| 両者とも名古屋吉本の養成所に通っており、共に吉本興業名古屋事務所の2期生。 |
| 吉本での同期デビューの芸人は次長課長や徳井義実(チュートリアル)、ブラックマヨネーズなどの大阪NSC13期生、札幌吉本1期生のタカアンドトシなど。 |
| 小沢は幼馴染とオーディションを受け、井戸田は高校時代の同級生とコンビを組む予定だったが、オーディションにその同級生が現れず、結局1人で受ける。 |
| 受験番号が前後であった事、小沢のコンビのネタの完成度が高かった事、井戸田は声も出ており陽気で騒いでいた事などから、互いに印象に残っていた。 |
| 養成所では常にライバル関係で、名古屋に所属している芸人のオーディションがリーグ戦形式で行われ、小沢のコンビ「バツイチ」は毎回優勝、井戸田のコンビ「マグニチュード」(このときは井戸田は「イトリ」という芸名だった)は、毎回2位(バツイチが出場しなかったら1位)であった。 |
| バツイチは名古屋吉本在籍時に「オールザッツ漫才」に出演した事がある。 |
| また、吉本時代は、育ての親である吉本興業の新田敦生(大阪制作チーフプロデューサー、当時は名古屋吉本の所長)に非常に世話になり、ホリプロに所属してからもラジオで共演を果たし、プライベートでも親しくしている「スピードワゴンのキャラメルonthebeach」。 |
| その後、井戸田はマグニチュードを解散し上京、アルバイトをしながら活動。 |
| この頃、バツイチが解散したと聞き、以前より小沢とコンビを組みたいと考えていた井戸田は、小沢に声をかけた。 |
| しかし、腰の重い小沢は名古屋からなかなか出ようとせずコンビ結成に意欲を見せない為、井戸田がトラックをレンタルして名古屋まで小沢を迎えに行き、小沢は身ひとつで上京した。 |
| 小沢は住まいが見つかるまで井戸田の家に居候し、井戸田は小沢の昼食を作る為にアルバイトの昼休みに帰って来ていた。 |
| そして、1998年12月11日にスピードワゴンを結成。 |
| 当時のM2カンパニー(現・ホリプロコム)社長の宮原匡彦に誘われ、同社所属タレントとなる「中日スポーツ」のインタビュー。 |
| 仕事が無い日が続いていた時に転機となったのは後述の2002年『M-1グランプリ』に敗者復活枠での出場。 |
| これを機に名前が知られるようになり、注目度も高まった。 |
| 本人たち曰く、M-1決勝出場前の給料は3000円だったが、出場後はテレビ出演が増えた為、給料は100倍になったという。 |
| この頃の打合せの際、井戸田は「来年から忙しくなるよ」と小沢に言ったというエピソードがある。 |
| その言葉通り、テレビ出演も増え、知名度も上がった。 |
| 同年の大会では立川談志に「俺、下ネタ嫌いなんです」とネタを酷評されたが中田カウス、島田洋七には「後半の畳み掛けがよかった」と評価されている。 |
| 2003年の『M-1グランプリ』では、敗者復活でない決勝進出を果たした(そのため、キャッチフレーズが「正門突破」だった)。 |
| しかし、その際に披露したネタは童謡(しかもサッちゃん、グリーングリーン といった、都市伝説があるものばかりであった)をネタにしたものであったため、DVDでは大部分がカットされており、場合によっては、ネタ自体が収録されていない。 |
| ちなみにこのような処置をとられたのは彼らと、彼らと同じく童謡をネタにした2010年のカナリアだけだった。同年に『爆笑オンエアバトル』(NHK)でファイナル2位。 |
| 勝率0.750、オンエア率15/20でゴールドバトラーの称号を与えられ、同番組の黄金時代を支えた芸人の1組でもある「テレビお笑いふ!vol.1」(学研)。 |
| ちなみに当番組のオフエア最高得点(461KB)という珍記録の持ち主でもあるこの放送回は、後のM-1王者となるパンクブーブーのデビュー戦であり、彼らが初登場で537KBという驚異的な記録を樹立し、2位が陣内智則とダイノジ、4位がいつもここから、5位がはなわと後のゴールドバトラーが6組も出場していた回であったため。 |
| 小沢がプライベートで使用していた「甘い言葉」をネタに使用、一気にブレイクした。 |
| 『爆笑オンエアバトル』では本分である漫才で(甘い言葉自体も元々漫才のネタであった)、良くも悪くも、更に知名度、人気を上げるきっかけとなった。 |
| また若手芸人の登龍門的存在の『エンタの神様』(日本テレビ系列)に出演した事も知名度向上に大きな影響を与えた。 |
| 同ネタを番組内で使ってもらおうと始まった(後に趣旨はずれるが)『激あま〜い』(TBS)に出演、キー局での初メインレギュラー番組となった。 |
| 2005年9月14日、井戸田が安達祐実と入籍。 |
| ちなみにこの日は安達の誕生日だった(安達はこの時点で妊娠2ヶ月で、2人はできちゃった結婚となった)。 |
| また安達の母親で井戸田の義母である安達有里がヘアヌード写真集を発売した事や写真集発売とほぼ同時期に井戸田の不倫疑惑が写真週刊誌に報じられた事で、何かと話題を集め、メディア露出が格段に増えた。 |