| デビュー時は、リードギターとリズムギターのデュオであったが、スカウトによりベース、ドラムスが正式に加わり、このバンドの基本である4人体制となった。 |
| レコード製作ではスタジオミュージシャンが加わり、例えば「テルスター」ではキーボードがメロディーを取り、「十番街の殺人」はサックスをレスリースピーカーを通して、ハモンドオルガン風に加工したエフェクト音を加えアクセントとした。 |
| スタジオ盤ではキーボードを使用した曲も多いが、正式にキーボードを加えた5人体制だったのは1969年から1972年である。 |
| ライブではリードギターとベースが途中で交代する場面もある(初期の曲はボブ・ボーグルがリードギターを担当するなど、サウンドの変遷を考慮している)。 |
| ドン・ウィルソン(DonWilson 1933年2月10日-):ワシントン州タコマ出身。 |
| リズムギター(結成メンバー)。 |
| ノーキー・エドワーズ(Nokie Edwards 1935年5月9日-):オクラホマ州ラホマ出身。 |
| 2代目リードギター、ベース。 |
| 「ウォーク・ドント・ラン」などのレコーディングにベースとして参加していたが、後に正式に加入。 |
| 1967年に脱退するが1972年に復帰し、その後、1984年まで活躍する。 |
| その後脱退しソロ活動のみを行っていた時期もあったが、1999年以降、レコーディングや毎年1月の日本公演などに、リード・ギター(ベンチャーズ・オリジナルメンバー)として参加し続けている。 |
| 夏の日本公演ではベンチャーズと行動を別にしているが、公式ホームページではメンバーとして掲載されている。 |
| ジェリー・マギー(GerryMcGee 1937年11月17日-):ルイジアナ州ユーニース出身。 |
| 3代目リードギター、ベース。 |
| 夏の日本公演でリードギターを担当しており、ベンチャーズのメンバーとしての来日回数はノーキーよりも多い。 |
| リオン・テイラー(LeonTaylor 1955年9月23日-):テネシー州ジョンソンシティ出身。 |
| 父親であるメル(後述)が急逝した1996年、中野サンプラザにおける9月16日のメル・テイラー追悼公演で後任として紹介され、数曲披露。 |
| 以降、正式にメンバーとなる。 |
| ちなみに、メルが他界した後、96年のツアーのメインドラムは、元ナック(「マイ・シャローナ」)のメンバー、ブルース・ゲイリーが務めた。 |
| 後に二人ともメル・テイラー追悼アルバム「ワイルド・アゲインII」に参加している。 |
| ボブ・スポルディング(BobSpalding 1947年2月10日-):カリフォルニア州サンバーナーディーノ出身。 |
| ベース、リードギター、リズムギター。 |
| 1981年よりスタジオ録音に参加していたことから(そのため加入年も1981年として扱われている)、2005年1月の日本公演以降、腰痛が悪化しライブ活動が困難になったボブ・ボーグルの後任としてライブに参加。 |
| スタジオ録音ではリードギターの他リズムギターを担当するケースもある。 |
| メル・テイラーがベンチャーズを一時離れていた頃に、ジェリー・マギー、ビル・リンカーンと結成していたメル・テイラー&ザ・ダイナミックスでは、リズムギターを担当していた。 |
| 作曲のほかアレンジなどでも現在のベンチャーズに多大な貢献をしており、"5人目のベンチャーズ"と呼ばれている。 |
| ボブ・ボーグル(BobBogle 1934年1月16日-2009年6月14日):オレゴン州ワグナー出身。 |
| ベース、初代リードギター(結成メンバー)。 |
| 2005年以降、腰痛の療養のためライブには不参加(レコーディングには参加していた)。 |
| 12年間の闘病生活の末、2009年に非ホジキンリンパ腫のため75歳で死去。 |
| メル・テイラー(MelTaylor 1933年9月24日-1996年8月11日):ニューヨーク州ブルックリン出身。 |
| 2代目ドラマーで、リオンの父である。 |
| 1972年にソロ活動(メル・テイラー&ザ・ダイナミックス)のため脱退したが、1978年に復帰した。 |
| 1996年日本公演中に体調が悪化し緊急帰国、肺癌のため急逝。 |
| ホーウィー・ジョンソン(HowieJohnson 1935年-1988年):初代ドラマー。 |
| 交通事故に遭い1962年に引退。 |
| ベンチャーズ脱退後は音楽ビジネスから引退していた。 |
| ジョー・バリル(JoeBarile本名バリル・ギオパン・デュセッペ。 |
| 1947年7月-):イタリア出身。 |
| 3代目ドラマーとして1972年から1978年に在籍。 |
| 1978年の来日ツアー中にコカインの使用が発覚、逮捕される(不起訴処分となる)。 |
| このためイメージの悪化を避けたいメンバーは彼をバンドから解雇。 |
| その後は表立った音楽活動からは遠ざかっていたが、1991年のベンチャーズのCDアルバム『ふたりの海岸物語(playSEASIDESTORY)』の「ウェイクアップ・ドリーム」などにパーカッションで参加しており、以後も時々レコーディングに参加している。 |
| ジョン・ダリル(JohnDurrill 1941年8月2日-):テキサス州ヒューストン出身。 |
| キーボードとして1969年から1972年に在籍。 |
| 2008年の「ロックの殿堂」授賞式に、ジェリーの代理として久々にベンチャーズと合流した。 |
| ビフ・ビンセント(BifVincent):キーボードとして1975年から1976年に在籍。 |
| その後もベンチャーズと交流が有り、ビフのスタジオでベンチャーズがレコーディングなどを行っている。 |
| デイヴ・カー(DaveCarr 1943年8月4日-2011年7月14日):イギリス、ロンドン出身、元フォーチュンズのキーボーディスト。 |
| ジョン・ダリルの後任として1972年から1975年に参加。 |
| その後も作曲家、プロデューサーとして活躍する一方ベンチャーズとの交流は続き、レコーディングに度々参加していたが、2011年に心臓発作によって死去。 |
| サンディ・リー(SandyLee ?年-1980年代):ジェリー・マギーと共に1968年から二年間参加した女性キーボーディスト。 |