| 高校時代はアメリカンフットボールをやっていたといい、がっしりとした体つきをしている。 |
| 好物はキムチとラーメンともつ鍋。 |
| アレックス・カブレラとはメキシカン・リーグ時代からの旧知の仲である。 |
| また、オリックスの李承燁とは韓国時代本塁打王を争っていた。 |
| 同じアフリカ系アメリカ人のシェリル夫人と一人の息子がいる。 |
| ホームランを打った後、ホームベース付近で右手拳で胸を2回叩き、顔を上に向け右手人差し指に口づけをする。 |
| これは神に感謝するという意味を込めているといわれている。 |
| 同じアフリカ系アメリカ人のタイガー・ウッズと名前・イニシャルが似ているため、中日入団決定時に中日スポーツ紙で「タイガー・ウッズ選手が中日入団決定」と、名前を間違えて報じられた。 |
| 一時期は野球選手版「タイガー・ウッズ」と呼ばれていた。 |
| 誤解を招かないよう、球場のアナウンス、テレビでの呼称ともに単に「ウッズ」ではなく「タイロン・ウッズ」とフルネームで呼んでいる。 |
| 本塁打を打った時は、その「タイガー・ウッズ」にかけられて、「ナイスショット!!」といわれたこともある。 |
| 2003年発売の『週刊ベースボール』の選手名鑑号によると、初めて覚えた日本語は「ミズ、クダサイ」。 |
| 日本にいる年数が長くなるにつれて日本語も上達してきて、報道陣に会うと「う~す」と挨拶したり、「日本語に直すと私の名前は森ね、筋肉モリモリよ」と冗談を言ったり、ヒーローインタビューで「ソウデスネェ、アノー・・・」と日本語で答えようとすることがあった。 |
| 中日に移籍後、その長打力から、「巨人の星」に出てくるアームストロング・オズマに例えられることがある。 |
| ただしオズマは左打ちで、ウッズは右打ちである。 |
| 『東海ラジオガッツナイター』には、2005年はタイトルコールとジングル、2007年からはジングル・ガッツナイタースペシャル(デーゲーム中継など)時のタイトルコールに登場している。 |
| スコアボードの「T.ウッズ」という表記は中日移籍後もそのまま引き継がれた(背ネームは引き継がれず「WOODS」のみ)。 |
| 応援時のコールも「タイロン」が引き継がれた形だが、これは「ウッズ」がコールしづらいからということもある。 |
| 中日のウッズの応援では、応援歌に入る前に私設応援団による入場テーマが演奏され、それのリズムに合わせメガホンダンスメガホンを振り回した後、レフトとライト方向へ振り向ける。 |
| これを2回)、Tコール(3回メガホンを打ち鳴らし、メガホンをT字型に垂直に合わせ"T!"と言う。 |
| 応援によっては最初からここまでを何度も繰り返すをする応援がある。 |
| ちなみに「T」はウッズが中日入団の際、インタビューで「ファンには(ウッズを)何と呼んでほしい?」との問いに答えたものである。 |
| 原曲はエミネムの『WithoutMe』。 |
| 打席に立っている間は、現在の本塁打数だけ背番号と背ネームを模したボードが外野応援席に立てられる。 |
| (ちなみに入場テーマは愛知県内高校野球の応援でも使われることがある)。 |
| 中日移籍後の2005年4月の試合ではユニフォームを忘れたためにブルペンキャッチャーの藤井優志のユニフォームを借りて背番号「97」で試合に臨んだこともあった。 |
| 2005年5月5日、対ヤクルト6回戦(ナゴヤドーム)、5回裏の打席で顔付近への投球に怒り、さらに藤井秀悟から舌を出して挑発をされたと受け取り(藤井は投球時に舌を出す癖がある)、同投手の右頬を殴って退場処分になり、10試合の出場停止と50万円の罰金処分を受けた。 |
| これに関しては、2005年4月6日の対ヤクルト戦(神宮)で3番手投手の五十嵐亮太の投球を左手小指に受け、骨折(亀裂骨折で全治6週間と診断)させられていた中でもチームのために出場を続けていた状況下で、同じように前日の対ヤクルト戦で死球を省みない内角高めのコースを攻め続けられた配球に対して怒りを示しており、その変化の無い危険な配球も伏線に繋がったと考えられる(捕手は五十嵐の時と同じ古田敦也)。 |
| この時は二塁ベース上の立浪和義らグランドに居た選手が止めたので事なきを得た。 |
| 出場停止の影響で、その時点で首位を走っていた中日が直後に始まった交流戦で大きく負け越し、この年の優勝を逃す結果となった。 |
| ウッズの抜けた穴は大きく、交流戦で連敗している間スポーツ紙には「ウッズ・ショック」の見出しが躍った。 |
| なお藤井は2008年3月5日更新の自身のブログにおいて、ウッズとのツーショット写真を掲載し和解している。 |
| 2006年6月4日の対楽天戦でフルキャストスタジアム宮城(現:クリネックススタジアム宮城)初のエンタイトルツーベースを放った。 |
| 2006年のオールスターゲーム中に、ナゴヤ球場での練習中スキンヘッドを披露した。 |
| これは残って一緒に練習していたチームメイトから驚かれた。 |
| 2007年から東海地区の宅配ピザチェーンアオキーズ・ピザの夏のイメージキャラクターに起用される。 |
| 2007年は限定メニュー「ドラマヨ」のTVCMに落合監督の息子・福嗣と、翌2008年は同じく「でらうま」のCMで元中日選手の大豊泰昭、ドアラと共演。 |
| タイロン自身が名古屋弁で「とても美味い」を意味する「でらうめぇがや!!」とセリフを言うシーンもあった。 |
| 背番号の44は、少年時代の憧れの選手だったレジー・ジャクソンにちなんだものとされている。 |
| 一説には1944年に締結されたブレトン・ウッズ協定にちなんで、という説もあるが詳細は不明。 |
| また、在籍した横浜・中日共に退団後の背番号44は小池正晃がいずれも継承している。 |
| 2006年は3・4番を組んでた福留孝介と共に「FW砲」と中日スポーツで名づけられた事があった。 |
| また、和田一浩が移籍してきた2008年は「WW砲」と名づけられた。 |
| 2007年に日本一になった際、メジャーリーグでは一般的だったチャンピオンリングを作って欲しいと報道陣に語ったことがある。 |
| 当初は製作予定はなかったが後に球団が製作することとなった。 |
| 日本では他に2005年に千葉ロッテマリーンズが日本一になったのを記念して製作し、選手やスタッフに贈られたことがある。 |