| 2003年にWWEへ復帰するが、同年のWrestleManiaXIXにてロックに敗北。 |
| レスラーは「引退」してエリック・ビショフと共にRAWの共同GMに就任する。 |
| ビショフがヒールのGMを演じたのに対し、オースチンはベビーフェイスのGMを演じた(ただし基本的なギミックは以前から何も変えていない)。 |
| 両者は次第に対立し、2003年のサバイバー・シリーズにて行われた敗者追放マッチにて両GM軍が対決した。 |
| 結果オースチン軍が敗れ、オースチンはGM職を退いた。 |
| しかし同年のクリスマスには、RAWの保安官として番組復帰する。 |
| 2004年にはWrestleManiaXXにてブロック・レスナー対ビル・ゴールドバーグの特別レフェリーを務めたが、契約終了をもって一か月後に再びWWEを離脱。 |
| 同年に、過去に起こした恋人へのDVにより逮捕された。 |
| 2005年のWrestleMania21を前に再びWWEに復帰。 |
| これは普通のタレント契約ではなく、WWEフィルムズの製作する映画の俳優としての契約である。 |
| 元ECW所属選手であったこともあり、ECWワン・ナイト・スタンドへも登場。 |
| またRAWで行われたモハメド・ハッサン対シェルトン・ベンジャミンのIC王座戦にゲスト登場。 |
| 試合後ハッサンとマネージャーのデバリにスタナーを食らわせた。 |
| 2005年の10月に行われたRAWの特番、WWE・ホームカミングにおいてマクマホン一家全員にスタナーを食らわせた。 |
| またこれをきっかけにしてRAW解説者であるジム・ロス解任ストーリーが始まった。 |
| 実際にはジム・ロスは腸の手術の為に解説を降板したのだが、ストーリー上はオースチンのスタナーを止めに入らず、またそのことをマクマホン一家に謝罪しなかったことが理由での解雇とされた。 |
| プライベートでもジム・ロスの友人であるオースチンが、解雇撤回ならびにジム・ロスの解説復帰をかけてPPVタブー・チューズデイにてジョナサン・コーチマンと久しぶりに試合を行う予定であった。 |
| しかしオースチンはPPV直前に突然WWEを退団し、ジム・ロス解任ストーリーも途中で終了することとなった。 |
| この時はPPVでのストーリー内容に不満を持ったと言われていたが、後にWWE側からオースチンの復帰を発表。 |
| コーチマンとの対戦をキャンセルした理由はストーリーへの不満ではなく、「PPVの数日前、自宅で家具を移動させたときに腰を痛め、試合を行うのが不可能になったため」とある。 |
| 2006年4月1日、ブレット・ハートのWWE殿堂入りのインダクターを務めるに際し、久々にWWEへ登場した(実はそれより前の2006年3月開催のサタデー・ナイト・メイン・イベントにも出演している)。 |
| WrestleManiaXIXの時点で、担当医からは「これ以上試合をしたら命の保障はできない」と忠告されているが、本人は最後の一試合を望んでいるという。 |
| ハルク・ホーガンとの夢の一戦が以前から噂されているが、オースチンはあまり乗り気ではないと言われている。 |
| 2007年3月頃のRAWにてWrestleMania23でのビンス・マクマホンvsドナルド・トランプの髪切りマッチの特別レフェリーに選ばれたというギミックで一時的に復帰、ジョナサン・コーチマンにスタナーを浴びせるなど、ストーン・コールドの姿を全世界に見せ付けた。 |
| 3月14日のRAWについてはオースチン登場の少し前にザ・ロックがビデオという形だったがタイタントロンに登場した事もあり、WWF時代を思い出させるものになった。 |
| また、4月1日当日に行われたWrestleMania23においても得意技のスタナーを披露するなどして、会場であったフォード・フィールドの8万人の大観衆を沸かせた。 |
| その後も2007年7月開催のサタデー・ナイト・メイン・イベントや8月のPPVサマースラム、10月のPPVサイバー・サンデーにゲスト出演している。 |
| 2008年RAWの15周年記念の回に登場。 |
| この日はビンス・マクマホンがRAW15年の歴史でもっとも偉大なスーパースターを発表するということだったが、ビンスは「ビンセント・ケネディ・マクマホン」つまり自分であると発言、これに対しテイカー、マンカインドがビンスを襲撃。 |
| 2009年1月12日のRAWの番組内において、2009年度のWWE殿堂入り第一号としてオースチンが選出されたことが発表された。 |
| WrestleManiaXXVIのビンス・マクマホンvsブレット・ハート戦の調印式を采配する。 |
| この時の観客の声援は現役当時と変わらずすさまじく、(現在のWWEスーパースターでも彼ほどの歓声を引き出すことはできない)スタナーなどは使用せずとも存在感を大いに発揮した。 |
| 2011年3月7日のRAWにて、WrestleManiaXXVIIで行われる予定のジェリー・ローラー対マイケル・コールの解説者対決の特別レフェリーとして名乗り出た。 |
| なお今回のレッスルマニアにはザ・ロックがホストとして参加することが決まっており、ともに活躍の場を映画界に移している2人が久しぶりにWWEの大舞台で顔を合わせることになる。 |
| 4月3日の試合ではコールのセコンドのジャック・スワガーにスタナーを浴びせ、一度はローラーのアンクルロックでコールのタップアウト負けと発表するものの、その直後にRAW・GMのメールによりオースチンがコールに不公平なジャッジをしたとしてローラーの反則負けに裁定が変更された。 |
| その後、そのメールを読んだジョシュ・マシューズ、リングに上がってきたブッカー・Tにスタナーを浴びせ、ローラーとビールで乾杯した。 |