonBandの1998年のアルバム『BlueMoons』と欧州ツアーに参加したりしている。 |
| ケリー・グロウカット、ミック・カミンスキー、ルイス・クラークの3人は、ELOPart.2のメンバーだったEricTroyer、ParthenonHuxley、GordonTownsendと共に結成したTheOrchestraとしての活動を中心に、それぞれソロでも活動している。 |
| ヒュー・マクドウェル(HughMcDowell)は、「Wetton/Downes」の2005年のアルバム『アイコン』に参加するなど、現在もロック界で活動を続けている。 |
| 2009年2月19日、元ベーシストであったケリー・グロウカットが心臓発作で死去(63歳)。 |
| 2010年9月5日、元メンバーであったマイク・エドワーズがイギリス南西部デボンで事故死(62歳)。 |
豆知識
| リーダーのジェフ・リンは、ビートルズのファンであり、「ジェフ・リンの自宅のレコード棚にはビートルズとバルトークのレコードしかない」と英国の音楽誌に書かれたことがある。 |
| 日本のミュージシャンにも影響を与え、奥田民生のELO好きは有名である。 |
| パフィーは後にELOの代表曲である「Don'tBringMeDown」をカバーした。 |
| また、奥田民生とパフィーは、アルバム『ズーム』の日本盤に推薦文を寄せている。 |
代表曲
| ;10538Overture(10538序曲)。 |
| 全英チャート最高位9位(1972年8月)。 |
| 「10538」とは、発売当時のデビューアルバムのレコード番号である。 |
| デフ・レパードの2006年発売のカバーアルバム『Yeah!』に彼らの手によるカバーバージョンが収録された。 |
| チャック・ベリーのヒット曲のカバー(ビートルズ等多くのバンドがこの曲をカバーしている)。 |
| 大胆にもベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調作品67をそのままイントロとして流用したり、間奏に弦楽三重奏の多重録音を多用したアレンジを施すなど、初期ELOの目指す方向性が強く打ち出されている(1973年、BillboardPOPSingleChart最高位43位)。 |
| チェロやバイオリンのサウンドを大きくフィーチャーしたサザンロック調の佳曲(1974年、BillboardPOPSingleChart最高位53位)。 |
| ELO初の全米TOP40ヒットにしてTOP10入りした大ヒット曲(1975年、BillboardPOPSingleChart最高位9位)。 |
| 2007年にはヴェルヴェット・リヴォルヴァーがアルバム『リベルタド』の中でカバーしている。 |
| ソフィア・コッポラ(SofiaCoppola)の1999年の初監督映画「ヴァージン・スーサイズ」のダンスシーンで効果的に使用された(1976年、BillboardPOPSingleChart最高位14位)。 |
| 日本では1979年に浅野温子が出演した資生堂ベネフィークの3分間CMで使用されている。 |
| 「雨の日のコンチェルト」の最後を飾る曲で、雨がやんだ後の青空への喜びを表すかのような内容となっており、テンポのよく元気あふれるピアノやベースラインが特徴。 |
| 日本テレビ系『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の1コーナー「勉強して東大に入ろうね会」のオープニングテーマ曲に使用されていた。 |
| 映画「ザナドゥ」の主題歌で全米最高位8位(同名のサウンドトラック・アルバムはBillboardPopAlbumsで最高位4位、CashBoxで1位)。 |
| キャメロン・ディアス出演のソフトバンク2007年夏、2008年春のCM曲としてTVでもおなじみソフトバンクのCMで流れていたのは、本物そっくりに演奏されたカバーバージョンである。 |
| DAICON4オープニングアニメ、CX系ドラマ『電車男』オープニングテーマ、トヨタ「セリカ・ダブルエックス」CF曲、Lばんスーパーニュース初代オープニングテーマの原曲などと、日本におけるタイアップが多い。 |
| DAICON4オープニングアニメのメイキングビデオのBGMには「HoldonTight(ホールド・オン・タイト)」が使われている(1981年、BillboardPOPChart最高位38位)。 |
オリジナル・アルバム
| 1971 エレクトリック・ライト・オーケストラ-''UK:ElectricLightOrchestra,Other:NoAnswerアメリカのレコード会社の担当者がイギリスに電話をしてタイトルを尋ねたが、担当者が不在だったため、「答えが得られなかった」ということで「NoAnswer」とメモに書き残したら、それに気づいた他の担当者が勘違いをして「NoAnswer」をタイトルとして処理してしまったという逸話による。 |
| オリビア・ニュートン=ジョン主演の同名映画のサントラ盤。 |
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1970年
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活動を開始、1971年にレコードデビュー |
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1973年
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Billboard POP Single Chart最高位43位) |
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投票数
0
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