| 1902年ごろ、ルイスは講義ノートに未発表の立方体原子模型を描き始めている。 |
| 立方体の各頂点が電子のとりうる位置を表した原子模型である。 |
| 1916年の化学結合についての論文で初めてこの考え方を公表した。 |
| 1908年、相対性理論についての論文をいくつか発表。 |
| その中で質量とエネルギーの関係をアルベルト・アインシュタインとは異なる形で導出した。 |
| 1909年、リチャード・トールマンと共にその手法を特殊相対性理論と結合させた。 |
| 1912年、EdwinBidwellWilsonと共に幾何学を時空に応用するだけでなく、時空のsqueezemappingやローレンツ変換の同一性に注目した数理物理学の重要な論文を発表したEdwinB.Wilson&GilbertN.Lewis(1912)"TheSpace-timeManifoldofRelativity.TheNon-EuclideanGeometryofMechanicsandElectromagnetics"ProceedingsoftheAmericanAcademyofArtsandSciences48:387-507 |
| 熱力学の分野においては活量の概念を生み出し、"fugacity"(フガシティー)という用語を作った(1908)"Theosmoticpressureofconcentratedsolutions,andthelawsoftheperfectsolution,"''J.Am.Chem.Soc.''30:668-683.。 |
| 1912年6月21日、ハーバード大学のロマンス諸語の教授の娘と結婚。 |
| 息子2人と娘1人をもうけ、後に息子は2人とも化学の教授になった。 |
| 1913年、米国科学アカデミー会員に選ばれたが、1934年に辞任した。 |
| 辞任理由は語っていないが、アカデミー内の政争や何らかの地位に任命されなかったことが原因と見られている。 |
| 辞任を決意させた出来事として、1934年のノーベル化学賞を教え子だったハロルド・ユーリーが重水素の発見で単独で受賞したことが挙げられる。 |
| ルイスは重水素発見の元となった重水の精製と性質の研究をしており、教え子が受賞するなら自分の研究も受賞に値すると感じていた。 |
| 1916年、化学結合についての古典的論文"TheAtomandtheMolecule" |
| また、不対電子を持つラジカルを"oddmolecule"と定義した。 |
| この論文には電子式の記法や立方体原子模型も含まれていた。 |
| これらの化学結合についての考え方をアーヴィング・ラングミュアがさらに発展させ、ライナス・ポーリングの化学結合の研究に着想を与えることになった。 |
| 1919年、液体窒素中に酸素を溶かした溶液の磁性を研究し、O4分子が形成されていることを発見した。 |
| これが四酸素の世界初の証拠となった。 |
| 強電解質が反応速度論#質量作用の法則に従わないことは20年間、物理化学の難題とされていたが、ルイスは1921年にそれを説明付ける経験式を初めて提案した。 |
| 彼がイオン強度と称した経験式は、1923年に発表された強電界質のデバイ-ヒュッケルの式と合っていることが確認された。 |
| 1923年、電子対に着目した酸と塩基の定義を発表。 |
| 「ルイス酸」は電子対を受け取る物質、「ルイス塩基」は電子対を供与する物質と定義された。 |
| 同年、化学結合についての学術論文を発表Lewis,G.N.(1926)''ValenceandtheNatureoftheChemicalBond''.ChemicalCatalogCompany.。 |
| ウィラード・ギブズにより、化学反応が平衡にまで進むかどうかは関与する物質の自由エネルギーによることがわかっていた。 |
| ルイスは25年の歳月を費やして様々な物質の自由エネルギーを特定していった。 |
| 1923年、MerleRandallと共にその成果を発表Lewis,G.N.andMerleRandall(1923)''ThermodynamicsandtheFreeEnergiesofChemicalSubstances''.McGraw-Hill.。 |
| これが現代の化学熱力学の確立に大きな役割を果たした。 |
| 1926年、放射エネルギー(光)の最小単位を表す"photon"(光子)という言葉を作った。 |
| ネイチャー誌に送った手紙の中に記されていたのだが、その後の展開は彼の意図したものとは違っていた。 |
| 手紙の中で彼はエネルギーの単位としてではなく構造要素として光子を提案し、「光子数」を新たな変数とする必要性を強調している。 |
| 1905年にアルベルト・アインシュタインが提唱した「光の量子論」とは異なる理論だったが、"photon"という用語はアインシュタインが「光量子」(ドイツ語ではLichtquant)と呼んだものと同義に扱われることになった。 |
| 1933年、史上初の純粋な重水(酸化重水素)の精製に成功。 |
| 重水中で生命が生存し成長できることを初めて研究した。 |
| アーネスト・ローレンスのサイクロトロンで重陽子(重水素の原子核)を加速する実験を行い、原子核の様々な特性を研究した。 |
| 1930年代には後にノーベル賞を受賞したグレン・シーボーグを指導した。 |