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つながりの強いひと
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プロフィール
- ジョン・ボーナムとは
- 生い立ち
- レッド・ツェッペリン
- 死
- プレイスタイル
- 使用機材
- 1969年-1970年
- 1970年-1973年
- 1973年-1975年
- ミュージシャンによるもの
- メディアによるもの
- エピソード
- 関連サイト
ジョン・ヘンリー・ボーナム(JohnHenryBonham,1948年5月31日-1980年9月25日)は、イギリスのミュージシャン。同国のロックバンド、 レッド・ツェッペリンのドラマーとして知られる。愛称は、「ボンゾ」。息子の ジェイソン・ボーナムも、ロック・ドラマーである。
生い立ち
| ウスターシャー州の小都市レディッチで生まれる。 |
| 5歳でドラムを始め、空箱とコーヒー缶で作ったドラムセットを使って、憧れのジーン・クルーパやバディ・リッチの叩き方を真似ていた。 |
| 10歳でスネアドラムを、15歳でプレミア社製のドラムセットを手に入れ、地元のドラマー達からアドバイスを受けながら練習に励んだ。 |
| ウィルトン・ハウス公立学校を出た後、建設業を営む父親ジャックの下で見習い大工として働きながら、地元の複数のバンドでドラマーとしてプレイする。 |
| 1964年には、彼にとって初めての本格的なバンド、テリー・ウェブ・アンド・ザ・スパイダースに加入。 |
| 同じ頃、後に妻となるパット・フィリップスとキダーミンスターで開かれたダンスパーティで出会う。 |
| また、バーミンガムのバンド、ザ・ブルー・スター・トリオや、「シーズ・ア・モッド」のヒット・シングルを出したザ・セネターズでもドラムを叩いた。 |
| こうして様々なバンドで経験を積むうちに、ボーナムはドラムを本業にすることを決意する。 |
| 彼は次第に、イギリスで最も大きな音を出すドラマーとして評判となり、パワフルな演奏でドラムヘッドを打ち破ったり、あまりの音量の大きさにクラブからは演奏を止めるように言われたりするようになっていた。 |
| そんなある日、ボーナムは旧友のロバート・プラントと再会し、彼のいたバンド・オブ・ジョイに参加する。 |
| バンド・オブ・ジョイはいくつかのデモを作ったものの、アルバムをリリースするには至らなかった。 |
| しかし、ここでの活動がボーナムの人生の転機となる。 |
死
| ボーナムは大変な愛妻家であり、良き父でもあった。 |
| あまりにも家庭を愛していたがため、家や家族から離れて長いツアーを行うことを嫌っていた。 |
| 彼はホームシックと重度の飛行機恐怖症を紛らすために、しばしば深酒をしていたが、彼の酒癖は次第に酷くなっていった。 |
| 1980年9月24日、ボーナムはツェッペリンのアシスタント、レックス・キングとオールド・ハイド・ホテルで落ち合い、近く行われるアメリカ・ツアーに向けてのリハーサルのため、ブライ・スタジオに向かった。 |
| ボーナムは途中で立ち寄ったパブで、シングルで16ショット相当(約473ml)のウォッカを飲み干し、スタジオに到着してからもさらに飲み続けた。 |
| リハーサル終了後、ウィンザーのペイジ宅でパーティが行われたが、そこでもボーナムは飲み続け、酔い潰れてベッドに寝かされた。 |
| 翌日、ツアー・マネージャーのベンジ・レフェヴレとジョン・ポール・ジョーンズが、ベッドで死んでいるボーナムを発見した。 |
| 死因は、吐瀉物を喉に詰まらせての窒息死であった(32歳没)。 |
| 検死の結果、多量の飲酒により肺水腫を引き起こしていたこと、アルコール以外の薬物反応はないことがわかった。 |
| 彼の遺体は、1980年10月12日に、彼の農場近くのラショック教区墓地に埋葬された。 |
| 不慮の出来事で偉大なドラマーを失ったツェッペリンは、同年12月4日に解散声明を発表することになる。 |
プレイスタイル
| デビュー作「グットタイムス・バットタイムス』での頭抜き3連のバスドラで強烈な印象を与え、誰もがツーバスでの演奏だと勘違いするが実はシングルバスでの演奏だった事は有名なエピソード。 |
| ドラムスタイルの特徴は「移民の歌」や「レヴィー・ブレイク」「オーシャン」などに顕著に表れている。 |
| また、「カシミール」や「アウト・オン・ザ・タイルズ」での個性的なドラムプレイによって、作曲者の一人としてクレジットされている。 |
| ボーナムはインタビューにおいてジェームズ・ブラウンなどのファンクを愛聴していると述べており、ライブでの演奏や「クランジ」など後期のアルバムの収録曲では、ファンクやラテンの影響を受けたドラミングを聴くことができる。 |
| また、TOTOのドラマーであるジェフ・ポーカロは、「ロザーナ」におけるシャッフルのリズム・パターンは「レッド・ツェッペリンの『フール・イン・ザ・レイン』でジョン・ボーナムがプレイしていたものが元のアイデアなんだ」と語っているhttp://www.drummerworld.com/drummers/Jeff_Porcaro.html。 |
| レッド・ツェッペリンのベーシストで、共にリズム隊を構成していたジョン・ポール・ジョーンズは、ボーナムのプレイをこう分析している。 |
| 「彼は物凄く音楽性豊かだった。 |
| 沢山の音色を持ったドラマーだったよ。 |
| 彼の事を、単なるヘヴィに叩き付けるドラマーだと思っている人が多いけど、実は彼は様々なフレーズやフィルを叩いていたんだ。 |
| 単なる在り来たりなバックビートを必要とする曲でない限り、単純なビートを叩いて満足するドラマーではなかったね。 |
| そして彼は、自分の周りで起こっている事を常に意識していたんだ。 |
| 常に聴いていた。 |
| 僕たち全員がそうだったんだ。 |
| ライヴでは全員が互いの音を聴き、互いを見つめている。 |
| そうする事によって、全てが凄くタイトになっていく。 |
| ツェッペリンは誰でも曲を好きな方向へ持っていくことが出来たし、みんながそれに付いて来てくれる事も常に解っていた。 |
| まるで鳥の群れがいて、一羽の鳥が別の方向へ飛んでいくと、突然群れ全体が向きを変えるような…、そんな感覚だったよ」。 |
使用機材
| 1968年12月、レッド・ツェッペリンがヴァニラ・ファッジのオープニングアクトを務めた際に知り合ったカーマイン・アピスにラディック社を紹介されて以来、一貫して同社のドラムを使用した。 |
| 当初、ボーナムはアピスと全く同じセットを入手したが、26インチのツーバスがメンバーの反対に遭ったため、ワンバスに変更してこれを使用したという逸話も残る。 |
1969年-1970年
| 12×15ʺタム(ロジャースのスイボマチックタムホルダー、またはスネアスタンドで固定)。 |
| 16×16ʺフロア・タム。 |
| 16×18ʺフロア・タム。 |
| 14×26ʺバスドラム。 |
| フロントヘッドは大文字のラディックのロゴ入り。 |
| 6.5×14ʺLM402スープラフォニック。 |
| パイステのジャイアントビートシリーズのシンバル。 |
| 24・20・18・15×2。 |
| ライドシンバルはバスドラムのマウントシンバルホルダーに装着。 |
| スタンド類はラディックとロジャース製を使用。 |
1970年-1973年
| 10×14ʺタム(純正レールマウントタムホルダーで固定)。 |
| 16×16ʺフロア・アタム。 |
| 16×18ʺフロア・アタム。 |
| 14×26ʺバスドラム。 |
| フロントヘッドはラディックの純正ロゴ入り。 |
| 6.5×14ʺLM402スープラフォニック。 |
| 29ʺマシン・ティンパニ(1972+)。 |
| 29ʺユニバーサル・ティンパニ(1972+)。 |
| パイステのジャイアントビートシリーズのシンバル。 |
| 24・20・18・15×2。 |
| ライドシンバルはバスドラムのマウントシンバルホルダーに装着。 |
| スタンド類はラディックとロジャース製を使用。 |
1973年-1975年
| 14×26ʺバスドラム。 |
| 29ʺマシン・ティンパニ。 |
| 29ʺ32ʺユニバーサル・ティンパニ。 |
| パイステのジャイアントビートと当時発売されたばかりの2002シリーズのシンバル。 |
| ライドシンバルはバスドラムのマウントシンバルホルダーに装着。 |
| スタンド類はラディックとロジャース製を使用。 |
メディアによるもの
| イギリスの音楽誌『ClassicRock』2005年6月号の特集「ロックにおける50人の偉大なドラマー」で第1位http://www.rocklistmusic.co.uk/steveparker/classicrock.htm。 |
| オンラインマガジン『Stylus』2007年7月30日号の特集「50人の偉大なドラマー」で第1位http://www.stylusmagazine.com/articles/weekly_article/stylus-magazines-50-greatest-rock-drummers.htm。 |
| オンラインマガジン『Gigwise.com』の2008年の同様の企画で第1位http://www.gigwise.com/photos/43499/50/The-Greatest-Drummers-Of-All-Time。 |
| イギリスの音楽誌『RhythmMagazine』2009年10月号の特集「時代を超えた偉大なドラマーTOP50」で第1位http://www.musicradar.com/news/drums/50-greatest-drummers-of-all-time-part-2-225815/25#content。 |
| 2010年の「ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のドラマー」において、ニール・パートを上回り1位に選ばれた。 |
エピソード
| ツアー中の乱暴狼藉、イタズラにまつわる武勇伝は、レッド・ツェッペリンのメンバー随一。 |
| わけても器物損壊に関しては枚挙に暇がなく、窓からテレビを投棄するのを始め、「部屋が狭いから」壁を壊してつなげる、すべての家具調度を逆さにして接着剤で天井にくっつけるなどして以後出入り禁止になったホテルもあった。 |
| ザ・フーのキース・ムーンとは大親友であり、呑み仲間でもあった。 |
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1964年
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彼にとって初めての本格的なバンド、テリー・... |
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1968年
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北ロンドンのハムステッドにおけるティム・ロ... |
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ジョン・ボーナムさんについてのひとこと紹介
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