| バンド名はアクセル・ローズと結成当時のメンバーであるギタリスト、トレイシー・ガンズの姓の組み合わせ、及び彼らの姓を元にした互いの前身バンド名''L.A.GUNS''、''HollywoodRose''に由来する。 |
| しかし、トレイシー・ガンズとドラマーのロブ・ガードナーが脱退、代わりにダフが所属しアクセルやイジーとも交友のあった''RoadCrew''からスラッシュとスティーヴン・アドラーが加入、一般的に認知されている初期ラインナップとなる。 |
| このラインナップで自作レーベル実はマーケティングのためにインディーズを装ったGEFFENの傀儡レーベルから疑似ライヴアルバム、''Live?!@LikeaSuicide''をリリース。 |
| 殆ど口コミだけで4週間に1万枚を売り上げた。 |
| 1987年、同ラインナップでファーストアルバム『アペタイト・フォー・ディストラクション』をリリース。 |
| 全米ビルボード初登場182位。 |
| バンドメンバーのアルコールやドラッグの問題からMTVが当初PVの放映を拒否。 |
| ゲフィンレコードの上層部の説得により、WELCOMETOTHEJUNGLEが放映されると、一気に人気に火がつき、50週間後に1位まで昇り詰め、今までにアメリカ国内だけで1800万枚以上、全世界累計では2800万枚以上も売り上げている。 |
| このアルバムからシングルカットされた「スウィート・チャイルド・オブ・マイン」は全米1位に輝き、「ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル」や「パラダイス・シティ」なども全米10位内にチャートイン。 |
| リリース直後には、ロボットが女性をレイプするジャケットの絵柄にクレームが付き、アクセルの右腕のタトゥーである十字架柄に変更するなどのトラブルもあった。 |
| 1988年、''Live?!@LikeaSuicide''にアコースティックソング4曲を加えたミニアルバム『GN'Rライズ』をリリース。 |
| 『アペタイト・フォー・ディストラクション』に続くオリジナルアルバムまでの繋ぎとして発表されたこのアルバムは、1989年5月にはチャート2位までランクアップし、ファーストアルバムと共に全米アルバムチャートのトップ5にランクインさせた。 |
| 今までにアメリカ国内だけで500万枚以上、全世界累計では1200万枚以上も売り上げている。 |
| 1990年、ドラッグ中毒を原因にドラマーのスティーヴン・アドラーが脱退。 |
| 後任にザ・カルトのマット・ソーラムが加入。 |
| 同時期にキーボードのディジー・リードが加入。 |
| 1991年、4年ぶりとなるオリジナルアルバム『ユーズ・ユア・イリュージョンI』、『ユーズ・ユア・イリュージョンII』を2枚同時リリース。 |
| 世界中のチャートで1位、2位を独占。 |
| この2枚のアルバムは、全世界累計で今までに各1500万枚以上も売り上げている。 |
| 同年秋、イジー・ストラドリンが脱退。 |
| 元Candy:en:Candy(band)、元KillForThrillsのギルビー・クラークが加入。 |
| 1993年、パンクバンドの楽曲のみをカバーしたアルバム、『ザ・スパゲッティ・インシデント?』をリリース。 |
| 全米4位にチャートイン。 |
| 同年、約2年半続いたワールドツアーを終了。 |
| 合計約700万人以上を動員し、アメリカの経済誌「フォーブス」による「世界で最も稼いだバンド」で1位に。 |
| 1995年、スラッシュがスラッシュズ・スネイクピット名義でアルバムを発表するも、アクセルが「ガンズ・アンド・ローゼズで発表すべき曲を勝手にリリースした」として訴訟を起こす。 |
| 1996年、スラッシュが脱退。 |
| 1997年、アクセル・ローズが''GunsN'Roses''と言うバンド名を法的に獲得元GEFFINのA&Rトム・ズータウが雑誌「SPIN」誌に語ったところ、「GETINTHERINGTOURの始まる前日(おそらく1991年5月23日)にアクセル側より、『バンド名の所有権を渡さない限りステージには立たない』との要求があり、他のメンバーはツアーのキャンセルで発生する高額な賠償金を考慮してサインした」とのこと。 |
| 1998年春頃、ダフ・マッケイガン脱退。 |
| オリジナルメンバーはアクセルだけとなる。 |
| 1999年、映画エンド・オブ・デイズのテーマ曲として、約8年ぶりとなる新曲''OhMyGod''を発表。 |
| この曲は本映画のサウンドトラックに収録されている。 |
| 同年11月23日、初の二枚組みライブアルバム『ライヴ・エラ'87〜'93』をリリース。 |
| ブラジル、リオデジャネイロにて、ロックインリオに出演。 |
| 当時メンバーは、バケットヘッド、元プライマスのブライアン・マンティア、ロビン・フィンク、ポール・トバイアス、元リプレイスメンツのトミー・スティンソンら。 |
| アクセル自身、表舞台に全く姿を見せていなかった為、見事なまでの"激太り"もアピールしていた。 |
| 「イッツ・ソー・イージー」の演奏中、観客の一人が着ていたスラッシュのTシャツが気に食わず、ステージ上からセキュリティに命じてTシャツを取り上げるという場面があった。 |
| この日は「チャイニーズ・デモクラシー」、「ストリート・オブ・ドリームス」、「マダガスカル」、''Silkworms''などの新曲を披露。 |
| MTVVideoMusicAwordのサプライズ・ゲストとして登場。 |
| 番組の企画段階から外部への情報をシャットアウトし、一部関係者以外はスタッフさえも出演することを知らされていなかったとされ、番組スタッフが機材を運ぶ時に、箱に"Guns&Roses"と書いてあるのを見て初めて当日の出演を知ったという話もある。 |
| 「ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル」、「マダガスカル」「パラダイス・シティ」の3曲をメドレー演奏し、久々にテレビへの出演を果たした。 |
| 夏には4度目となる来日公演として、サマーソニック02へ出演した。 |
| 開演前の照明トラブルによりスタートが約70分遅れたが、無事にスタートした。 |
| 一般TVへの放映禁止、カメラマンは専属のカメラマンをつけて、写真もオフィシャル以外での掲載を禁止したため、メディアへの公開は非常に少なかった。 |
| 大阪では曲中に「トーキョー!」と叫んでしまい、そのあとのMCで「オオサカだったよな。 |
| 」と謝るシーンもあった。 |
| その後、海外のロックフェスへ出演を重ね、新しいラインナップでの活動を本格化していく事になる。 |
| 2004年、初のベストアルバム『グレイテスト・ヒッツ』をリリース。 |
| 新曲は一切収録されていないにも関わらず、全米だけで400万枚を超える売り上げを記録。 |
| アクセルと元メンバーのスラッシュ、ダフは、「自身の承諾を得ていない作品」として、ゲフィン・レコードを提訴している。 |
| 同年、過去にバンドを脱退したスラッシュ、ダフ・マッケイガン、マット・ソーラムらヴェルヴェット・リボルヴァーを結成。 |
| 2006年、MTVVideoMusicAwordに、ラストパフォーマンスアーティストのキラーズの紹介として、アクセルが登場。 |
| たった10秒間の登場だったが、アクセルが他のバンドを紹介するためだけにテレビ出演をするのは初めての事であった。 |
| 2007年7月14日、14年ぶりとなる単独来日ツアーを開始。 |
| 初日は予定より59分押し、二日目は150分以上押しでの開演となったが、初日の終演後、現体制では初めての「ドント・クライ」を演奏したり、二日目にもアクセルが退場後に姿を見せるなど{{citenews|title=ガンズ・アンド・ローゼズ、アクセルからの最上級の賛辞。 |
| 第二夜に何が起こったか!|newspaper=BARKS|date=2007-07-16|url=http://www.barks.jp/news/?id=1000032900|accessdate=2011-02-16}}、他公演では見られなかったパフォーマンスとともにツアーは成功に終わった。 |
| このツアーでは、7月18日に約19年振りとなる日本武道館での公演も行った。 |
| 同年9月、バンド結成前から『アペタイト・フォー・ディストラクション』発売直後まで彼らを追いかけ続けたスラッシュの親友、マーク・カンターによる本『レックレス・ロード』が発売。 |
| 2008年3月27日、アクセルは公式サイトにて、ヴェルヴェット・リヴォルヴァーのマネージメントでもあるアーヴィン・エイゾフが率いる、AzoffMusicManagementと新たに契約したことを発表。 |
| 同年10月16日、ユニバーサルミュージック公式サイトにて、2008年11月23日(日本時間11月22日)に新アルバム『チャイニーズ・デモクラシー』を世界同時リリースすると正式発表。 |
| また、未発表曲9曲を自身のサイトで流したブロガーが著作権法違反の容疑で逮捕された。 |
| 同年11月23日、『チャイニーズ・デモクラシー』がリリース。 |
| 2009年1月30日、バンド結成前から「アペタイト」発売直後までの秘蔵の写真900点と当時の関係者20人以上の証言を取りまとめた『レックレス・ロード』の日本語版が発売。 |
| 同年3月21日、今後のツアーにおけるロビン・フィンクの代役として、DJアシュバが加入 |
| 同年12月、「チャイニーズ・デモクラシーワールドツアー」として、アジアで4公演のツアーを行う |
| 台湾、韓国公演に続き、2年ぶりの来日を果たし、大阪と東京で公演を開催。 |
| 大阪公演は午後9時過ぎから3時間を超えるパフォーマンスを行い、終了時間は次の日の0時12分であった。 |
| 3日後の東京では、午後6時35分頃から3時間半を超える公演を行ってアジアツアーを終了した。 |
| 2010年1月、カナダ公演。 |
| 同年3月-7月、南米、ロシア、北欧公演。 |
| 同年4月、元メンバーのスラッシュのソロアルバムにアクセルを除いた結成時のオリジナルメンバー全員が参加した。 |
| 同年8月、レディング・フェスティヴァルで終了時間に制限があるため事前に警告されていたにもかかわらず1時間の遅刻をし、アンコールの前に主催者にPAシステムの電源を抜かれるという失態を犯した。 |
| さらに翌月にはダブリンに於いて40分遅刻した際、ファンからペットボトル等を投げつけられるなどしたため、ショーを20分で切り上げて帰ろうとした(スタッフの説得でなんとかフルセットを演奏し終えた)。 |