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プロフィール
- ギャネンドラ・ビール・ビクラム・シャー・デーヴとは
- 最初の即位
- 王弟時代
- 摂政就任
- 復位
- 民主化運動
- 王制廃止
- 関連項目
ギャネンドラ・ビール・ビクラム・シャー・デーヴ(、1947年7月7日-)は、第12代ネパール国王。2001年6月4日に甥ディペンドラの跡を継ぎ王位に即いたが、2008年5月28日にネパールが共和制へ移行したことに伴って退位した。第9代ネパール国王マヘンドラの次男。
最初の即位
| 1950年11月、祖父トリブバン国王は父や兄を連れてインドへ亡命した。 |
| 取り残されたギャネンドラはラナ宰相家によって国王に祭り上げられた。 |
| しかしインドなどがこの即位を認めず、トリブバンが翌年2月に帰国して復位し、ギャネンドラは廃位された(ネパールの王政復古)。 |
王弟時代
| 1972年、父マヘンドラが死去し兄ビレンドラが国王に即位すると、王弟として兄の名代などを務めるようになった。 |
| 1989年2月、国王の名代として昭和天皇の大喪の礼に参列している。 |
摂政就任
| 2001年6月1日、ネパール王族殺害事件で兄ビレンドラ国王が殺害され、王太子ディペンドラは意識不明のまま国王に即位し、地方にいて難を逃れたギャネンドラが摂政となった。 |
復位
| 6月4日、ディペンドラ国王の死去に伴って即位した。 |
| ギャネンドラが事件当日不在だったことや、ギャネンドラの家族が事件現場にいたにもかかわらず全員無事だったことなど不審な部分も多く、事件はギャネンドラの陰謀だったと考える国民は少なくない。 |
| ギャネンドラはビレンドラ国王が唱えていた民主化に最後まで強硬に反対していた上、もともと国民に不人気であった。 |
| さらに長男で王太子(当時)のパラスも麻薬常習者との噂があり、また自動車によるひき逃げ事件を起こしたりするなどして国民に嫌われていることもその一因と思われる。 |
| 同事件の真相について地元では、「親印派の王弟ギャネンドラがアメリカ・インドの後押しを受けて、親中派のビレンドラ及びディペンドラらを抹殺した宮廷クーデター」との見方もあったが、直接統治後にはインド敵視政策、中国からの武器購入、チベット難民事務所閉鎖・追放などチベット独立派の弾圧を行った。 |
| 2002年5月下院を解散、同年10月デウバを首相職から解任。 |
| その後、親王室派のチャンド及びタパを首相に任命して事実上の親政を行う。 |
| 2004年6月、国王の行動に対する抗議デモが強まったことを受けてデウバを再び首相に任命するが、2005年2月、再びデウバ内閣の全閣僚を解任し、直接統治を宣言した。 |
民主化運動
| この国王の行動に対してネパールの主要7政党(7党連合)および毛沢東派は各地で抗議デモやゼネラル・ストライキを展開した(ロクタントラ・アンドラン)。 |
| 緊迫した情勢が続いていたが、国際社会の圧力を受けて国王は2006年4月21日、直接統治を断念して国民に権力を返還することを発表し、7党連合に首相推薦を要請した。 |
| しかし、政党側は国王が新憲法制定など政党側の要求に言及していないなどとしてデモを継続。 |
| 国王は4月24日、解散した下院議会を復活すると表明、政党側もこれを受け入れ、混乱は収拾されることになった。 |
| 政党側はネパール会議派のギリジャ・プラサド・コイララを首相に推薦、4月27日、新政権が発足した。 |
| 2007年1月15日、ネパール会議派、ネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)などが参加する議会により、暫定憲法が制定され、国王の政治的権力は、元首の地位も含めてほぼ完全に剥奪された(首相が元首を代行した)。 |
| また国軍の最高指揮権も国王から首相に移った。 |
| 国号もネパール王国から単にネパールとなった。 |
| これにより、ネパールの王族支配は実質的に終結し、国王の地位はまったく形式的なものとなった。 |
王制廃止
| 2008年5月28日、ネパール制憲議会は共和制を採択し、王制廃止が正式に確定した。 |
| ギャネンドラは国王の地位を追われ一般の国民となり、カトマンズの「ナラヤンヒティ王宮」を去るよう求められ、6月11日夜に妻・コマルと共に退去した。 |
| 退去に際して、「国民の判断を尊重し、王政廃止を受け入れる。 |
| 亡命はしない」とし、ネパール王族殺害事件での関与を改めて否定した。 |
| また、2005年の国王による直接統治について、「良かれと思ってやったが裏目に出た」とコメントした。 |
| 退去後は、住むところがないと訴えたギャネンドラに対して政府はすでに国有財産に移ったカトマンズ盆地北西の森林にあるかつてギャネンドラが別邸として使用していたナガルジュン離宮に数ヶ月間滞在できるよう許可し、現在も貸与されている。 |
| また、王政廃止を主導したマオイスト議長のプラチャンダは、不動産、ホテル、茶園業を営む実業家で個人資産数十億ドルの富豪であるギャネンドラに対して、国内に投資して雇用の創出をしてほしいとしている。 |
| また、プラチャンダは政党を造って政界に進出しても構わないと話すなど、特権は与えないが一市民として最大限の配慮を見せている。 |
| また今後は、ナラヤンヒティ王宮は国立博物館として公開される予定である。 |
| ギャネンドラ元国王は代々伝わる王冠や笏などの宝物を展示用に寄贈した。 |
| なお、ギャネンドラ元国王の継母と祖父トリブバンの側室はこれまで通りにナラヤンヒティ王宮の敷地内で生活をしている。 |
関連項目
| pms:GyanendraBirBikramShahDev。 |
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1950年
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祖父トリブバン国王は父や兄を連れてインドへ... |
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1972年
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父マヘンドラが死去し兄ビレンドラが国王に即... |
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