| 1971年、ムッシュ吉崎を中心に九州で結成。 |
| 佐世保の米軍キャンプのクラブや、米兵が集まる佐世保市内のディスコで米兵相手にアメリカ音楽を演奏したり、福岡のディスコ・クラブでも活動していた。 |
| 1975年から田中昌之・中村公晴・山下三智夫が参加。 |
| 低音の吉崎と高音の田中によるツインボーカルで九州を中心に徐々に人気を獲得。 |
| 1976年、カバー曲の「カモン!ハッスル・ベイビー」でテイチク(テイチクBLACKレーベル)よりデビュー。 |
| 1979年、世界歌謡祭グランプリを受賞をきっかけにキャニオン・レコードより再びデビュー。 |
| 11月21日にリリースされたデビューシングル「大都会」は150万枚以上のミリオンセラーを記録し |
| 続いてリリースされた「蜃気楼」も資生堂のキャンペーンソングに起用され75万枚のヒットを記録した。 |
| 『ザ・ベストテン』では「大都会」と「蜃気楼」で2曲連続1位を獲得した。 |
| 1980年、司馬遼太郎の歴史小説が原作のNHK連続テレビドラマ『風神の門』の音楽を担当。 |
| 主題歌「時間差」は話題となるがレコード化されなかった。 |
| なお、その他の未発売楽曲には「TenYearsAgo」「大都会2000」がある。 |
| 1983年末、金福健が脱退。 |
| 1984年6月、阿久悠原作の映画『瀬戸内少年野球団』に主題歌「瀬戸内行進曲」で参加。 |
| また、同年10月に発表された「愛をとりもどせ!!」は、テレビアニメ『世紀末救世主伝説北斗の拳』の主題歌に起用され50万枚 |
| (インターネット・アーカイブのキャッシュ)のセールスを記録した。 |
| なお同楽曲は1999年から2000年にかけてはタイピングソフト『北斗の拳』のプロモーションに使用され、その後も『北斗の拳』がネットゲーム、タイピングソフト、パチスロなど媒体を変えてヒットするたびに脚光を浴びた。 |
| パチスロ機『北斗の拳』では、10連チャンで大当たりした時に流れる曲として20年ぶりにセルフカバーで復活した。 |
| その後、2006年の劇場版『真救世主伝説北斗の拳ラオウ伝殉愛の章』主題歌として、リーダーのムッシュ吉崎による3度目のレコーディングが行われ、野村義男がギタリストとして演奏に参加(田中も同年にソロ名義でセルフカバーしたCDを発表している)。 |
| 日本音楽著作権協会(JASRAC)の2007年4月〜2008年3月期の音楽著作権料の分配額では9位を記録した |
| 1985年4月17日に発売された中島みゆきのアルバム『御色なおし』では「さよならの鐘」「煙草」の編曲と演奏を担当した。 |
| 1986年にはパソコン用ゲームソフト『レリクス』のテーマ曲を担当した。 |
| これは開発・発売元であるボーステック社長の八巻龍一とクリスタルキングのメンバーが旧知の仲だったことで実現したものだが、まだコンピュータゲームが一般的には受け入れられていなかった時期にメジャーなバンドがオリジナル曲を提供したことは話題となった。 |
| また同年2月、田中昌之・山下三智夫・野元英俊が脱退。 |
| なおキーボードの今給黎は、1990年にリバーヒルソフトが発売したPC用ゲームソフト『BURAI下巻完結編』と、それ以降発売されたコンシューマー版の音楽を担当した。 |
| クリスタルキングはニンテンドーDS用ソフト『くりきんナノアイランドストーリー』の主題歌も担当しており、ムッシュ吉崎が「くるくるくりくり」と「奇跡のチカラ」を歌っている。 |
| 1995年10月に田中が一時復帰するも、1998年1月に再び脱退(中村公晴・福田彰一郎・高岡丈二も同時期に脱退)。 |
| 以降クリスタルキングはムッシュ吉崎のソロバンドとして活動している。 |
| 2009年、グループ名「クリスタルキング」は吉崎の会社が商標登録しており、元メンバーの田中がコンサートの告知広告などで(元を付けずに)グループ名を挙げたりすることは商標権の侵害にあたるとして、吉崎が田中を相手取り、グループ名の使用禁止と損害賠償などを求め東京地裁に提訴。 |
| 2010年、東京地裁は、脱退後に元メンバーが「クリスタルキング」の名前を使っても、吉崎の活動に関する社会的評価を低下させないなどとして吉崎の請求を棄却した。 |
| また、吉崎は田中が1998年にテレビ番組で「クリスタルキングは解散した」と虚偽の発言をしたことについても訴えていたが、当該発言から3年以上経過しており時効が成立しているとして棄却された。 |
| しかし、このような法的措置も含め、吉崎と田中の関係は修復不可能であるほど悪化しているとされる。 |