| ポール・"ボーンヘッド"・アーサーズ、ポール・"ギグジー"・マッギーガン、クリス・ハットン(ヴォーカル)が前身バンド「ザ・レイン」を結成。 |
| ザ・レインの初演は、地元マンチェスターのバーネイジにあるカードゲームクラブで、ドラムマシンを使って行われた。 |
| 後に、ドラマーとしてトニー・マッキャロルが加わる。 |
| 音楽関係の仕事をしていたノエル・ギャラガーのコネを狙って、ボーンヘッドがクリスをクビにし代わりにリアム・ギャラガーを加入させ、リアムはバンド名をオアシスと改名ギャラガー兄弟の寝室に貼ってあったオールダムのインディー・ロックバンド、インスパイラル・カーペッツのツアーポスターに由来している。 |
| ポスターには開催地の1つとしてスウィンドンのオアシス・レジャー・センターが記載されていた。 |
| 8月、オアシスはマンチェスターのボードウォーククラブで初めてのギグを行う。 |
| リアムの実兄であり、インスパイラル・カーペッツのローディーであったノエルがライヴを観に来る。 |
| その後すべてのリーダーシップを自分に委ねることを条件にバンドに加入。 |
| 10月、クリエイション・レコーズと契約。 |
| 2月、ザ・ヴァーヴのギグに参加するためのアムステルダムへの移動中、船の中でノエル以外のメンバーが乱闘を起こし強制送還される。 |
| 結局ギグではノエルがひとり弾き語りを行う「 |
| 4月、シングル「スーパーソニック」でデビュー。 |
| 8月、3rdシングル「リヴ・フォーエヴァー」をリリース。 |
| 9月、アルバム『オアシス』発売。 |
| 英国で初登場1位のヒットとなり、デビューアルバム最速売り上げ記録を更新(この記録は2006年にアークティック・モンキーズのデビューアルバムによって破られている)。 |
| 東名阪のクアトロで初来日公演。 |
| ロサンゼルスではリアムがドラッグを使用しながらライヴを決行。 |
| ノエルはバンドを一時脱退、ノエルはレーベル関係者に捜し出され説得を受け、ミネアポリスの公演からツアーを再開した。 |
| 12月、クリスマスシングル「ホワットエヴァー」を発売。 |
| UKチャート最高3位。 |
| 4月、メンバーとの関係が希薄で、技術的に問題のあったドラマーのトニー・マッキャロルが解雇され、代わりにポール・ウェラーの勧めで元スタークラブのアラン・ホワイトが加入(アラン・ホワイトは、スタイル・カウンシルのスティーヴ・ホワイトの実弟)。 |
| シングル「サム・マイト・セイ」がUKチャート1位。 |
| 6月、アランとともにグラストンベリー・フェスティバルにヘッドライナーで出演。 |
| 8月、メディアに煽られる形で始まった「オアシスvsブラー」の争いは、オアシスのシングル「ロール・ウィズ・イット」とブラーのシングル「カントリー・ハウス」の同日発売で頂点を迎える。 |
| 結果はブラーが1位(27万4000枚)、オアシスは2位(21万6000枚)。 |
| 9月、ギグジーが精神疲労で一時脱退、代役にTheYa-YasのScottMcLeodを迎えツアーを行う。 |
| 10月、2ndアルバム『モーニング・グローリー』発売。 |
| アルバム売上枚数は全世界で約1000万枚以上を記録し(2008年時点)、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』が持っていた英国アルバム売り上げ記録を約30年ぶりに更新(現在はクイーンとビートルズに抜き返されている)。 |
| 11月、ロンドンのアールズ・コートで2日間4万人を動員するライヴを開催。 |
| ヨーロッパの屋内ライヴとしてはこれがギネス記録。 |
| 『モーニング・グローリー』からの3枚目のシングル「ワンダーウォール」がアメリカでもじわじわとチャートを上昇。 |
| オアシスは初秋のアメリカMTVアウォードでベストグループを受賞。 |
| 4月、「マンチェスターメイン・ロード2days」を行い、8万人を動員。 |
| 5月、海外向けにシングル「シャンペン・スーパーノヴァ」をリリース。 |
| 8月、ロンドン郊外のネブワースにて2日間で25万人を集める(250万件の予約が殺到した)。 |
| 『MTVアンプラグド』に出演した際、収録直前にリアムが喉の不調を訴えキャンセル。 |
| 代わりにノエルが全曲で歌を披露した。 |
| 4日後、リアムがアメリカツアーに行くことを拒否したため、ノエルをボーカルに据えてツアーに出発する。 |
| その後リアムがバンドに合流するが、数週間後に今度はノエルがバンドを残して飛行機で家に帰ってしまう。 |
| メディアにはバンド解散かと騒がれたが、兄弟はすぐに和解し残りのツアーを終えた。 |
| 8月、3rdアルバム『ビィ・ヒア・ナウ』発売。 |
| UKチャート1位、USチャート2位、UK最速セールス記録を更新。 |
| 2月に日本武道館で3日連続公演を行う。 |
| 滞在したホテルはビートルズと同じキャピトル東急ホテル。 |
| 11月、クリスマス商戦に向けBサイドアルバム『ザ・マスタープラン』を発売。 |
| 8月、ボーンヘッドが脱退「 |
| ノエルはボーンヘッドのギターとギグジーベースのパートを録り直す。 |
| 12月、元ヘヴィ・ステレオのゲム・アーチャーが加入。 |
| 元ライド、ハリケーン#1のギタリスト、アンディ・ベルがギグジーの後任として加入する。 |
| 2月、4thアルバム『スタンディング・オン・ザ・ショルダー・オブ・ジャイアンツ』を発売。 |
| 前年のクリエイション・レコーズ倒産に伴い、この年から自ら立ち上げたレーベル・ビッグ・ブラザーからのリリース。 |
| CDリリースと同時にワールドツアーを横浜アリーナよりスタートさせる。 |
| マリンメッセ福岡公演ではリアムが、体調不良を訴えて途中で退場している。 |
| 5月、ワールドツアー中、アランが腕を痛めバルセロナでの公演をキャンセルする。 |
| バンドメンバーは代わりに飲み明かすが、リアムが当時のノエルの妻メグ・マシューズを侮辱し始め、「アナイスの父親は本当にノエルなのか」とノエルに疑問を投げかけ、殴り合いに発展する。 |
| ノエルはバンドを一時離脱、過去最大の解散危機を迎える「 |
| 11月、ノエル復帰後、ロンドン(ウェンブリー・スタジアム)での公演を収録したライヴアルバムとライヴDVD『ファミリアー・トゥ・ミリオンズ』を発売。 |
| ウェンブリー・スタジアムでは7月に2日間コンサートが行われ、リアムの調子が良かった1日目がライヴアルバム、DVDとしてリリースされた。 |
| 5月、ブラック・クロウズ、スペイスホッグと北米ジョイントツアー「BrotherlyLoveツアー」を敢行「 |
| 8月、ノエルとアンディ、ジェイ・ダーリントンを乗せたタクシーが衝突事故を起こす「 |
| 9月-10月、東京(代々木第一体育館)、福岡、大阪、仙台、広島で来日ツアーを敢行。 |
| 福岡公演(福岡国際センター)では前回のライヴに続いて(そのときとは事情が違うものの)、リアムが途中退場するハプニングもあった「 |
| 12月、ミュンヘンのナイトクラブでリアムとアラン、バンド関係者3人が乱闘を起こし逮捕される「 |
| バンドメンバーは大量にアルコールを摂取しており、リアムはコカインを使用していた「 |
| 6月、9年ぶりにグラストンベリー・フェスティバルに出演するが、評判はあまり良くなかった「 |
| 6月30日-7月3日、9年ぶりに地元チームマンチェスター・シティのホームスタジアム(シティ・オブ・マンチェスター・スタジアム)で3日間のライヴを開催。 |
| 11月、大阪城ホール、東京の代々木第一体育館で来日公演。 |
| Sシリーズ(NW-S700F)のCMには「ライラ」が、Aシリーズ(NW-A800)のCMには「モーニング・グローリー」が使用される。 |
| 6月、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』40周年記念スペシャル番組へ「ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー」のカヴァー曲を提供。 |