| パンク/ニュー・ウェイヴの追い風もあり人気を獲得した彼らは、その勢いに乗って2作目『ザ・モダン・ワールド』を発表するものの、まとまりに欠ける散漫な曲ばかりと酷評された。 |
| 実際ポールウェラー自身も「あのアルバムはリリース以来一度も聞いていない」とインタビューで語っている。 |
| しかし、翌1978年にリリースされた3作目『オール・モッド・コンズ』は、ザ・フー、スモール・フェイセスやモータウンサウンドの影響を受けたR&Bが取り入れられたサウンドを創り出し、モッズとしてのアイデンティティー、独自性を前面に打ち出した傑作となった。 |
| 特にウェラーのソングライティングが進境を見せ、アコースティックギターによる「イングリッシュ・ローズ」や夜の都会の風景を描く「チューブ・ステーション」等、これまでのストレートなイメージとは一線を画す楽曲を作り出している。 |
| モッズ・リヴァイヴァルの立役者ともなった『オール・モッド・コンズ』はファン、ジャーナリズムに高く支持されバンドの最初のピークとなり、これを機にジャムの快進撃が始まる。 |
| ヒット曲「イートン・ライフルズ(TheEtonRifles)」を含む1979年発表の4thアルバム『セッティング・サンズ(SettingSons)』では、「電話のあの娘(GirlonthePhone)」などのストレートなジャムサウンドに加え、ヘビーな展開を見せる「プライベート・ヘル(PrivateHell)」や曲調の変化に富んだ「少年の兵士(LittleBoySoldier)」、ウェラーのロマンチストとしての一面を覗かせる「不毛の荒野(Wasteland)」など充実した楽曲が多く、3rdアルバムと並ぶ傑作とファンの呼び声も高い。 |
| 同年の英音楽誌『ニュー・ミュージカル・エクスプレス』でのリーダーズポールでは、ベストバンド、ベストアルバム(『セッティング・サンズ』)、各プレイヤー等の主要部門を独占、英国での人気が絶大なものであることを世に知らしめた。 |
| 以降、解散まで同誌でのベストバンドの座は譲らなかった。 |
| 1980年にはシングル「ゴーイング・アンダーグラウンド(GoingUnderground)」を発表。 |
| 元々はカップリングの「ドリームズ・オブ・チルドレン(DreamsofChildren)」と両A面の予定だったが、レコードプレスの間違いで「ゴーイング~」がA面扱いとなったこのシングルは英国で初登場No.1を獲得。 |
| 後のライブアルバム『ディグ・ザ・ニュー・ブリード(DigtheNewBreed)』でも素晴らしい演奏を聞かせる両曲は、今もジャムの楽曲中で人気が高い。 |
| この年には待望の初来日公演を果たしている(来日は翌1981年、1982年の計3回)。 |
| 同年発表された5thアルバム『サウンド・アフェクツ(SoundAffects)』では先の「ドリームズ〜」でもその予兆が見られたサイケデリックな要素等、さまざまな音楽を取り入れた実験性、重厚な音作りを見せる。 |
| シングルカットされた「スタート!(Start!)」はビートルズの「タックスマン(Taxman)」を連想させるベースラインで『リボルバー』的なアルバムとも例えられる。 |
| また、収録された「ザッツ・エンターテイメント(That'sEntertainment)」はファンの人気も高く、ウェラー自身も後のソロキャリアでも取り上げる程の代表曲の一つとなった。 |
| 余談だが、ザ・スミス解散後のモリッシーも、この曲をカバーしている。 |
| 1982年、結果的にスタジオ盤ではラストとなる『ギフト(TheGift)』を発表。 |
| ホーンセクションの導入、ファンク、カリプソ等の要素を取り入れ音楽性の振幅はさらに広くなり、モータウン調の「悪意という名の町(ATownCalledMalice)」はシングルカットされNo.1となる。 |
| また、このアルバムではフォクストンの活躍が目覚しく、ファンクに傾倒したグルーヴィーなベースを聴かせるほか、自らも「サーカス(Circus)」というファンキーなインストゥルメンタル曲を提供しアルバムの方向性を特徴付ける貢献をしている。 |
| こと、バンドの音楽的なピークとしてこのアルバムをベストにあげるファンも多い。 |
| また、このアルバムでのブラックミュージック寄りの音作りは後のスタイル・カウンシルへの先鞭ともなる。 |
| しかし、音楽的には充実期を迎えていたものの、ウェラーは「ザ・ジャム」という枠組みの中での活動に終止符を打つことを選び、「自分たちの成し遂げたことに意味を持たせたい」というコメントと共に同年10月に突如解散を宣言。 |
| 間髪を容れず発表されたラストシングル「ビート・サレンダー(TheBeatSurrender)」はまたも初登場No.1を獲得。 |
| 英国では未だ絶大な支持を得ていたにもかかわらず、同年暮れのブライトンでのラストギグを最期にバンドは幕を降ろした。 |
| 解散後、ウェラーは元マートン・パーカスのミック・タルボット(MickTalbot/Key)と新ユニット「スタイル・カウンシル(TheStyleCouncil)」を結成。 |
| そしてブルース・フォクストンは、元ビッグ・カントリーのマーク・ブレゼジッキーと元ザ・フーのピート・タウンゼントの弟、サイモン・タウンゼントとでカスバ・クラブを結成。 |
| 新たな道を歩むことになった。 |
| ジャムはよくパンク・ロックに分類される事が多く、当時ウェラーも「セックス・ピストルズにインスパイアされた」と語りデビュー当時の作風にはパンクの影響が色濃かった。 |
| が、ウェラー自身はもともとスティーヴ・マリオットやザ・フー、更にモータウンやスタックスといったR&Bの大ファンであり、ファッションにしても細身のスーツ+ネクタイからカラフルなシャツ、スカーフといったパンクとは異なるものをウェラーは当時から(スタカンの前から)スタイリッシュに着こなしていた。 |
| そういう意味ではモッズというべきで、モッズを意識した作品を作り続けたことからモッズフリークからは「モッド・ファーザー」とも呼ばれている。 |
| 一方で、ワーキングクラス出身のリアリティを見せるシリアスな歌詞と時々織り込まれるユーモア、インタビューでの政治的な発言とその裏腹のピュアネス、何よりそのソリッド&ハードなジャムサウンドから、やはり彼らはパンク/ニュー・ウェイヴの中心的存在であり、そうしたムーブメント、カテゴリを飛び越え、当時のイギリスの普通の若者達から絶大な支持を受けた特異な存在であった。 |
| 2007年、デビュー30周年を機に、ポール・ウェラー抜きで「FromTheJam」名義の再結成ツアーが行われた。 |
| 2010年に発表されたポール・ウェラーのソロ・アルバム『ウェイク・アップ・ザ・ネイション』では、ウェラーとブルース・フォクストンが、ザ・ジャム解散から28年ぶりに共演している。 |